31 僕が適任だと思うよ

 僕は今、のんびりと進む川舟に乗って、フルーメン市から南東にある港湾都市ポータムの方へと向かっている。同じ舟に乗っているのは、セントポーリア侯爵騎士団の見習い騎士バレンシス・オレンジだ。


「クロウ殿は海は初めてですか」

「うん。まさか初めての海が“監獄行き”とは思わなかったけどね。海の魔物の生態も色々と面白いって聞いてるから、楽しみにしてるんだよ」


 そう、僕は今から監獄に送られるんだよね。

 川舟に揺られながら、これまでのことをゆっくりと思い返していく。夏が終わりに近づくと、僕が抱えていた仕事も色々と順調に回るようになってきて、ずっと忙しかったヤクザ生活も少しずつ落ち着いてきていた。


 ライオットに任せている歴史資料館は今も人気が続いていて、スキルをいくつか覚えた彼は古王国時代の文献をすごい速度で解読してくれている。

 何やら論文を書いて帝都に送ったりもしているらしく、最近は昔なじみらしい研究者が資料館を訪れる姿もちらほら見られた。僕も最近は、古代の書籍関係はすっかり彼に任せきりにしていた。それから奥さんのミントの義腕についても、リリアの幻覚魔法を組み込んで肌の質感を再現した。傍目には通常の腕にしか見えないほど高性能だ。


 オーキッドたち魔物使役師によるサーカスはかなりの大盛況となり、黒蝶館で貴族たちと交渉をした結果、帝国西部の六つの都市での興行が決まった。

 もちろんこれだけで、魔物使役師に対する偏見がすぐに改善しているわけではないけどね。こればかりは気長にやるしかないだろう。今はひとまずイベントの成功を喜ぶ時だ。


 ダルマー率いる新生トライデント支部では革製品工場が本格的に稼働し、フルーメン市との間をせわしなく馬車が行き来して豚鬼革素材やそれを使った製品を運んでいる。

 それらは黒蝶館や舞葉館を窓口にしてアマリリス商会に多数の注文が入るため、バンクシア物流商会の者がそれらを市内各所に配送してくれていた。


 亜空間に保護している魔族の女の子については、まだ目を覚ましていない。これについては手がかりがまったくない状況だね。


 あと、そうだ。元若頭候補のみんなに「クロウを打ち倒せば次期若頭の座が手に入る」とまことしやかに噂を流した犯人は、なんと組長だったんだよね。

 悪びれることなく「これで若手連中はクロウの下にまとまったな」などと満足気にしていたので、レシーナが激怒して締め上げに行ったけど、どうなっただろうなぁ。


「シルヴァ辺境領の生産、メイプール市の甘味事業、妖精庭園の運営も順調。元若頭候補のみんなとはいい関係を築いていけそうだし。ただ、嫁を名乗る女の子たちが二十名もいる……それだけは頭が痛いけど」

「クロウ殿。何をブツブツ言ってるんです?」

「あぁうん、ちょっとね。しばらく僕が不在にしても、みんな大丈夫かなぁって考えてたんだよ」


 うん。僕はこれからしばらくフルーメン市を不在にすることになるからね。

 フルーメン市からマグナム川を南東に下っていくと、港湾都市ポータムへとたどり着く。そこから海を往く帆船に乗って、向かうのはインスラ辺境島領だ。


「監獄島にクロウ殿を送り込むのは、我々としても心苦しい限りですが……」

「いいって。誰がどう考えてたって、この仕事は僕が適任だと思うよ」


 いやまぁ、うん。レシーナは荒れに荒れたけどね。


 インスラ辺境島は犯罪者向けの監獄になっていて、懲役刑となった犯罪者はここに送られることになる。帝国西部に五つある辺境領の中でも、非常に特殊な位置づけの場所だ。

 帝国西部の南の洋上、瘴気の濃い「狂気の海」に囲まれた絶海の孤島。魔力制限の首輪型魔道具を身に着けた囚人は、そこで冒険者として刑期を過ごす。でもそれって罰になるのかなぁ……なんかすごく楽しそうなんだけど。


「クロウ殿……本当にすみません。ですが、精霊神殿によって連れ去られた村人たちを監獄島で見かけたという話が、あちこちから上がってきていまして」

「分かってるよ。大丈夫」


 妖精庭園の場所にあった小規模な村落からは、精霊神殿の手の者が村民を川舟に押し込め、港湾都市まで連れ去ってしまった。その先でどうなったのか、今までは分かっていなかったんだけど……なんとインスラ辺境島領で目撃証言があったのだ。


 サイネリア組では、監獄から出所してきたばかりの組員からも証言があったし、どうやらセントポーリア騎士団でも似たような話を仕入れてきていたみたいだ。

 しかし騎士たちが大挙して訪れれば、またのらりくらりと逃げられてしまう可能性がある。ここは単騎で潜入可能な、小回りのきく戦力――つまり僕を投入するべき場面だというのが、サイネリア組とセントポーリア侯爵騎士団の総意だった。


「島に潜入したら、僕は情報を探ってみる。村落から消えたのは約千人……それだけの人が移動すれば、誰も何も知らないなんてありえないはずだ。それに瘴気の濃い辺境だからね、精霊神殿の人体実験施設が存在しているかもしれない」

「はい。それと現地の貴族が精霊神殿に肩入れしている可能性が高いです。くれぐれもお気をつけを」


 うんうん、とりあえずここは任せてよ。


「間もなく港湾都市に着きます。クロウ殿には犯罪者向けの魔力制限の拘束具を着けさせていただきますが……あの、本当によろしいのですか? 今なら偽物にすり替えることも可能ですが」

「大丈夫だよ。怪しまれる要素はできるだけ少ないほうがいい。通常の犯罪者移送手続きと同じように進めてくれればいいからね」


 さてと、楽しみだなぁ。

 なにせこれから行くのは辺境だ。何があるかは分からないけど……くくく。上手いこと環境を整えられれば、僕の辺境スローライフがここで実現できちゃうかもしれないからね。ここは張り切って、辺境島の隅々まで把握する必要があるだろう。頑張るぞ。


〈第四部・完〉


◆◇◆ お知らせ ◆◇◆

第四部末時点での嫁を名乗る者(20名)、舎弟(9名)の一覧を下記にまとめています。

https://kakuyomu.jp/users/masaka-mike/news/16818093084466911187

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る