25 もう来るんじゃないぞ
僕らが仮拠点にしている革製品工場には、連日リアトリス組の偵察部隊の男たちやってくる。
彼らはペンネちゃんが丁寧に寝かしつけてくれて、その後は僕の亜空間に閉じ込めて何日も過ごしているんだけど。最初は威勢がよかった彼らも数日ですっかり大人しくなったため、僕はそろそろ頃合いだろうと全員を集めて話を始めた。
「僕はクロウ・ポステ・サイネリア。サイネリア組の次期若頭だ。君たちにとって残念なお知らせだが……うちに攻め入ってきたリアトリス組の精鋭たちは壊滅したよ。そちらの次期若頭は首を刎ねられたし、スウィーティは心臓を貫かれて死んだ。端的に言えば、君らの侵攻作戦は失敗してしまったというわけだ」
僕がそう説明すると、彼らはその顔を絶望に染めて身体の動きを止める。ふむふむ。
「――さて、僕が君たちに与える選択肢は二つだ」
といっても、実質は一択だけど。
「まず一つ目は降伏案だ。この選択肢を選べば、全員トライデント市にある事務所で解放してあげよう。だから君たちには、大勢いる怪我人を一人残らず連れて、帝国南部に帰還してほしいんだ。あぁ、リアトリス組からは増援も来る予定なんだろう? 彼らと合流すれば、錬金薬も食料も確保できる。別に僕は殺人鬼じゃないんだ……君らが大人しく帰ってくれるなら、それに越したことはないと思ってるよ」
現状、彼らが生き延びる道はそれしか残されていないからね。
「二つ目は現状維持案、このままこの魔法空間で朽ち果てることだ。この数日、脱出のために色々と試行錯誤して、全て無駄だと分かっただろう? このままここで死ぬまで暮らし続けたいのなら、二つ目の選択肢を選ぶといい。あぁもちろん、最低限の水と食料はあげるから、餓死はしない。何十年とゆっくり時間をかけて、何もない部屋で孤独に朽ち果ててくれ。どうする?」
「一つ目で! す、すぐに南部に帰ります!」
「君はそれを選ぶんだね。他の者はどうする? 彼と一緒に南部に帰る者は挙手を……あぁ、全員帰るのか。いいだろう、了解したよ」
そうして、彼らを事務所の庭に解放する。
その後の流れは実にスムーズだった。撤退に関して文句をつけるような者はすでに存在していなかったため、彼らは必要な荷物をまとめると、怪我人を連れてすぐさま出発していったのだ。
リアトリス組の一団が事務所を出てトライデント市を去るまで、ダルマーたちは彼らを包囲して厳重に見張っていたし、その様子を市民たちもしっかり観察していた。
どうやら僕が想像していたよりも、彼らはしっかりと市民に嫌われてしまっていたらしい。ついに都市の門を出た際には、みんなが盛大な拍手で彼らを見送ったほどだった。
よしよし、ここまでやれば、残る仕事はあと少しだけだね。
◆ ◆ ◆
怪我人同士が励まし合うようにして、ノロノロと歩いていくこと二日。彼らはついにリアトリス組の本隊と合流することに成功した。
戦争が多いこの地域には、トライデント市よりも東に村落は存在していない。そんな中でも彼らがしっかり合流できたのは、あらかじめ侵攻ルートの情報が共有されていたからだろう。
リアトリス組の本隊は、千名ほどの規模だった。なるほど、こんな人数で事務所を乗っ取られていたら、排除するのにはさらに苦労しただろうね。早めに動いて良かっただろう。
あ、ちなみに僕は彼らを尾行している。
まだ少し仕事が残ってるからね。
「なにぃ? スウィーティが殺られただぁ?」
「へ、へい。サイネリア組の次期若頭の舎弟頭……ジャイロとかいう男が強者でして。スウィーティの兄貴の魔装甲すら貫く魔刃を扱うんでさ。あれは武の達人の類かと」
「チッ、仕方ねえ。ちいと作戦を練るか」
「へ……あの、南部に帰還するのでは」
「馬鹿かてめえ。スウィーティの野郎はともかく、俺たちの次期若頭が簡単にくたばるわきゃねえだろ。敵の戯言に騙されて、持ち場を放棄するとは……だが、いい情報も得られた。サイネリア組の次期若頭は、敵の命を惜しむ甘っちょろい奴みてえだな。何かつけ入る隙はありそうだ」
そうそう、僕は穏やかな人間だからね。
つけ入る隙はいっぱいあると思うよ。
それはそれとして、彼らがこのまま侵攻してくるのはちょっと避けたいところだよね。やっぱり後をつけて良かったよ。今回の僕の仕事は、彼らを徹底的に追い払うことだから……ここが正念場となるわけだ。
僕の亜空間魔法は、実のところ生き物を収納するのにはあまり向いていない。というのも、収納時には対象を魔力で包み込む必要があるから、抵抗されると余計に魔力を消費してしまうから。
逆に言えば、生き物以外であれば魔力で抵抗される心配がないので、亜空間に収納するのは比較的容易って話にもなるわけだ。
「あ、兄貴。大変です」
「どうした、そんな慌てて」
「馬車に積んでた物資が……武器、食料、薬、金、馬の飼料から服なんかまで……全部空っぽなんです」
「は? おま……は?」
そうそう。僕は隠密行動も物資を奪うのも得意だからね。さすがに貴族の編成した軍隊であれば守りの魔道具でガッチリ固められているだろうけど、彼らはヤクザ集団に過ぎないから、セキュリティも甘々だったのだ。追い返すには、実に穏便で有効な手段だろう。
「兄貴ぃ! 大変です!」
「どうした、今度は何だ」
「何やら怪しい手紙と地図みたいなモンが残されておりやして、誰が置いたのかわかりやせんが……これを」
それはもちろん、僕が残したものだよ。なにせ怪盗といえば、品物を頂いたらメッセージを残すのが様式美らしいからね。
「――食料と薬、一日分をこの地図の場所に置いてある。取りにおいで……チッ、舐めやがって」
「ち、地図の場所とは」
「ここから帝国南部に向かって一日ほど戻った場所だ。クソ……こうやって少しずつ食料を配置して、俺たちを帰らせるつもりなんだ。そんな手に乗ってたまるかよ」
お、この状況からまだ巻き返しを図るのかぁ。なるほど、そう簡単に折れるような人間はこの部隊の指揮官にはなれないか。
「命令だ。精鋭のみ少人数で、魔馬を駆ってトライデント市に向かわせろ。まずは情報を集めさせる」
「それが兄貴。魔馬もいなくなっちまって」
うん。なんか魔馬って人懐こいよね。
「クソッ、なら走って行け。普通の馬は無事なんだろうな。それなら、下っ端に馬車を出させて地図の場所に食料回収に向かわせろ。何人かいりゃ持ってこれるだろ」
くくく……派遣した下っ端の組員が戻ってくるかは微妙なところだろう。
なにせ今、地図の場所には数十枚の金貨とともに「このお金を持って組抜けしていいよ」と手紙を残してある。このあたりは帝国中央とも隣接している地域だから、お金さえあれば逃げるのは容易だろう。
そんな風にして、数日が過ぎた。
トライデント市に向かった精鋭は僕の手で残らず撃ち殺されたため帰ってくることはなく、食料回収に向かった下っ端たちは順次金貨をゲットして帝国中央へ馬車ごと逃げていった。彼らは身動きが取れないまま、状況も分からずその場で待機するしかなかったのだ。
そして、残り僅かだった手持ちの食料も尽き、近場で野草や野生動物を捕まえてどうにか食いつないでいたところに――魔鳥が手紙を持って現れる。
「あの次期若頭が……死んだだと……」
がっくりと肩を落とした指揮官は、ようやく心が折れたのか、皆を取りまとめて帝国南部へ向けて出発していった。
食料は心許ないだろうけど、大丈夫。たぶん数日後には、山積みになった食料や薬なんかを運良くゲットできるだろう。それまで、どうか諦めずに頑張ってほしい。
さぁ、故郷へお帰り。
なかなか大変な旅路になるだろうけど、彼らには「帝国西部を攻めれば散々な目に遭う」という情報をしっかり持って帰ってもらって、酒場なんかで盛大に愚痴って噂を広めていただきたいものだ。もう来るんじゃないぞ。
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