第五章 覇流鬼離乙女隊

26 本当に意味が分からないんだけど

「――なんということでしょう。凄惨な事件のあったサイネリア組トライデント支部の事務所は、この通り、一夜にして謎のビルへと生まれ変わってしまったのです」


 不思議なこともあるもんだね。

 なんでも人々の寝静まった真夜中のうちに、血みどろだったトライデント支部の事務所は一旦更地になり、整地され、建築作業が行われていたらしい。たぶんどこかのクラフトゲーム好きの仕業なんだろうね。なんて楽しそうなんだ。


 さてさて。そんな新築事務所の宴会場には、この都市で働いてくれたダルマーたちやサイネリア組の者たちが揃っている。

 さすがに、いつまでも革製品工場を間借りしているわけにもいかないからね。あっちはあっちで仕事があるわけだし。


「というわけで、ダルマー。若頭とも相談したんだけど、君を新しいトライデント支部長に任命するよ。この新築の事務所で皆を率いて励んでくれ」

「……へい。謹んでお受けしやす」

「気をつけてね。今は街の衆から君たちへの評判が良いけれど、それに甘えて横暴に振る舞えばすぐに立場が悪くなってしまう。すると、またリアトリス組の者につけ入る隙を与えてしまうだろうから」


 僕の言葉に、ダルマーは表情をピリッと引き締める。うん、覚悟の決まった良い顔だ。


「余所者の出入りの多いこの都市で、縄張りを維持するのは非常に難しい仕事だ。そんな中、街の衆との関係を良好に保つことの重要性は、理解しているね?」

「へい……今回の件で痛感しやした」

「ならよし。何かあればいつでも相談にのるよ。僕は君の兄貴分だから、いつでも気軽に連絡してくれ」


 さてと、前置きはこれくらいでいいだろう。


「ジャイロ。酒の準備を」

「へい、兄貴」


 ジャイロたちが注いでくれるのは、妖精庭園フェアリーガーデンで作られた上等な純米酒だ。料理も色々と用意しているし、ここからは楽しい宴会といこうか。

 よしよし、みんなの手もとには酒が行き渡ったかな? あ、ナタリアはジュースにしておきなよ。そうそう。ジュースも美味しいんだから。さすがに五歳でお酒は早いからね。


「じゃあ、乾杯の音頭はダルマー。よろしく」

「へい」


 そうして、ダルマーは堂々と立ち上がる。

 かつてはスキンヘッドで入れ墨の彫られていた頭も、今はパンチパーマの美丈夫って感じの見た目になっている。それとどうやら、今回の件で助け出したカタギの女の子の一人と恋仲になったらしいから、これからはこの都市のためにキリキリ頑張ってくれるだろう。お幸せにね。


「それでは……新生トライデント支部のこれからの発展と、我らが次期若頭クロウ・ポステ・サイネリアのますますのご活躍、そして我が妹ベッキーおよびその配下八名の兄貴への嫁入りを祝して、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 え、待って。何それ。僕知らないんだけど。

 ベッキーの他に八人も嫁が増える? 何がどうしてそんな話になってるんだ。それはレシーナがちゃんと把握してる案件なのかな。僕はとても疑問に思っているよ。本当に意味が分からないんだけど。


  ◆   ◆   ◆


 とりあえず宴会の場は戸惑いながらも乗り切り、やってきたのは亜空間拠点ホームである。


 僕の前で片膝をつくベッキーと、その後ろにいる八名の女の子たち――が、僕の嫁になるとかなんとか言って控えている。うーん。まずは状況を整理させていただいてもよろしいだろうか。


「あー、ベッキー。君の後ろにいる子たちが……」

「はい。覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズっす」

「よし、一旦休憩。情報を飲み込みきれない」


 僕は椅子に座って頭を抱える。

 あ、君たちもそんなとこで膝ついてないで、とりあえずテーブルについてくれるかな。そうそう。別に失礼とかなんとか何もないから。椅子というのは座るために存在するものなんだから、椅子があるのに座らない方が変でしょ。大人しく座りなよ。


「それでその、覇流……なんとかって子たち八名を、嫁にするって話はさぁ、僕は本当に初耳なんだけど」

「あ、情婦のほうが良かったっすか」

「そういう爛れた関係はあまり良くないと思うよ。そういうのすごくヤクザっぽいというか……いや、僕はヤクザなんだけれども。情婦にするくらいなら普通に嫁として扱うけど、そういう話じゃなくてね」

「自分、感動っす。みんな嫁にしてくれるっすね」


 こら、みんな拍手をしない。

 八人もいると数の暴力で押し切られそうになるけど、僕は屈しないからね。結婚がうんぬんって話は、そもそも僕が成人するまで全部保留なんだから。どうして君らは揃いも揃ってそう話が通じないのかなぁ。


「君らがみんな嫁軍団に加わると、嫁を名乗る子が総勢二十人になる……そう聞いて何も思わない?」

「キリが良い数字っすね」

「そうかぁ……それはたしかにそうだけど」


 キリが良いから何だって話ではあるけどね。


「えーっと……そもそも、ベッキーはなんでそんな僕との結婚に前のめりなわけ。てっきり君はベラドンナ家が政略で送り込んでくる子だと思ってたんだけど」


 僕の問いかけに、ベッキーはもみあげをイジイジと弄りながら頬を赤らめる。


「そうっすね……事前情報では、次期若頭は一つ年下のあんまり男らしくない奴で、しかも自分は第十二夫人って立場だと聞いてたんで、ぶっ殺してやろうと思ってたっす」

「まぁ、そうだよね」


 少々物騒だけど、それが普通の反応だと思う。


「でも……あの時の自分たちはガチで貞操の危機で、本当にヤバかったっす。そこをキコ姉さんに助けられて……それで、影の中からクロウさんが戦う様子を見てたっすよ。自分たちを助けるために、たった一人で陽動を受け持つなんて……そんな無謀を難なくこなす胆力と実力に痺れたっす」

「あ、うん」

「ただ、なんで奴らをぶっ殺さないのかなぁと少し不満に思ってたっすが……でもそれは自分が間違ってた。あえて生かさず殺さずに留めることで、敵の選択肢を奪い戦況を自由に操る知力。それもたまんなかったっす」

「う、うん……?」

「その時点でもう、嫁になるって決めてたっすが……囚われていた自分たちへの配慮を忘れない優しさ。あれがダメ押しでした。自分たちはもう、クロウさん以外の男なんて考えられないっす。ぜひとも嫁の末席に加えてください」


 うーん。やっぱり吊り橋効果みたいなもんじゃないかなぁ。今だけの一時的な感じかなーと思うけど。


「とりあえず……僕が成人するまでは結婚関係のことは全て保留だからね。そもそも僕は、君たちのことをよく知らないし」

「じゃあ、自分らと戦ってください」

「ん? んんん?」


 なんで?

 呆気にとられる僕を前に、ベッキーは勢いよく立ち上がると、人差し指を僕にビシッと向けてきた。ごめん、ちょっと流れに乗りきれてないんだけど。どういうことなのかな。


「互いのことをよく知るには、命がけで戦うのが一番っす。せめぎ合いの中でしか実感できないモンがある……ベラドンナ家ではそう教わって育つっすよ」


 うん。なるほど。ダルマーもそんな感じだったもんね……これがベラドンナ家なのかぁ。別にいいけど、だいぶ脳筋な感じの家系なんだね。ダルマーがあんな感じで、ベッキーがこんな感じだと、君のお父さんがどんな感じなのか俄然興味が湧いてくるけど。


 まーとりあえず、やるしかない感じかな。

 覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズかぁ。

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