第五部 監獄島の大改造
第一章 監獄島の異変
01 海辺のスローライフも楽しそうだよね
――罪人というのは人間の底辺。苦んで当然、殺されたって文句は言えない。
どうもこの世界ではそんな価値観が普通らしい。
だから罪人生活というのは、生きるか死ぬかの瀬戸際で尊厳を踏みにじられるような、かなり悪辣なものだ……と僕は想像していて、けっこう身構えてたんだけど。
現実は、まぁまぁ普通だった。
想像よりもだいぶ生温い感じだなぁって。
「飯の時間だ。大人しく列を作れ」
港湾都市ポータムにある留置所では、インスラ辺境島領へ連れて行かれる予定の罪人たちが暗い顔で生活していた。そしてその中に、僕もしれっと混ざっているわけである。こんにちは。
ここにいる者は全員、簡素な貫頭衣を着て、魔力を制限する首輪を嵌められている。なので、ヤクザ屋敷のようにみんなが魔力をオラつかせているわけでもないから、雰囲気はだいぶ落ち着いている感じだった。むしろ全員しゅんとしているまである。どうしたんだい、元気出しなよ。
実際、冷静に考えてみれば、そんなに落ち込むような状況ではないと思うんだよね。
だって日々の食事は、量こそちょっと少ないものの、普通に食べられる味だし。栄養だって最低限は考えられている。狭くて暗い空間に何人も押し込められてるのは窮屈だけど、全員が寝転がれるくらいのスペースは十分に確保されている。看守はちょっと口が悪いくらいで、よほどのことがなければ暴力を振るってくることもない。もちろん快適な環境とは言えないけどさぁ。
なんて思っていると、隣にいる強面のおじさんが僕に話しかけてきた。
「坊主……お前なんでそんな呑気な顔してんだ」
「え? むしろ暗くなる理由ある?」
「こんなクソみてえな部屋に押し込められてんのに、ニコニコ笑って飯食える気が知れねえよ。頭おかしいんじゃねえか」
「えぇ……」
いや、だって前世の子ども時代の生活の方がよほど酷かったからさぁ。もちろん監獄島の生活はもっと厳しいのかもしれないけど。今この時にそれは関係ないし。
「うーん……みんな何に落ち込んでるのかな。だって何もしなくてもご飯が出てくるんだよ。意味の分からない理由で暴力を振るわれることもないし」
「……そうか。悪かった坊主。肉を一欠片やろう」
「え。いいって、それはおじさんの分だよ」
そんな風におじさんと話をしていたら、周囲の人たちも妙に僕に優しくなった。なんか同情されてる雰囲気なのは、ちょっと納得いかない。なんでだ。
もちろん罪人ではあるものの、ここにいる人たちはみんなそこまで悪い人って気はしないんだよね。まぁ、僕がヤクザに慣れすぎたからって理由はあると思うけど。
帝国貴族が決めている法では、罪人に対する刑罰は大きく三種類に分類されている。
すなわち、最も軽い罰金刑、割と重めの懲役刑、救いようのない死刑である。細かくはもっと色々あるみたいだけどね。ただ、そこまで公平な裁判が行われるわけじゃなくて、貴族の一声で判決が翻ったりすることも普通にあるらしい。怖い社会だなぁと思うよ。
これから行くインスラ辺境島領は「監獄島」とも呼ばれていて、帝国西部の各地から懲役刑になった罪人たちが送られる場所である。
伝聞の情報だと、かなり劣悪な環境下で刑務作業をさせられるみたいだけど……今の状況から考えると、本当にそんなに厳しいのか、僕はちょっと怪しいと思い始めてきたところだ。
◆ ◆ ◆
そうして移送を待つこと数日。
留置所にいた罪人は、港湾都市ポータムから大きな帆船に乗せられて出発することになった。海を往く船は、川舟と比較してかなり頑丈に作られている。たぶん水棲魔物が凶悪なのがその理由だろう。あと、海賊なんかへの備えも必要みたいだし。
船の甲板の隅にこっそりとやってきた僕は、どこまでも広がる大海原を眺める。
古い書籍で読んだ感じだと、どうやらこの世界の海底には大量の瘴気を噴出する場所が散在していて、その周辺の海は大型の水棲魔物がひしめく魔境となっているらしい。
そんな中、インスラ辺境島領の周辺は「狂気の海」と呼ばれていて、魔境ほど瘴気の濃い環境ではないけれど、それでも厄介な魔魚なんかが色々と生息している。人間が海水に落ちれば無事では済まないだろうと言われていた。
周辺の海水を熱湯に変えてしまう熱水魚。血の匂いに反応して獰猛に食らいついてくる肉食海老。動くものに節操なく絡みついてくる溺水昆布。死骸の骨をバリバリと砕く骨喰ハマグリ。その他にも、妙な毒を持っている魔物も多いから……この世界の海というのは、川とは比べ物にならないほど危険な場所なのである。
「楽しみだなぁ……海辺のスローライフも楽しそうだよね。それはともかく、まずは神殿の実験施設があるかを探らないと」
船からこっそり魔手を伸ばして、
ちなみに、いつもなら誰かしら仲間を連れて来ていたけど、今回の作戦は表向きは僕一人で行動する必要があった。
それにはもちろん理由がある。リリアの話によれば、彼女の兄――リグナム商会の後継者だったリュート・リグナムは、未来の危機を察知できる魔法を持っているということだった。色々と制約があると予想はしているけれど、その能力が明確に判明しているわけではない。だから、今回は可能な限り目立たずに行動したかったんだよね。
いろいろなパターンを考慮した結果、今回は僕一人で立ち回るのが良いかなと判断した。
その結果、レシーナは
まぁ単独任務と言っても、厳密に言うと亜空間の中には何人か生活してるんだけどね。
ミミはいつものように魔馬の雷鳴号と女子会をしながら畑の管理をしているし、ベッキーとその配下八名の女の子たちも今は僕の指導でスキル修行に励んでいる。それから、以前に保護した魔族少女もすやすや寝たままだし。
そうしてしばらく考え事をしていると、船の進行方向に大きな島が見えてきた。荒々しい海の中、しっかりとした作りの桟橋に、船がいくつも停泊している。
「……インスラ辺境島領の領都ピスカチオ市」
精霊神殿の手により村落から連れ去られた約千名。その行方の手がかりは、おそらくあそこにある。
――ここまで来れば、もういいだろう。
僕は首につけていた魔力制限の首輪を亜空間に収納すると、魔手スキルを細長く伸ばし、遠くに見える港へと
さてと。これで僕は、移送船から海に落ちた囚人して死亡扱いになると思うので、仮に敵が船籍や入島者リストをチェックしていても問題ない。こっそり島を探っていこうと思う。しめしめ。
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