30 絶対に逃さないつもりだよね

 ガーネットと採取デートに出るのは、ずいぶん久しぶりのことだった。最近ちょっと色々と忙しくしてたからね。

 フルーメン市からマグナム川を少し下り、川沿いにある小さな森を抜けた先……そこには、小さなヒマワリのような花が群生している場所がある。最近見つけた場所なんだけど、ここの景色がけっこういいんだよ。


「天気も良いし、花も満開。今日にして良かった」

「可愛い花ですね……薬に使えるでしょうか」

「いや、薬効はあんまり期待できないかな。ただ、匂いが良いから石鹸類の香り付けなんかに利用するのはアリかもしれないよ」


 話しながら木陰に座り、持ってきたお弁当を広げる。

 採取デートとは言うものの、今日は錬金素材を集めに来たわけではなく、こうしてガーネットとのんびりピクニックを楽しもうと思ってやってきたのである。


 なんというか……すごくホッとするんだよね。


 僕の嫁を名乗る子たちは総勢二十名になってしまったわけだけど、みんなそれぞれ性格が違うから、一緒の時間をどんな風に過ごすかはバラバラだ。

 その中でも、ガーネットと採取デートに出る時間は心がホッと落ち着くから、忙しく働いた後のご褒美みたいな感覚で捉えてるんだよね。めちゃくちゃ癒やしの時間だなぁって。


「レシーナさんとの川舟デートはいかがでしたか?」

「うん……貞操の危機を強く感じたかな。西方のヘルビス伯爵領まで足を伸ばしてさぁ、領都エメラルド市の湖畔は、景色がすごく綺麗だったんだけどね。レシーナが常に僕に絡みついてきて」

「あら。それは大変でしたね……しかしクロウさんの立場なら、手を出してしまっても問題はないかと思いますよ。むしろ全員が祝福すると思いますが」


 いや、大問題だよ。

 具体的には、ただでさえ実現の怪しい辺境スローライフがさらに遠のくという大きな問題があるんだ。ガーネットもそれが分かっていて言ってるんだろうし。油断も隙もないよね。だいたい僕らはまだ十一歳だから、何もかもが早すぎる。


「先日はキコさんやナタリアさんと一日を過ごしていたようですが、どのような感じだったのですか?」

「あー、うん……影の中で手足を拘束されてね。芋虫のように転がされながら、魔手を使ってキコに飴を食べさせたり、ナタリアの絵のモデルを延々とやったりしてんだよ……丸一日」

「なるほど。だからクロウさんの全裸の絵があったのですね……私もつい一枚買ってしまいました」


 え、ナタリアあれ売ってたんだ。知らなかった。

 そういえば指を折りながら「レシーナさん、ペンネさん……」と小声で枚数を数えてた気がする。思い返すと、あれはたぶん誰に売る予定だとか、誰から頼まれて描くだとか、そういう感じのカウントだったんじゃないかと思う。そうかぁ。もう何がどこまで流出してるのやら。困ったもんだよ。


 それはともかく。

 今日のお弁当のメインは、父さんの焼いたパンに、豚鬼オークソーセージ、ピピの育てた野菜やチーズなんかを挟んだ特製サンドイッチである。それぞれの素材や調理法に工夫が凝らしてあって、かなり美味しいんだよね。最高。一般販売価格が設定できないくらい高級なサンドイッチだ。


 それをのんびり頬張りながら、ガーネットと穏やかな時間を過ごしていく。はぁ、落ち着くなぁ。


「そういえば、クロウさん。私の実家……ガザニア一家が、最近ずいぶん景気が良いみたいなんです」

「ふーん、そうなんだ」

「ふふ、全部クロウさん関係ですけど。メープル製品はすっかりメイプール市の主要産業ですし、ピピさんの研究で甜菜の品種改良が劇的に進んだので、砂糖の生産量がすごく上がったんですよ。たぶんそのうち、帝国南部からサトウキビを輸入する必要は全くなくなると思います」


 なるほどね。それはまたリアトリス組が荒れそうな案件だなぁ。まぁ、奴らにはかなりの痛手を与えたと思うから、抗争を仕掛けられることはしばらくないと思いたいところだけど。どうなるかなぁ。


「ガザニア一家は、今をときめく次期若頭クロウ・ポステ・サイネリアと非常に懇意にしている――という噂もあちこちで囁かれています」

「そうなんだ」

「はい。なんでもガザニア一家の長男ガリオは次期若頭と決闘をして関係を深め、今では手紙をやり取りするほど仲。長女ガーネットは第三夫人。次男ガタンゴは舎弟として働きながら、クロウさんの実妹と恋仲になったと」


 ふーん……ん?

 ガタンゴとハンナが恋仲? 初耳だけど。


「ガタンゴとハンナって、そんな関係なの?」

「そうですよ。アマリリス商会で長いこと一緒に暮らしていますし、歳も二つしか違いません。それと二人とも、クロウさんの舎弟と実妹という立場がありますからね。気楽に話せる関係の者があまり周囲にいなくて。一緒に修行をしたりしているうちに、今ではかなり仲良くなったみたいです」


 まぁ、自然といえば自然な流れなのかな。別に僕が口を出すことでもないし、そこは自由にしてくれればいいと思うけど。


「でも、成人するまではけっこう時間があるから、このまま結婚に至るかは分からないと思うけど」

「いえ、たぶん結婚することになると思いますよ。幹部の家族あたりだと、十歳前後で婚約者が決まるのは割と普通ですし。貴族の場合はもっと早く婚約者が決まるみたいですけど」


 あー、なるほど。そうなんだ。

 そういえば、当時十二歳のガーネットが「行き遅れになるかと思ってた」なんて父親に言われてたのは、ちょっと違和感があったんだけど……このくらいの歳で結婚相手を決めるのは普通なのか。そのあたりの感覚も前世とは色々と違いそうだよね。


「なので姉弟共々、将来はクロウさんの家族になるということで。今後ともよろしくお願いします」

「うん……なんか保留って言葉を使うのはすごく残酷なことなんじゃないかって、今さらながらに心が痛み始めたんだけど……」

「ふふ、良いんですよ保留にしてくれて。クロウさんはちゃんと責任を取ってくれる人だって、私もみんなも理解していますから。今は保留でいいんですよ、今は」


 それもう、絶対に逃さないつもりだよね。


 とりあえずあんまり深く考えても仕方ないので、僕は無言でサンドイッチを頬張りながら、花を眺めてのんびり過ごした。

 ガーネットは「すこし眠くなりました」と僕の太ももに頭を乗せてコロンと横になる。そして、僕の手を取って自分の頭に誘導してきたので……なるほどと思って、そのまま彼女の頭を撫でることにした。


 うん。彼女はどうも、素直に甘えるのがちょっと苦手みたいだからね。いい機会だから、ここぞとばかりに甘やかしてあげようじゃないか。よしよし。いつもありがとね。

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