08 皆でなんとか持ちこたえてほしい

 大賢者が去り、一晩ゆっくり寝た僕は、すっかりいつもの調子を取り戻した。

 改めて考えると、ここ数日は半睡眠スキルばっかり使っていてゆっくり寝ることができなかったからね……たぶん疲労が溜まっていて、精神的に落ち込みやすくなっていたんだろう。健全な生活サイクルっていうのはやっぱり大事だ。


 そんなわけで、早朝からこっそりやってきたのはヴォカル・コーンリリーの建てた城の中だ。


 最上階の一室に忍び込んだ僕は、そこにいる三人の男と一人の女の顔を確認する。歳はいずれも二十代前半ってところかな。まだ顔と名前が一致しないけど、ひとまずみんな余裕のない様子だ。

 四人の中で最初に発言したのは、神官服に身を包んだ女性であった。彼女の片耳には天秤のピアス――特務神官の証である「真偽の天秤」がつけられている。嘘を言っても検知されてしまうってことだね。魔力も強いし、若そうだけどなかなか有能みたいだ。


「私たちの実験施設が潰されてしまったわ。しかも、リュートがいなくなった……未来予知のできる彼が死ぬとは考えづらいから、逃げたと考えるのが妥当かしら。ヴォカルはどう考える?」


 彼女の言葉に恭しく答える男が、ヴォカル・コーンリリーか。彼はこのインスラ辺境島領を治めるコーンリリー辺境伯の長男で、東の村落を作って神殿の実験に肩入れしていた者だ。

 てっきり彼がここの頭だと思っていたんだけど、雰囲気からするとこの場では女性神官の方が立場が上みたいだね。


「リュートが逃げたとは考えにくいな。あいつは確かに臆病で、逃走を選択しがちだが……しかし私たちに何も言わずに単独で去るというのには違和感がある。あいつは船を動かす知識もなく、森を抜ける戦闘力もないぞ。ルードはどう思う」


 会話の矛先が向けられたヤクザ者が、バンクシア本家の次男ルードグランシア・バンクシアだ。彼はバンクシア本家の屋敷で暮らしていたが、特務神官エイルの襲撃を事前に知り、ミントの腕を切り落として囮にして逃走、そのまま行方が分からなくなっていた男である。

 彼は顎に手を置いて、悩ましそうに口を開く。


「へい。あいつが行動する際は、常にバンクシア家が護衛役として面倒を見てたんで……危機を察知して逃げようとしたんなら、まず俺に相談してくるかと思いやす。急に消えたのは不自然かと」


 ルードが話す傍ら、最後の一人――騎士鎧に身を包んだ男が口を開いた。


「だが、絶対にありえないものを取り除いていった結果残るのが真実だ。未来予知のできるリュートが誘拐されたり殺害されたりなんてことは起こり得ない。逃走した形跡もない。だとすれば、むしろ奴は裏切り者の線が濃いのではないだろうか。この事件を起こした側の人物と繋がっていると考えるのが妥当だ」


 うん……いっぱい考えてるところ悪いけど、事態はもっと単純で、リュートは僕が誘拐しただけなんだよ。彼は今、僕の亜空間で寝てるよ。


 さてと、彼らへの対応だけれど。できればこの四人は亜空間に閉じ込めて確保しておきたいけど……女性神官と領主長男は魔力等級が特級だから、亜空間へ強引に押し込もうとしても抵抗されて厄介なことになるんだよね。無理だとは言わないけど、下手を打って逃走されたりしたら厄介そうだ。

 そうして色々と考えた結果、とりあえず僕は亜空間から出て姿を見せることにした。この作戦が成功すれば奴らを難なく捕縛できるし、もし失敗しても最終的には魔力のゴリ押しで無理矢理捕縛できるかもしれない。まぁ、かなり苦労はしそうだけど。


 さて、まずは朗らかな挨拶からだね。


「――やあ、こんにちは」


 僕はそうして、ギョッとしている四人に話しかける。


「ゆっくり自己紹介したいところだけど、ちょっと急ぎでね。実は本土から、セントポーリア侯爵騎士団を中心とした帝国西部連合騎士団が、もうすぐここにやってくるという情報を耳にしたんだ」


 ちなみに、これは本当のことだ。

 施設を潰してすぐ、騎士団長ハリソンにはミミの妖精魔法で連絡を取っていたから、各貴族家からかき集めた調査団――帝国西部連合騎士団を、この場所に派遣してくれることになっている。まぁ、もうすぐと言っても、各家から騎士を集めて船でやってくるというのは大変だし、かなり時間がかかると思うけどね。


 この女性神官に嘘は通じないから、できるだけあいまいな言葉を使って、うまいこと煙に巻きたいところだ。

 そうして、僕は亜空間の入り口を開く。


「リュートがいるのはこの中だ。彼は無事だからその点は安心していい。今は呑気に眠りこけているよ。それと、神官、研究者などの主要な者や、実験体、研究資料なんかもこの空間に入っている」


 入っているのは本当だよ。渡すつもりはないけど。

 僕の言葉に、三人の男は女性神官の顔を見る。


「ふむ……嘘はついていないようね。それで?」

「事情は後で説明するから、今はとにかく君たちにもここに入ってもらえると、僕としては非常に助かるんだよ。別に断っても構わないけど、その場合に身の安全は保証できない。どうする?」

「はぁ……分かったわ。貴方の言葉に嘘はないようだし、今は従いましょう。皆、行くわよ」


 そうして、この場にいた四人の人間は、自らの足で僕の亜空間牢獄プリズンに入っていった。うんうん、やっぱり無理矢理押し込めるより、自分の足で入ってもらった方が何かとスムーズだよね。よしよし。


 さてと、首謀者たちの捕縛が終われば、残る仕事はそう大変じゃない。


 城の中には百名ほどの人員がいたので、魔力威嚇で脅かしながら、レシーナの嘘発見魔道具で人員を選別する。神殿に協力している人物は全員脅して亜空間に入ってもらう一方で、不本意ながら強制労働をさせられていた者にはそのまま城に残ってもらうことになった。

 残った人員の中にはコーンリリー辺境伯家の分家筋にあたる高位騎士がいたので、彼にこの場の取りまとめをお願いする。


「えっと……騎士キューカンバーだったね。君には重要な役割を任せる。あの斜面のボロ家に住んでいる村人をみんなこの城に連れてきて、生活できるように全体を仕切ってほしいんだ」

「はい……承知しました」

「この後の対応については、辺境伯と相談して決めることになる。しばらく苦労をかけるけど、皆でなんとか持ちこたえてほしい」


 そうして、僕は後のことを騎士に丸投げし、堂々と城の正面玄関を出た。


「――ミミ。ちょっと出てきてくれるかな」

「はーい。どうしたの?」

「村の畑がずいぶん貧相だからね。ミミの知識と魔法であれをちゃんとした畑にしてやってほしい。ちゃんとした農園はまた後で作るから、今回は間に合わせって感じでお願いしたいんだけど」


 僕がお願いすると、ミミは嬉しそうにパタパタと空中を飛び回る。


「ふふん、ここはあたしに任せて! とりあえず、ここの人たちがしばらく飢えないくらいの畑にしておけばいいんでしょ? まずはお芋かなぁ」

「頼りになるなぁ。細かいところは任せるよ」


 そうして、僕は村落を巡りながらみんなに「城で生活するように」と説得して回った。長男ヴォカルはもういないと告げれば、みんな戸惑いながらも喜んでいるようだったからね。とりあえず良かったよ。

 辺境伯が回復するのはもう少し先のことになるだろうけど、方針さえ決まってしまえば僕も全力で手伝う所存だ。それまでは、もう少しの間辛抱してほしい。悪いようにはしないつもりだ。

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