13 色々と聞きたかったんだよ

 前世の刑務所というものを僕はよく知らないんだけど、この世界の刑務所は一般的に男性用と女性用に分かれているそうだ。まぁ、発生しうる問題を考えれば妥当な判断かなと思うけどね。当然、女性刑務所というのは男子禁制なわけで。


「――子どもとはいえ、男がここに来るとはね」


 女性刑務所の所長をしているお婆さんは、不機嫌そうな顔を取り繕うこともせずにそう告げる。まぁ、それはそうか。こういった場所に男が来るのは、あまり好ましくないだろうから。


「はじめまして。僕はクロウ・ポステ・サイネリア。領主代理から話は通っていると思うけど」

「あぁ、マルシェ姫からは手紙をもらっているがね。女騎士を寄越したが……刑務所を作り変えたいだって? 勝手なことを。あの騎士は怒鳴って追い返してやったよ」


 ほう、貴族を相手に強気だなぁ。


「なるほどね。マルシェは今かなり追い込まれてる感じだから、お手柔らかに頼むよ」

「ふん。あたしの知ったこっちゃないね」


 まぁ、それはごもっとも。

 刑務所と聞いて僕がイメージしてたのは、もっとこう塀に囲まれてガチガチに警備された施設だったんだけど。実際の女性刑務所は、普通の村落に近い雰囲気だった。まぁ、海と森に囲まれているから囚人に逃げられる心配はないだろうけど。


「さて。マルシェとは色々と相談してきたんだけど、僕はこれからこの女性刑務所を大改造しようと思っているんだ。貴女とは色々と相談したいんだけど」

「……勝手なことを。あたしゃ認めないからね」

「そうなるよねぇ。ひとまず、話をする前に見せたいものがある」


 そう言って、僕は亜空間からいくつかの資料を取り出した。


 精霊神殿は、真人ヒューマン――これは少数民族の「亜人」という蔑称と対比する呼び方だから、あまり好きではないんだけど――つまりは多数派の人間を対象にした人体実験を行う目的で、森にいた囚人たちを誘拐していった。

 もちろんその中には、この女性刑務所で暮らしていた女性囚人たちも含まれていて、悪辣な実験の結果全員が命を落としたことが分かっている。彼女たちの亡骸がどうなったのかは僕にも分からない。回収できたのは、奴らの実験記録だけだったから。


「これは、あんた」

「精霊神殿の実験施設は、僕が潰してきたよ。研究員たちへの尋問は別で始めているけどね。東の新村落のすぐ近くに施設があって、領主の長男であるヴォカルがこれに加担していたんだ」

「……信じられるかい、こんなもん」


 うん。こんなもん嘘っぱちだと鼻で笑っていられるなら、僕もそうしたかったけどさ。


「現実であってほしくない。でも残念ながら、潰した実験施設はこれで三箇所目なんだ……まだ訪れていない他の辺境にも、何かしらの施設があるんじゃないかと疑っている」

「……そうかい」


 最初に潰した施設は森に囲まれたシルヴァ辺境領で見つけた。次の施設はラカス辺境領の湖から流れるマグ川流域にあった。そして今回はインスラ辺境島領である。

 帝国西部にはあと二つ辺境が存在するから、その付近にも何かしら神殿の手が伸びているというのは、推測としては妥当かなと思う。この島の対処を終えたら、そちらについても急いで調査を行いたい。


「奴らの実験は全力で潰すつもりだけどね。それはともかく、この辺境島領で二度と同じことを起こさせないためには、何か手を打つ必要があるんだ」

「……ふん」

「精霊神殿への警戒はもちろん強めるとしても、刑務所を作り変えて囚人たちの守りを固めるのは必須だと思っている。僕がここに来たのはそれが理由だからね。貴女にとっては何から何まで気に食わないだろうけど、僕としてもここで引くわけにはいかない」


 できるなら、彼女とはしっかり合意をとって進めたいところだ。どうかなぁ、落としどころが見つかると良いんだけど。


「はぁ……何を言っても無駄のようだね。それなら、どんな風にこの場所を作り変えようというのか、きっちり話を聞かせてもらおうか。現場の意見も多少は汲んでくれるんだろうね」

「ありがとう。色々と聞きたいことがあったんだ」

「気に食わないが……まったく、仕方ないねぇ」


 刑務所長は深々とため息をつく。


「あたしの名はガラナ・ホーネット。あんたの配下のニグリ・パピリオとは昔なじみでねぇ……実はあんたの話は手紙で色々と聞いていたんだ」

「なんだぁ、ニグリ婆さんの友達かぁ」

「やめな。友達ってほど生温い関係じゃないよ」


 そんな風にして、僕はガラナ婆さんと色々と相談しながら女性刑務所の大改造に取り掛かることにした。


  ◆   ◆   ◆


 ガラナ婆さんと二人で食事をとりながら話を聞いてみると、刑務所を男女別に分けたのは、ガラナ婆さんが何十年も前に領主と交渉した結果なんだとか。それまでは、懲役刑囚は男女とも同じ施設に区別なく放り込まれていたらしい。ふーん。


「あたしゃね。父親が誰か分からないんだ」

「そうなの?」

「母親が刑務所にいる時に孕まされた子でね……あたしらの世代には、そういった出自の者が少なくない。だから、そんな女囚人の状況を何とかしたくて……あたしはサイネリア組に入って、ゴライオスの女になって、ここの先々代当主と交渉する機会を手に入れたのさ。刑務所長になると同時に組抜けすることになったがね」


 あーうん、ガラナ婆さんも組長の女だったのか。

 そりゃあニグリ婆さんとも知り合いだろう。


「貴族の法で決められてんのはね。どういう罪を犯したら、どういう償いをする必要があるか。それだけなのさ。そこに貞操を捨てろなんて文は一言もない。そうだろう?」

「それはそうだね」

「女たちが安全に罪を償える……あたしが望むのは、この場所がこれからもそういう場所であり続けることだけだ。昔に逆戻り、なんて絶対にさせないでおくれよ」


 ガラナ婆さんからの鋭い視線を受け、僕はうんうんと頷く。そうだね。彼女が長い年月をかけて築き上げた「女性刑務所」という場所を台無しにするような改造は、絶対にしてはいけないだろう。


 僕は机に図面を広げる。

 これはマルシェから貰った地図を元に、新しい女性刑務所をどんな施設にするか考えていたものだった。あれこれ書き込んだり消したりを繰り返したから、ずいぶん汚くなってしまってるけど。


「ガラナ婆さんに確認したいんだけど……女性囚人が刑務作業として森に入るのは必須なの?」

「あぁ、そういう決まりになっている。とはいえ具体的な作業内容までは指定されていないからね。あの子らには、なるべく浅い場所でチョロチョロしているよう申し付けているよ……そもそも女の身で冒険者になる子なんていないから、探索の腕を磨いたってどうしようもないしね」

「なるほど。森の中には踏み込む必要があるけど、刑務作業は軽いもので良い……か」


 うーん、今の設計だと要求を満たせないか。

 僕は思いついたことを図面に書き加えながら、計画を修正していく。そうだなぁ。女性が冒険者になることはないって話だから……そうなると。


「ここを出所した女性たちは、その後どんな生活を送ることになるのかな」

「そうだね……まっとうな職に就ける子は稀だろう。なにせ手に職どころか、読み書き計算すら危うい子が多いんだよ。良くてヤクザの情婦、それ以外は場末の娼婦になるか、懲りずに罪を繰り返して死刑を食らうか……そんなところだろうね」


 なるほどね。たしか懲役刑を三回経験すると後が無くなって、四回目は死刑になるというのが決まりだったはずだ。それが分かっていてもなお、罪を犯さずには生きていけない人がいる。それ以外の生き方を知らないから……なんとも難しい話だ。


「うーん。僕の商会の方で受け皿になるか」

「いや、あたしが言うのもなんだが、それはちょっと考えたほうがいいだろうね。普通の善良な市民は、自分のすぐ横で元受刑者が同じ給料を貰って働いていたら、不満に思うものさ。多少なら許容できるだろうが、あまり大勢を引き受けるのは勧めないよ……そういうのを大々的にやって、トラブルになったことも過去にあったからね」


 なるほどなぁ。母体がヤクザ組織とはいえ、僕の商会では一般人も多く働いている。そこに突然大量の元受刑者を受け入れはじめたら、従業員は納得のいかない気持ちになるかもしれないね。理屈ではなく感情の問題だし、なかなか難しいなぁ。


「とりあえず、出所後の生活については後で考えるとしようか……今は刑務所の施設をどうするかって話に集中しないと」


 そうして、僕は真新しい紙を一枚取り出すと、頭の中にある計画を一つずつ書き出していった。

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