05 自信がついて良かったね
インスラ辺境島領の中心部には赤茶けた山がドンと存在感を放ち、その周囲には鬱蒼とした森が広がっている。
もちろん辺境なだけあって森の瘴気は普通の場所よりも濃いけれど、かつてのシルヴァ辺境領の「穢れた森」ほどではなかった。
そんなわけで、森で出てくる魔物を観察していたけど……うん。この程度なら問題はなさそうかな。
「出てこれるかな――ターニャ、ソーニャ」
僕が亜空間から呼び出したのは、ベッキーの部下である
二人とも十五歳にしては少し小柄な方だけれど、それぞれ武器の扱いは熟れているので、前衛としての働きは十分に期待できそうだった。
「二人は、そろそろ実戦訓練を積んでもいい頃合いじゃないかなと思うんだ。どうだろう、ターニャ」
「は、はい……しかしまだ、教えていただいたスキルをしっかり身につけたとは言えません」
「ふーん、ソーニャはどう思う?」
「……私もまだ自信はないです、正直なところ」
うん。二人は年長者としてみんなの安全を預かる立場だから、これくらい慎重な性格なのは好ましいと思うけどね。ただ、いつまでも訓練ばかりでは強くなれないと思うんだよ。そうだなぁ。
「……よし。じゃあ二人のことは、何があっても僕が守ることにしよう。君たちを敵の前に急に放り出したりなんてことはしない。二人は僕の背後から、これまで練習してきたことを一つずつ試すような気持ちでやってほしい。気軽にね」
「は……はい。それだったら」
「……私もそれならいいです」
そうして、三人での森林探索を始める。
僕は魔力探知で周囲を探り、二人の前に立って森を進んでいく。行き先はもちろん東の村落だけれど、その道中を彼女たちの修行のために役立てるのは有効だと思うからね。
しばらくして僕らの前に出てきたのは、
「――
僕は装甲魔術を唱えて前に出ながら、二人に指示を出す。
「まずはターニャからだ。落ち着いて練習通り、相手の足を狙って機動力を奪う。欲張って大きなダメージを与えようとせず、一撃を入れたら下がって様子を伺う。その繰り返しだ」
「は、はい……」
そうして、僕が小鬼のうち二匹を魔手で足止めしながら、残る一匹の攻撃を受ける。小鬼の方も木の棒を振って頑張っているようだけど、残念ながらそんな貧弱な攻撃でダメージを受けてあげるわけにはいかないな。
「――ハッ」
ターニャの一撃がゴブリンの腕を切り飛ばす。
うんうん。
「いいよ。一旦下がって呼吸を整えて。ターニャはちゃんと戦えてるね」
「は、はい」
「次の一撃は足を狙ってみよう。大丈夫。さっきと同じ要領だ。この通り、僕がダメージを受けることはまったくないから、何も気にせず君のタイミングでやってみるといい。落ち着いてね」
一度やれてしまえば自信がついたのか、彼女は僕の後ろからちょこちょこと出てくると、右足、左足と小鬼に傷をつけ、動けなくなったところで脳を貫くように短剣を差し込んだ。
ちなみにターニャは弱点看破魔法というもので相手の守りが薄い場所を的確に見抜けるらしい。取り回しのいい短剣を武器に選んだのもそれが理由だそうだ。
「ほら、できた。普通の初心者はこんな綺麗に小鬼を片付けられないよ。これまで長いこと短剣の扱いを練習してきた成果がちゃんと出ているね」
「はい……ありがとうございます!」
「よし。次はソーニャ。要領はターニャの時と同じだよ。僕が絶対に守るから、安心して短槍を振るうといい」
僕は二匹目の小鬼を解放し、その攻撃を受け止める。小鬼は石を握りしめて殴りかかってきたんだけど、どうせならその石を投げるか、もうちょっと長い武器を使った方が厄介だっただろうね。
しばらくそうして小鬼を弾き返していると、ソーニャの短槍の一撃が小鬼の右足を貫く。やるなぁ。
「ソーニャの槍はすごく正確だね。一番良い場所にダメージを与えられている」
「……はい」
「呼吸を整えて、気持ちを落ち着けて。僕がいれば何も怖いことはない。自分の思った場所に槍を刺せるか、自由に試してみると良い」
彼女も踏ん切りがついたのか、左足、右肩、左肩と順番に正確な槍を突き入れて、最後は心臓のど真ん中を貫いた。
ちなみにソーニャは動作看破魔法というもので相手の数瞬先の動きを察知できるらしい。それを存分に利用し、ピンポイントで狙いをつけられる短槍を武器に選んだのだという。
「素晴らしい。小鬼の傷口が綺麗に左右対称になってる……よほど巧みに狙わないとこうは行かないだろう。これまで鍛えた成果が出ているね」
「ありがとうございます……よしっ」
「二人とも魔物と対峙するのは初めてってことだけど、十分以上にやれているね。実力と慎重さはしっかり持ち合わせているから、足りないのは経験と自信だと思う」
ターニャの弱点看破とソーニャの動作看破はものすごく便利な魔法だけど、これまでは立ち止まって集中しないと使えないため、ハズレ魔法として扱われていたみたいだ。
しかし、並列思考スキルを覚えることでそれも大化けする。彼女たちはそれぞれの「目」を活用しながら同時に近接戦闘をこなせるようになり、戦闘能力が飛躍的に増した。
もちろん格上相手だと魔法が通用しづらいけれど、順当に魔力を鍛えていけば彼女たちも特級に届くだろう。そうなったら、きっと僕も油断できないくらいの手練れになるんだろうなぁ。特に近接戦闘では、めちゃくちゃ強い資質だもんね。
そんなことを考えつつ、最後の小鬼を解放する。
「ここからしばらく、僕は森を進みながら防御に専念するよ。だから二人でよく話し合って、どんな風に戦うのがいいか考えながら色々と試してみるといい」
「「はいっ」」
「考えて、実行して、振り返って――と繰り返しながら、少しずつ自分たちの戦い方を構築していくんだ。あと常に魔力探知を忘れずにね」
僕が小鬼の攻撃を受け止めると、二人は左右から飛び出してきて両足に攻撃を加える。うんうん、双子だからか息もピッタリって感じだね。二人が自信を持って戦えるようになるのは、そう遠い話でもないだろう。
「ところで、君らの
「そ、それは、ベッキーさんのセンスなので」
「……なので」
うーん、悩ましいなぁ。
最近はちょっと呼び慣れてきた感もあるんだけど、やっぱり字面がなぁ。なんかこう、上手いこと考えられればと思うんだよね。
◆ ◆ ◆
森を抜ける頃には二人の戦い方もずいぶん堂に入ってきて、むしろ「もっと戦っていたいです」「ずっと戦っていたいです」と双子揃って好戦的になってしまったので、最終的に「また森を抜ける時には絶対呼び出すから」という約束をして亜空間に入ってもらうことになった。自信がついて良かったね。
そうして、東の村落を遠くから確認する。
一番目立つのは、海沿いにそびえ立つ大きな城であった。それはピスカチオ市にある領城よりもひと回り大きい。この建築を指示したヴォカル・コーンリリーの強い意志が感じられるよね。彼は本当にここを新しい領都にするつもりなんだろう。
土地の広さとしては都市に相応しい程度には確保されているけれど、森から海に向かってずっと斜面が続いているため少々暮らし辛そうだ。また、水路は森から斜面を下るようにして城まで伸びている。たぶん、ピスカチオ市の水源だった川から引っ張ってきてるんだろうな。
その城の豪華さに反して、広い斜面には今にも崩れそうな掘っ立て小屋ばかりがポツポツと立ち並んでいるだけだった。そして、そこで暮らす三千人ほどの住民は、みんな痩せこけて元気がない。あまり良い生活をしていないんだろう。畑もずいぶん貧相だし。
「うーん……妙だな。老人がいない」
資料によれば、連れ去られた村落には高齢者がそれなりに多かったはずだけど、ここにいるのは……せいぜい三十代くらいまでかな。比較的若い者ばかりが暮らしているようだった。
それと、ピスカチオ市の精霊神殿にいた神官が多数こちらに移住しているはずだけど、見たところ神殿が用意されている様子はない。浄化結界はしっかりと設置してあるのに、神殿が見当たらないというのは不自然だ。
「神殿の建物には……たしか意味の分からない厳格な基準があるはずだから……あの城が神殿を兼ねている可能性は低いか。だとしたら、神官はどこにいるんだろう」
存在するはずの人がおらず、存在するはずの建物がない。ならば。
「神殿の実験施設がある……と決めつけるには材料が足りないけど、探してみる価値はありそうだね」
そうして、僕は付近の捜索を始めた。
ここからは奴らに気づかれないよう……特に「未来の危機を察知する魔法」を使えるリュート・リグナムにはバレないように、慎重に動く必要があるだろう。
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