07 これが年の功ってやつか
僕はなぜか「未来の危機を察知する魔法」を持っているはずのリュート・リグナムを、何も妨害されることなく無事に捕獲できてしてしまった。
彼は今、魔力制限の首輪をつけ、睡眠爆弾の魔道具で気持ちよさそうに眠っているわけだけど。うーん……こうして僕に捕まる未来を、過去のリュートは察知することができなかった。それはどうしてだろう。
僕が思考を巡らせながら唸っていると、隣にいたミミがピシッと手を挙げる。
「はいはい! あたし分かったよ」
「お、ミミ。何が分かったんだ?」
「ふふふ……この事件の真相、だよ」
そうして、キュピーンと目を光らせて胸を張る。
ミミはいつも元気でいいよね。
「あのね。きっとリュートはこの後、抵抗むなしく魔魚の餌になるんだよ」
「それは過激な意見だね」
「それでね。過去のリュートは自分のそんな酷い未来を信じたくなくて現実逃避して、酒に溺れ、ついつい逃げるのを忘れてクロウに捕まっちゃったってワケ。どう、名推理でしょ」
ほうほう、なるほど。それはなかなかマヌケで愉快な話だと思うよ。
ミミの意見はともかくとして、これはおそらくリュートの魔法に課せられた「自分が観測した未来しか察知できない」「未来の範囲は一日程度」という制約条件に引っかかったのだと推測される。
おそらくだけど、真相はこうかな。
リュートをこっそり拘束した僕は、ここから三日間は彼を眠らせたままの状態で閉じ込めておく。すると当然、過去の彼にとって三日以上先の危機なんて魔法の範囲外だから、察知することができなかった――たぶん、そういうカラクリなんだと思う。いや正直、まだ少し引っかかる部分はあるんだけど。
「とりあえず、安全を見て三日は眠らせておくよ」
「えー、魔魚の餌は?」
「物騒な言葉は忘れようね。ヤクザっぽいし」
「むぅ。あたしだって立派な小人ヤクザなんだよ」
それは立派なのかなぁ。僕はすごく疑問に思うよ。
リュートの魔法については考えても答えが出ないので、今は放っておくことにする。詳細を知るのはゆっくりでいいだろうしね。
なにせ本人を捕まえたわけだから、調べる時間はいくらでもある。今はそれより、被害者の救出に向けて大きな障害を取り除けたことを喜ぶ場面だ。
「それじゃあ、ミミ。予定を大幅に変更して、これから
「了解!
そうして、僕は亜空間を出ると、資料や被害者を虱潰しに回収しながら、ひたすら施設を蹂躙していった。
◆ ◆ ◆
インスラ辺境島領に作られた実験施設は、どうやら他の場所よりも大規模なものだったらしい。
保護した少数民族の者は二十四名、命の助かった小人は五十名にも及び、亜空間の中は一気に人で溢れかえっていた。
そのほか、研究員や神官の中で貴重な証言をしてくれそうな者も別途亜空間に捕縛してある。魔力制限の首輪も量産してあるので、変な魔法で逃げられる心配もいらないだろう。
そうして亜空間でホッと一息ついたところで、やってきたのはベッキーだった。
「クロウさん、大丈夫っすか」
「ベッキー。悪いね、ちょっと疲れちゃって」
「そりゃそうっすよ。患者さんたちの世話は自分たちがしておくんで……クロウさんは少し気分転換にでも行ってきてください」
とりあえず、差し迫ってやらなきゃいけない患者の処置は終わったからね。ベッキーの言葉に甘えて、一度外に出ることにしようか。
僕が亜空間の出入り口を開いたのは、人のいない寒々しい港だった。
今はすっかり日も落ちて、なんだか暗い海に吸い寄せられてしまいそうな気分になる。もちろん、魔魚の多い辺境の海に入るつもりなんて、これっぽっちもないけど。
「……正直、ちょっと落ち込むなぁ」
海辺を離れれば、集落には立派な城とボロボロな住居が並んでいて、アンバランスな光景だった。暗闇の中でもボウッと浮かび上がって見えるのは、無意識に発動している暗視スキルのおかげだ。
あの城の中は、たぶん大騒ぎなんだろうな。
彼らにしてみれば、城の地下から通路で繋がっていた秘密の実験施設が突然潰され、加害者も被害者も研究資料も、何もかもが消え失せてしまったという状況だ。今頃慌てているんだろう。
「全てを救うことなんてできない。僕の手の届く範囲はそんなに広くないんだって、分かってはいるんだけどね」
そうして、実験施設を隅々まで捜索して押収した報告書に、改めて目を通す。
「――
村にいたのが若い世代だけだった理由は単純だ。それより年上の者はすべて実験により死亡してしまっていたから。単純にそれだけだ。
どうもヴォカル・コーンリリーは、新しく作る村落の労働力として若者を優先的に確保し、老人は実験材料として神殿に提供していたようだ。
腹の底に渦巻く不快感が、罵倒の言葉として口から漏れ出そうになって、長く深呼吸をする。現状、僕が感情的になっている場合ではない。
――まったく、この世界は殺伐としすぎている。
貴族、神官、ヤクザ、商人……この人体実験には様々な人の思惑が絡み、その誰もが悪辣だ。この世は救いようのない悪党の
もちろん、僕もそんな悪党の一人に過ぎない。今さら血まみれの手で正義ぶるつもりもない。ただひたすら自分勝手に、気に食わない実験を片っ端から潰す……僕がやるべきことは、それだけだろう。
「――悩んでおるようじゃな。若人」
ふと、老人の声が聞こえて振り返る。
おかしいな。魔力探知はしていたのに、今の今まで気配がまったく感じられなかった。本当に突然現れたような……何者だろう、この爺さん。
ツルツルの頭に白い顎髭。サンタクロースの衣装を引っ剥がして錬金術師のローブを着せたら、こんな感じになるだろうか。その身体からはまったく魔力を感じないけれど……それは生き物としてありえない。いったいどうやって魔力を隠蔽してるんだろう。
「若き賢者候補がしょぼくれた顔をしおって」
「……賢者候補?」
「そうじゃ。その時代を牽引するような優れた錬金術師のみに与えられる称号、それが賢者。お主はその立派な候補だというのに……ずいぶんと腑抜けた顔をしておるな。くくく、妙ちきりんな噂を色々と聞いておったが、意外と可愛らしいらしいところもあるんじゃのう」
ん? んんん?
ちょっと待ってほしい。そもそも僕は、賢者どころか正式な錬金術師の資格すら持っていないわけだけど……え、賢者候補って一体何の話だろう。どこから出てきた話だ。というか、このお爺さんは。
「――儂の名は大賢者ラーメン・ギョーザセット」
「ラーメン・ギョーザセット?」
「ほほう、その反応。お主やはり転生者か」
え、今ので何が分かったんだろう。
なんかすごく腑に落ちないんだけど。
「くくく……儂には転生者の友人がおるのじゃがな。その者と話をして、ニホンからの転生者が確実に反応する名前というのを一緒に考えたんじゃよ」
「えぇぇ……」
「大抵の者は儂の名乗りを聞くと、“大賢者”という称号に反応する。じゃが、ニホンからの転生者は偽名の方に強く反応する。お主は素直で分かりやすいのう」
そんな判断の仕方ある?
いや、これに関しては僕も迂闊だったけどさぁ。
「魂というのは世界も時間も超えて、因果の糸で引き合うものじゃ。そのせいか、この世界にはニホンという国から転生してきた者が大勢おる。因縁深い相手ほど、同じ時代に生まれ落ちるものぞ……儂の古い友人にも何人かそういう者がおる。お主もそうじゃろう」
まぁ理屈は分かるけどね。よりによって、偽名がラーメン・ギョーザセットってさぁ。もうちょっと何かなかったんだろうか。いや、すごく有効な手段ではあったけど。
「先ほどの名乗りは忘れてくれ。儂の本当の名は大賢者パラケルスス。世界を股にかける錬金術師協会の会長にして、変人揃いの賢者どもを束ねる者である。クロウよ、お主はなかなか面白いもんを色々と作るでな。ぜひ賢者に勧誘しようと思って来たんじゃが」
「え。興味ないんだけど」
「ほほう。ならお主は、何に興味があるんじゃ」
大賢者パラケルススを名乗る爺さんはそう言って、僕の顔を覗き込みながら長い白ひげを撫でる。
うーん、噂では大賢者って堅物みたいなイメージでよく語られるんだけど、想像よりだいぶフランクな気がする。これ、本物の大賢者なんだろうか。
「まぁ……僕が興味あるのは辺境スローライフなんだよね。前世で趣味だったクラフトゲームを再現したいと思ってて。だから、錬金術師の真似事をしてるのはその手段でしかないんだよ。真理を極めようとか、そう真面目なことをこれっぽっちも思っていない僕は、賢者には向いてないと思う。やめといた方がいいよ」
「くくく……良いのう。賢者になるような奴はみんなそう言うんじゃよ。お主には素質がある」
「えぇぇ……」
それって何をどう言っても回避できないパターンじゃん。
ただでさえサイネリア組の次期若頭という分不相応な立場で辺境スローライフを危うくしてるのに、その上で賢者なんて肩書きは、本当に背負えないよ。
「お主が各地で作ってきたモノは、あれこれ見させてもらっておる。どれも最高じゃったな……特に黒蝶館は良い。女の子がみんな可愛くてのう。くくく」
「それはニグリ婆さんとかに言ってあげてよ。大賢者にそう言われたらすごく喜ぶと思うけど」
「ふむ」
僕の返答に、大賢者は首を傾げる。
「大賢者にしては俗っぽい、などと指摘したりはせんのか? 世間のイメージとはだいぶギャップがある自覚はあるんじゃが」
「いや、俗っぽいのなんて最初からだし。登場の仕方から存在まで全部意味不明なんだから、改めて指摘することでもないかなと思って……それに、黒蝶館の女の子は自分磨きをすごく頑張ってる子たちだからね。褒めてもらえるのは純粋に嬉しいよ」
「なるほど。お主はそういう感じの子か」
うんうんと頷いてるけど、何を納得してるのか分かんないんだよね。とりあえず、賢者の勧誘に来ただけなら応じるつもりはないけどさ。まだ色々と忙しいし。
「まぁ、優れた錬金術師であれば、遅かれ早かれ儂が勝手に賢者認定するからのう。心の準備だけはしておくことじゃな」
「えぇ……すごい迷惑」
「うむ。賢者の連中はなぜか皆そう言うのだ」
だったらそんな制度やめなよ。なんて僕が思ってると、大賢者はふむと白髭を撫でる。
「ところで……精霊神殿の実験に巻き込まれた被害者たちは、今どこにおる」
「んー、大賢者がどの陣営か分からないうちは明かせないかな。ちゃんと保護してるし、治療に尽力するってことは約束しておくよ」
「そうか。お主がそう言うなら、それも良かろう」
大賢者はそうして、満面の笑みを浮かべる。
「その歳で瘴気中毒の治療までこなすとは、医療系もなかなかいけるようじゃのう。じゃが、治療できることを大っぴらにすると精霊神殿の奴らが煩いからの。ちいっとばかり気をつけた方が良いぞい」
「あ、そうだよね。神殿の奴らって、経典が全てだと思ってるからさぁ……話が通じないんだよ」
「まったくじゃ、困ったことにのう……あーそうそう、ちなみに瘴気中毒の治療に自力でたどり着いた錬金術師は、今のこの世界に儂とお主ともう一人くらいしかおらんぞ。さすが賢者候補じゃな、くくく」
いやもう、なんかすごい押してくるじゃん。
さては、何が何でも僕を賢者にするつもりだな。
錬金術師協会って、他の組織とはまた違った権力構造をしてるんだよね……神殿が信仰、貴族が血筋、ヤクザが力、商人が財を拠り所にしているとすれば、錬金術師協会は「知」によって独立を保っている組織である。その中でも賢者といえば、国を跨いで尊敬を集めるエリート中のエリートだ。たしか世界に十人くらいしかいないんじゃなかったかな。
そんな肩書きを与えられるということは、絶対に面倒くさいことになるってことだから、本当に勘弁してほしいんだよね。ここは全力で拒否したいところだ。
「うむ。強ばっていた顔も少しは解れたかの。ずいぶん血色が良くなった。安心したぞい」
「あー……うん。ありがとう」
それはたしかに。
大賢者と話して、落ち込んでいた気分は少し上向きになったように思う。まぁ、前世の年齢を足し合わせても大賢者の方がかなり年上だろうからなぁ。これが年の功ってやつか。
「覚えておくと良い。どんなに優れた錬金術師でも、救えなかった命に心が囚われることはある。人は神ではないからのう。こればかりは仕方ない。じゃが、救えた命にもちゃんと目を向けてやらんといかんぞ」
「……そうだね。ありがとう」
「今日はタイミングが悪かったのう。また日をあらためて勧誘に来るとしよう」
そうして大賢者は、現れた時と同じように忽然と姿を消した。魔力も感じなかったけど、どうやって移動してるんだろうなぁ。
それにしても、錬金術師協会かぁ。正直、別に資格を取るつもりもなかったんだけど。
大賢者はひとまず悪い人ではなさそうだったし、話をしたおかげでずいぶん心が軽くなった。まぁ、賢者の勧誘はお断り一択だけど、その点は感謝しておこう。さて、気持ちを切り替えないとね。
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