02 案内してもらえるかな

 インスラ辺境島の北の端っこにあるピスカチオ市は、この島で唯一の都市である。

 人口は十万程度だから規模としては小都市くらいだけど、外界から断絶された島において、その存在感は非常に大きい。というか、他の二箇所の集落は、南の男性刑務所と西の女性刑務所だから、一般人が住む場所はこの都市しかないのだ。


 そして、この都市は帝国西部にありながらサイネリア組の影響下にない。なにせ「監獄島」だからね……ヤクザ者もさすがに来たがらないみたいだ。やっぱり他とは色々と違う環境だから、以前やったジャイロの義賊活動も、この島だけは除外することになったんだよね。


 港についた僕は、気配を消しながら亜空間拠点ホームに入ると、風呂に入って垢を落としてから服を着替えた。さすがに罪人用の貫頭衣で動き回るわけにもいかないからね。あーサッパリした。

 人心地ついたところで亜空間を出ると、街の雰囲気を確認しながらのんびり歩き、交易商人向けの食事処に入る。


「こんにちは。まだやってる?」

「あぁ、簡単なのでよければね。注文は?」

「おまかせで。けっこう腹ペコなんだよね」


 昼食時をだいぶ過ぎたところで悪いけど、店員のおばちゃんと会話をするなら、このくらいの時間の方がいいだろう。

 そうして待っていると、ほどなくして大椀に入ったスープが僕の前にデンと置かれる。魚介出汁の良い匂いに、ついつい空腹の胃袋がグゥと鳴ってしまった。うん、何はともあれまず食べようか。さてとお味の方は。


「え、スープめちゃくちゃ美味しい。出汁の濃厚な旨味がガツンと来るなぁ。具材も色々入っててボリュームあるね」

「ふふ、気に入ってもらえて何よりだよ。ここらの飯屋は各店舗スープが違ってね。それぞれの店で拘りがあるから、色々と食べ比べてみるといい」

「それは楽しみだなぁ。少し長めに滞在するつもりだからね。スープに入ってる団子は……小麦粉を練ったやつかな。うわー、何気なく入った店がここまで大当たりとは、ラッキーだったなぁ」


 そうしてしばらくスープを楽しむ。

 こういった魚介スープは、どうやらピスカチオ市で昔から食べられているものらしい。この店のスープはコッテリ系の味付けだけど、他にもあっさりしたものや、海老や蟹なんかを中心としたものもあるんだとか。これは俄然楽しみになってきたなぁ。うんうん。


 そうしておばちゃんと雑談することしばらく。

 会話が途切れたタイミングを見計らって、僕は質問を投げかける。


「あのさぁ、おばちゃん。なんか街の雰囲気が沈んでるような気がしたんだけど。何かあったの?」

「……そうだねぇ。近頃ちょっと色々あってね」

「ふーん。詳しく聞いてもいい?」


 僕がそう問いかければ、おばちゃんは憂鬱そうなため息を漏らしながら、近くの椅子に腰を下ろした。


「全ては東の村落のせいなんだよ」

「東? この都市があるのは島の北端だし、刑務所があるのは西と南だよね……東には何もなかったと記憶してるけど」

「できたのは最近さ。コーンリリー辺境伯家――領主様のとこの長男が、領都を東に移すんだとか無茶なことを言い始めてね。小さな村落を作り始めたんだが……その影響が、いろんなとこに出てるんだよ」


 そうなんだ。

 でも小さな村落を一つ作ったところで、この大きな都市にそこまで影響するような事態にはならないんじゃないかと思うんだけど。


「川の水がね。酷く濁っちまったんだ」

「あー……水かぁ」

「東の村落は水源に近いからね。海に囲まれたこの島で人が生きていくには、真水は欠かせない。なのにあそこまで汚されちまったら、みんなが困っちまうよ」


 なるほどなぁ。どの土地に行っても、水を巡るトラブルって多いみたいだからね。

 以前にレシーナが仲裁した揉め事でも、そういうのがあって、けっこう調整が大変だった記憶がある。この島みたいに閉ざされた環境ならなおさらだろう。


「それでね。領主様の次女が錬金術師をしているから、海水から真水を作るための蒸留装置を作ってくれたのさ。それはまぁ、そこそこうまく稼働してたんだが」

「何か問題が?」

「燃料を馬鹿みたいに食うのさ。それでも優秀な装置ではあったからね。領主様が陸の方から薪にする木材を購入し始めたんだよ。しかしそれも、あの長男によって阻まれちまって――」


 なんでも、蒸留装置の燃料にするはずだった木材は、なぜか長男の運営する東の村に運ばれていって建築資材にされてしまったらしい。そんなことある?

 今はどうにか瘴気の濃い森から木々を集めてきて薪にしているけど、魔物のいる森の木を伐採するのは非常に危険な作業だ。実際に怪我人も多く出ているらしい。


「心労が祟ったのかねぇ……領主様、奥様、そして長女の旦那まで相次いで倒れちまって」

「それは大丈夫なの?」

「下々の者には情報が来ないが、状況は厳しいんだろうね。今は長女のマルシェ様が陣頭指揮を取って踏ん張ってくださっているが、いつまで保つことか」


 なるほど。もう少し色々な人から情報を集める必要はあるけど、ひとまず概要は分かったかな。長男が新しい村を作ろうとして、色々と軋轢が生まれている。そして、領主一家が倒れている。ずいぶん大変な状況みたいだね。


「そういえば、おばちゃん。もう一つ聞きたいんだけど。なんか最近この近辺で、大勢の人が運ばれたって聞いたんだけど、心当たりはある?」

「あぁ、あの件かね。なんでも東の村に移住するってんで、外から船で大勢運ばれてきたんだよ。急に人が増えたもんだから、備蓄していた食料もかなり持っていかれちまってね……街の衆は皆、腹の底で怒り狂っているさ。今年の豊穣祭はずいぶん小規模なものになっちまうだろうね。冬越えも不安だよ」


 ほう、なるほど。ずいぶんあっさり情報が手に入ったけど、連れ去られた人たちは東で開拓中の村落に連れて行かれたと見るのが妥当かな。

 実際のところは現地で確認してみないとどんな様子かは分からないけれど、僕が気になるのはそこに精霊神殿の実験施設があるかどうかだ。


「ちなみに東の村落ってどう行くの?」

「そりゃあ海から船で行くか、陸地だと森をかき分けて行くしかないだろうけど……どっちにしろ、やめておいたほうがいいよ。ろくな噂は聞かないし」

「うん、そうだよね。ありがとう」


 僕は魚介スープの代金を支払うと、おばちゃんに感謝を伝えて店を出る。これで銅貨五枚は安いな。

 もう何箇所か巡って情報の突き合わせをしたいところだけど……ひとまず暫定的に、最初の目標は東の開拓村ということになりそうだ。


  ◆   ◆   ◆


 何箇所かの商店や露店で聞き込みをした結果、状況はだいたい分かった。


 コーンリリー辺境伯の長男ヴォカル・コーンリリー。彼はこのインスラ辺境島領の東側で村落の開拓を行い、自分が領主になった際には領の中心をそちらに移そうと考えているらしい。開拓って楽しいもんねぇ。その気持ちはすごくよく分かるよ。ただ、周囲にはかなりの悪影響を及ぼしているらしいからさぁ。

 貴重な川の水を濁らせてしまったり。ピスカチオ市の神殿にいた神官を大勢引き連れていってしまったり。男性刑務所、女性刑務所それぞれで森から採取した食料や錬金素材を勝手に徴収したり。建築資材や住民を外からどんどん運び込んだりして、今も状況を悪化させ続けているみたいだ。


「うーん、何にせよ直接見に行くしかないか」


 この島は現在、東西南北にある四つの集落以外に人は住んでいない。

 島の中心にある赤茶けた禿げ山の周囲は瘴気の濃い森に覆われて、魔物に対処できない人間が森を通り抜けるのは困難といういことだった。とはいえ僕は海を渡る船なんか持っていないので、東の村落に行くには、魔物を狩りながら森を抜けるルートしかないんだけど。


 僕がそうして、森と都市を隔てる強固な外壁へと向かっているところだった。


「……クロウ・ポステ・サイネリアだね」


 立ちはだかったのは、一人の女の子だった。

 年齢は十五歳前後だろうか。みかん色の短いくせ毛と、少し垂れた目元。どこかタヌキっぽい印象かな。身につけているのは、魔道具らしきゴーグル、ツナギ、腰には工具入れ。服装からすると、おそらく装置系の錬金術師なんだろう。


 ずいぶんと息を切らせているから、僕を見つけて走ってきたみたいだけど。


「たしかに僕はクロウだけど。君は?」

「ポルシェ・コーンリリー。コーンリリー辺境伯の次女だよ。見ての通り、装置作りを専門にした錬金術師をしているんだ」

「うん。よろしく、ポルシェ。それで用件は?」


 どうして僕のことを知っているのかとか、色々と聞きたいことはあるけれど。

 ちょっと切羽詰まった雰囲気だから、おそらく僕になにか緊急の用事があるんだろう。細かいことは後回しだ。


「……実は家族が魔法毒に冒されていて」

「分かった、急患だね。案内してもらえるかな」

「話が早くて助かるよ。領城に案内する」


 街の人達は、領主一族が何人も倒れてるって言ってたもんな。優先順位はそっちが上だ。それに今後のことを考えると、コーンリリー辺境伯家と連携が取れた方が動きやすいだろう。


 そうして僕はポルシェに案内され、コーンリリー辺境伯の城へと向かうことになった。

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