第二章 入り組んだ問題
06 ちょっと考えないといけないぞ
僕が現時点で最も警戒しているのは、リュート・リグナムの「未来の危機を察知する魔法」である。
その具体的な効果や制約は分かっていないけれど、逃げに回られると厄介な魔法であることに間違いはない。実際、セントポーリア侯爵騎士団は何度も神殿の実験施設に踏みこもうとしたけど、その度に逃げられているからね。
今のところ判明しているのは、リリアとの戦棋において彼が度々この魔法を利用していることと、騎士団から逃げるのがいつも「直前」であることだ。
「――把握できる未来の範囲はせいぜい一日程度。どれだけ長く見ても三日は超えない。そして、察知できる危機は、命の危機とは限らない」
魔法の詳細は気になるところだけれど、その制約が確かなら、奴らの拠点を見つけた僕が最初にやることは決まっていた。
海沿いに作られた小さな港から、海に向かって長い桟橋が突き出ている。ここも城の豪華さと比較すると、もうちょっと何とかできなかったのかなと思うけど。
そして、港からそう離れていない場所に、僕の探している場所はあった。海沿いの崖に空いた大きな洞穴、その奥には、まるで物語に出てくる海賊の隠れ家のように施設が隠されていたのだ。
気配を消しながら亜空間魔法で移動し、洞窟の壁面から施設の出入り口を観察する。
そこには小型だがしっかりとした作りの帆船がいくつか停まっており、神官兵が門番をしていた。そして、施設から出た瘴気は排気管を通じて海中に放出され、このあたりの海の瘴気濃度を上げるのに一役買っているらしい。特徴からして、奴らの実験施設と見て間違いはなさそうだ。
「ごめんね。助け出すのはもう少しだけ後になると思うけど……必ず何とかするから」
まだ見ぬ被害者に言い訳をしながら、僕は頭の中で作戦の段取りを確認する。
リリアとの戦棋で魔法を使っていたことを考えれば、リュート・リグナムが未来を察知するのは自動ではなく、何か意思を持って知りたい未来を指定して読み取っているはずだ。それならば。
「――奴が認識していない間に、逃走手段をあらかじめ奪っておく。それが最初の一手」
さて、上手くいくかどうか。
海に開いた洞穴の入り口まで舞い戻った僕は、海中に石キューブを積み上げることで船を通行不能にする。あそこに停泊していたサイズの船なら、ここを通ろうとしても乗り上げて難破してしまうだろう。
一通り小細工をしてから、周囲を確認してホッと胸を撫で下ろす。
このタイミングで誰の邪魔も入らず、リュートが逃走するような動きも見られなかった……ということは、逃げ道を潰すというこの一手は成功したと思って良さそうである。
「観測できない危機は察知できない……君の魔法はおそらく、そういった類のものだよね。リュート」
そして、次に僕が動き出すのは三日後。これより早く動いてしまうと、未来のリュートが自分の危機を知り、それを察した過去の彼が先手を打ってくる――つまり、時間の流れが改変されてしまう可能性があるわけだ。たぶんだけど。
なので彼に察知されないよう、大きな行動を起こすのは、三日おきに行う必要がある。魔法の詳細が分からなくても、そうすれば一手ずつ彼を追い詰めていけるはずだから。
◆ ◆ ◆
そうして、特に何が起きることもなく三日が過ぎた。
この間にやったことといえば、亜空間の中にいる女の子たちに修行をつけていたことと、いくつかの魔物を追加で確保していたくらいである。
面白いなと思ったのは「明魔苔」という植物で、なんと瘴気を浴びると光や熱を放つ性質を持っているのだ。いろいろと便利そうだったので、洞穴のあちこちに生えていたのを採取し、今は亜空間で培養中である。
さて……亜空間魔法を用いて施設に潜入した僕は、改めて自分に喝を入れ直すことにした。なにせ今日の僕は、全力で自制心を働かせる必要があるからね。
――被害者を見つけても、決して助けてはならない。
今日やるのは、この施設の内部構造を正確に探ることのみ。そして被害者の居場所や警備について正確に調査をした上で、リュートの未来察知を回避しながら被害者を救出する計画を立てなければならないのだ。
力押しでの被害者救出は悪手だろう。今の段階で大きな騒ぎを起こしてしまえば、過去のリュートにより警備体制が強化される可能性がある。だから僕は何日も何日も我慢しながら、戦棋のように一手ずつ最善手を選び取る必要があるわけで――僕にとっては酷く苦痛なことだけど、こればかりは仕方がなかった。
幸いにして、今の施設の警備はそこまで緊張感のあるものではない。つまり未来の僕はちゃんと自制して、リュートの目を掻い潜ることに成功したんだと思う。
「(――ミミ、聞こえているかな。今日は
『いいんだよ。クロウの気持ちはちゃんとあたしに伝わってる。あたしに伝わってるってことは、みんなに伝わるってことだから』
「(うん……とにかく最善を尽くすと誓うよ)」
今の僕は研究員の服装をしている。というのも、今回はあくまで正面突破ではなく、隠れ潜みながら進む必要があるからだ。万が一僕の姿を目撃されても、この服装であれば怪しまれる可能性は低いだろう。
とりあえず……まずは、被害者がいなさそうなエリアから探索をしていこうかな。実際に被害者と遭遇してしまえば、僕には冷静でいられる自信がない。ここの基本構造はこれまで見てきた二箇所の施設と似ているから、大まかな部屋の配置はそう変わらないだろうし。
そうして施設の探索を始めた、一時間後。
「……クロウ?」
僕の目の前では、件のリュート・リグナムが魔力制限の首輪を着けた状態で、すやすやと気持ちよさそうに眠りこけていた。うんうん。
「ねえ、慎重に動くんじゃなかったの?」
「うん……つい出来心で」
「あたしは別にいいけど、何だっけ……たいむ・ぱとろーるが何とか言ってたのは大丈夫?」
う、うーん、タイム・パラドックスね。
僕がこっそり近づくと、リュートは酒瓶を部屋に転がしながら、完全無防備で油断しきっていたので、ついつい捕縛してしまったんだけど。どうして察知されなかったんだろう。もしかすると彼の魔法は、僕らの思ってたのとは少し違うのだろうか。
とりあえず……この後の対応は、ちょっと考えないといけないぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます