27 違和感の正体はそれか

 トライデント市から徒歩十分ほど。

 小さな森の横にある空き地では、武装したベッキーとその配下である覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズが顔を寄せ合い、何やら戦意を高めていた。彼女たちは僕と戦うのをかなり楽しみにしてる感じだ。どうしてこうなったんだろうなぁ。


 すると、前に出てきたのはベッキーだ。


「まず最初は自分からお願いするっす」

「武器はなし……というか、手甲とブーツで戦う感じかな。よろしく、ベッキー」

「押忍!」


 彼女は魔力を滾らせながら、半身になって構える。なるほど、何かの格闘技でも修めてるのかな。実際の戦い方は見てみないと分からないけど。

 魔力等級はギリギリで特級、ペンネちゃんより少し下といったところか。スキルについては身体強化のみかな。あとはどんな魔法を持っているかによって、強さが変わってくるはずだ。


「はじめ!」


 覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズのターニャが宣言すると、ベッキーは身体強化をしながらまっすぐ駆けてくる。接近戦が得意なタイプか。


 両拳に妙な魔力が纏わりついている。

 僕は触れさせないように立ち回りつつ、猪のような突進を紙一重で避ける。そして、足をかけて掬うように蹴り上げれば、彼女は勢いよく宙を舞って。


――そのまま、背中から地面に落ちた。なんかピクリとも動かないけど。


「そ、そこまで」

「大丈夫? ベッキー」

「ガ、ガハッ……カハッ」


 あ、呼吸が止まってたのか。

 魔力探知で見てみたけど、ひとまず骨が折れている様子はない。錬金水薬ポーションを飲ませてしばらく様子を見ていると、ようやく彼女の呼吸が元に戻ってきた。ホッ、良かったぁ。


「こ、これがクロウさんの魔法……」

「いや、魔法は全然使ってないよ。足を引っ掛けて転ばせただけなんだけど……ごめんね、そんなにダメージを受けるとは思わなくて。受け身を取り損ねたのかな」

「ウケミ……って何っすか?」


 え、そこからなんだ。いや、この世界でも受け身の概念はある。少なくともレシーナは知ってたしね。

 なんだろう。ベッキーの立ち振舞いや魔力と、実際の強さが一致していないように思う。違和感があるというか、ちぐはぐな感じだよね。


 ふと覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズに目を向ければ、彼女たちも呆然としたまま何が起きているのか理解できていないようだった。目では追えていなかったみたいだ。


「お、お嬢が一瞬で……となると、私たちは二人一組くらいで戦った方が良いのではないでしょうか」


 ターニャはそう言うけど。

 んー……この感じだと。


「よし。八人いっぺんに相手するよ」

「分かりました。後悔しないでくださいね」


 別に煽ったわけじゃないんだけど。

 覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズの八人はそれぞれ武器を構える。すると、立ち上がったベッキーが「はじめ!」と合図をして、彼女たちはそれぞれ動き始めた。


 もらった資料によれば、彼女たちは全員孤児で、ベッキーが素質を見込んで配下にしたらしい。十五歳の双子が指揮を取り、十三歳の年中組が三人、十歳の年少組が三人となっている。

 さて、まず僕のもとに真っ直ぐ突進してきたのは、八人の中で一番大柄な十三歳の女の子だった。ずいぶん重そうな鎧に身を包んでるけど。たしか「鎧のガイラ」だったか。


「ふんぬ」

「ほい」


 僕はガイラを受け止めて押し飛ばす。その先には、「短剣のターニャ」「短槍のソーニャ」の十五歳の双子がいて……ガイラの鎧の重さで三人はグシャッと潰れてしまった。うーん。

 ちなみに短剣のターニャと短槍のソーニャは、この八人のお姉さん的存在で、革製品工場の生活でもとても頼りになる二人組だった。


 息つく間もなく「投石のナシャ」がスリングで石を飛ばしてきたので、受け止めて投げ返すと、ドサリと倒れる音がした。え、大丈夫かな。

 また、視界を覆うように魔法で泥を飛ばしてきたのが「泥沼のヌゥム」で、魔法で作ったツル草を伸ばしてくるのが「草罠のエリサ」だ。いずれも優秀な魔法で練度も高いけど、使い方はもう少し工夫したほうがいいだろう。

 投石のナシャ、泥沼のヌゥム、草罠のエリサ。この三人は僕より一つ年下の十歳だ。戦い方を見る感じだと、武器よりもそれぞれの魔法を主体にしているようだね。


 ヌゥムとエリサが魔法を使ってくるので、僕は不用意に近づいてきていた「円盾のマドカ」を魔手で捕らえ、二人の方に投げた。

 すると、三人は団子になり、エリサのツル草が絡まって、ヌゥムの泥にまみれて大混乱に陥った。一瞬だけマドカの魔力を感じたんだけど、あれは何が起きてるんだろう。


 さて、大柄な鎧のガイラ、小柄な円盾のマドカが十三歳。そしてもう一人、同い年の彼女は……と考えていると。最後の一人が、僕に杖を向けて魔術の矢を準備しているのが見えた。

 どうやら魔矢ボルトを射出前の状態でキープしながら、追加効果を付与していたようだ。


「――爆裂魔矢ボム・ボルト

「――魔弾チャカ


 二つの魔術が激突し、弾ける。

 僕は「爆裂のプリーヌ」の後方に移動すると、頭部に人差し指を突きつける。うん。これで全員だ。この模擬戦は僕の勝利と言って良いだろう。


「そこまで!」


 ベッキーの宣言で模擬戦は終了。

 怪我とか大丈夫かな。


 そうだなぁ。覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズのみんなは、魔力等級で言えば中級から上級程度ってところか。

 十五歳の双子が短剣と短槍。十三歳の三人が鎧、盾、魔術。十歳の三人が投石、泥沼、草罠の魔法を扱うと。なかなかバラエティに富んでいて面白かったと思うよ。


 素質としては優秀だし、それぞれの武器や魔法を活かしてよく訓練を積んでいるように見受けられた。ただ、その割に実戦経験は乏しい印象を受けたかな。あまり連携も取れていなかったように思える。


「ベッキー、君たちはこれまでどんな活動をしてきたんだろうか。具体的に教えてくれるかな」

「ぐっ……実はほとんど訓練だけっす。親父が……自分らには戦い方を教えるなと周りに厳命していたんで、戦い方も全部我流なんす」

「なるほどね。違和感の正体はそれか」


 我流でもここまで戦えるなら、大したもんだと思うけどね。武器の扱いなんかは熟れていたし、戦い方を少し修正すればグンと強くなると思うけど。


「自分たちも、機会さえ与えられれば戦える。そう思ってたっすが……まさか、クロウさんに掠り傷一つ負わせられないとは。親父の言う通り、女は後方にすっこんでないといけないっすかね」

「え、なんで? 僕は今回も、キコやペンネちゃんを思いっきり最前線に出してたと思うけど」

「……あ、それはそうっすね。たしかに」


 前に出て戦いたいって希望してくれるのは、正直助かるんだよね。なんだか僕の周囲には物騒な事件も多いし、戦力になってくれるというならぜひお願いしたいところだ。


「さっきの戦いで、みんなのこれまでの研鑽は理解できたよ。少し工夫するだけでも劇的に強くなると思う。どうかな。さらなるステップアップを希望するなら、僕が君たちを鍛えるけど」

「……それなら、ぜひ鍛えてほしいっす。旦那様」


 そうして、彼女たちは片膝をついて頭を垂れる。

 とりあえず……妻がうんぬんとかは全部保留だからね、まずは僕の配下として鍛えてもらって、バリバリに活躍してくれると嬉しいと思うよ。よろしくね。


 あと、名前がめっちゃ呼びづらいから、そこだけは早めになんとかしたいよね……覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズかぁ。どうしようかな。

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