03 何ごとも試してみないとね

 ポルシェの案内のもと、領城の奥へと進んでいく。

 普通だったら僕のような部外者が領城に入ろうとすれば小面倒な手続きが必要なはずなんだけど、今は誰も彼もが慌ただしく動き回っていて、そんなことを言っていられる状況でもなさそうだった。やっぱり、領主家族はずいぶん具合が悪いのだろうか。


 そうして辿り着いた部屋では、ベッドで苦しそうにしている六人の姿があった。


「これは……みんな同じ状態?」

「そうだ。父上、母上、義兄上、妹、騎士団長、侍女長――他にも被害者はたくさんいたが、みんな命を落としてしまった。この六人は魔力が強いから、他より長く生き延びてるが……残された時間は、そう長くないだろう」

「分かった。ずいぶん顔色が悪いね。複合魔法毒だと思うから、まずは検査から始めよう」


 そうして、僕は亜空間から検査用の魔道具をいくつか取り出した。

 病床に身分は関係ない。治療の優先順位としては、体の小さな五歳の妹、魔力の弱い方からメイド長、騎士団長、母親、義兄、父親という順番で見ていこう。勝手に決めてしまったけど、今は異論を聞いている時間なんてないからね。


 結論から言えば、使われていた魔法毒はかつてメディスが用意したものよりは殺意が低めのものだった。魚の魔法毒を中心に、その効果を高めたり、治癒を邪魔するような魔草や魔茸を組み合わせたみたいだね。まぁ、みんな同じ食事に毒を盛られたらしいから、内容も同じだろう。


「……どうだろう。治るだろうか」

「うん。手持ちの素材で薬は作れるよ」


 その場でクラフト錬金釜を使って錬金薬を作成する。注射器を使って何回かに分けて投与していけば、結ばれた紐を解くようにして一つずつ、毒を無効化することができた。

 以前ならもっと時間がかかっただろうけど、これも過去の経験が生きた形だ。


 盛られたのが同じ毒とは言っても、その症状には個人差があるから、治療内容までまるきり同じとはいかない。慎重に処置を進めたのもあって、六人の解毒が済む頃には、窓の外はすっかり暗くなってしまっていた。


「うん……とりあえずよし。各臓器に絡みついていた嫌な魔力も消えている。ポルシェによる応急処置も適切だったみたいだから、思ったより治療がスムーズに済んだよ。これでみんな、ひとまず命の心配はしなくていいはずだ」

「……ありがとう。何とお礼を言えばいいか」

「いや、まだ早いよ。大変なのはこれからだからね。食事の内容は指示をするけど、水分をたくさん摂って体を温め、魔法毒の残滓を体から追い出す必要がある。何にせよ、まずは消耗した体力をゆっくり取り戻さないと」


 しばらくは風邪のような症状も出て辛いだろうし、状況に応じて解熱や鎮痛の錬金薬を処方する必要があるだろう。調子が戻ってきたらリハビリだって必要になるから、やることは多いのだ。


「わかった……私の配下の錬金術師団を集めるから、指示をお願いしてもいいだろうか」

「いいけど、僕の指示で大丈夫? 錬金術師の資格も持っていない、どこの馬の骨とも知れない子どもの指示に従ってくれるかな」

「大丈夫だ、何の問題もない。というか、セントポーリア侯爵家の錬金術師団からクロウの話はよく聞いている。年齢的に錬金術師の資格は持っていないが、将来は間違いなく賢者になる凄腕だとね……実物は噂以上だった」


 あぁ、それで僕のことを知ってたのか。

 セントポーリア侯爵家の錬金術師団とは、遺跡からの発掘品解析なんかで話をする機会が何度かあったからね。でも、賢者うんぬんは事実無根だと思うよ。


「毒を盛った下手人は分かってるの?」

「うん。私の兄――長男ヴォカルの配下だった」

「そうか。魔魚の餌にした感じ?」

「いや、そんなヤクザみたいなことはしないさ」

「しないんだ……うん。ヤクザじゃないもんね」


 そうだよね、貴族はヤクザじゃないんだ。

 そんな風に話をしながら、メモ用紙に錬金術師への指示を書き出していく。すると、それを見ていたポルシェが深々とため息をついた。


「水分をこまめに……か。実はこの領では、真水が足りなくて、水の使用量を制限しているところなんだよ。背に腹は代えられないけどね。頭の痛い問題だ」


 あぁ、そういえばそうだったね。

 東の村落の影響によって川が汚れてしまったから、真水を確保するために蒸留装置を作ったのがポルシェだったって話だ。ただそれも、燃料の確保に困っているみたいだけど。


「うーん……良かったら、蒸留装置を見せてもらってもいいかな。もしかすると、どうにかできるかもしれない」

「……本当にできるのかい?」

「確証はないけど、何ごとも試してみないとね。上手くいったら拍手喝采、いかなかったらこれまで通りって話になるから。特にデメリットはないはずだよ」


  ◆   ◆   ◆


 この都市の上水道は元々、大きな川から水車で綺麗な水を汲み上げ、それを街中に張り巡らせた水道で運んでいた。

 しかし現在は、川の水が汚れてしまっているため飲用に適さず、水位もかなり下がってしまったため、水車は完全に停止している状態だった。


 聞けば、長男ヴォカルは「川の水が欲しければ自分の言うことを聞け」と領主に脅しをかけたようだ。具体的な彼の要求については、ポルシェ自身は聞いていないとのことだけど。


「――そんなわけで、私は海の水から蒸留によって真水を取り出す装置を作成したわけだ」


 海沿いに立ち並ぶのは、大規模な蒸留装置が計八台。それぞれから伸びたパイプは一本に合流し、抽出された水は上水道に接続されているのが見て取れた。ほほう、これまた大規模なのを作ったなぁ。


 ポルシェの案内で内部構造を見せてもらうと、細部まで効率を重視してよく作り込まれているのが分かる。素材の大半は魔銅で作られているみたいだけれど……なるほど。単純なパイプ一つ取っても必要になる錬金術式回路が巨大になるだろうから、この装置を作るのにはかなり苦労したんじゃないだろうか。


「すごいなぁ。よくこんなの作ろうと思ったね」

「ふふふ……クロウがそれを言うのかい」

「え?」

「私はね、春にシルヴァ辺境領の視察に行ってきたんだよ。ダンデライオン辺境伯家に頼み込んで、穢れの森の奥にある巨大な生産設備群も色々と見させてもらった……度肝を抜かれたよ。しかもあれはスタンピードの最中に、たった数日で作成したんだろう? 私の蒸留装置はたしかに大規模だけれど、あれと比べればさすがに霞んでしまう」


 いやぁ、それはどうだろう。単純に比較できるもんでもないと思うけどなぁ。僕はほら、あの時積もり積もった辺境スローライフ欲を発散してただけだし。


 でもそっか、ポルシェはあの設備を見たのか。


「シルヴァ辺境領の設備を見て、セントポーリア侯爵家でも話を聞いて……あぁ、もちろん歴史資料館も訪ねたよ。そうしてとんでもない噂を色々と聞くうちに、私はすっかり君のファンになってしまっていたんだ。部屋には君の姿絵まで飾ってあるんだ」

「姿絵……一般販売までしてたんだ、ナタリア……」

「そして、領の危機に悩んでいる私の前に、君が現れた。街で見かけた時は、幻を見ているんじゃないかと思ったけどね……思い切って話しかけてみたら、あっという間に家族を治してくれるじゃないか。あはは、なんだか夢を見ているみたいだよ」


 そう話しながら、ポルシェは目の端に浮かぶ涙をそっと拭う。そうかぁ……気楽な感じで話しているけど、実はけっこう追い詰められてたみたいだね。


「私には、この蒸留装置を作るので精一杯だった。でも……きっとクロウなら、もっと良い手段が思いつくのだろう」

「たぶんね。色々と試してみようとは思うけど」

「ふふ。あの森の設備ように、泥沼ボグスライムを使った水生成装置を作るのかい?」

「いや。ここの環境だとそれは厳しいかな」


 インスラ辺境島領はシルヴァ辺境領よりも空気中の瘴気が薄いから、都市に必要な水を泥沼スライムだけで賄うのは困難だろう。

 それと、妖精庭園フェアリーガーデンのように泥沼スライムの女王個体に瘴気を含んだ水を与える……というのも無理そうだ。いやぁ、どうも泥沼スライムは海水には適応できないらしくてね、いつものんびりしているスライムが海水に触れただけでめっちゃ機敏に逃げていくんだよ。ごめんね。


 そんなわけで、このインスラ辺境島領で多量の水を確保するのにスライムは使えない。少なくとも、これまでとは違う仕組みで実現する必要があるわけだ。


 上手くいくかは分からないけど、まずは色々と試してみようかな。

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