24 嫌な予感がする
ウラジーミル子爵の首をキコが持ち帰って来たのは、みんなが寝静まった真夜中のことだった。ソファで考え事をしている僕のそばで、影の中からニュッと現れたキコが片膝をつく。
「クロウ。飴ちょうだい」
「はい。あーん」
「あー……ん。最高」
僕はいつものように、キコに飴をあげる。
するとその様子を、キコの背後からナタリアが一心不乱にスケッチしているようだった。うん……君はまだ五歳だから、夜はちゃんと寝ないと大きくなれないよ。あと、暗殺に同行するのは教育上良くないような気もするんだよね。めちゃくちゃ今さらだけど。
「それで、子爵が奴らと繋がってる証拠は掴めた?」
「ん……というか、想定よりも大事だった。ウラジーミル子爵は、帝国南部のサザンクロス侯爵家と裏で繋がってたみたい。今回リアトリス組が仕掛けてきた抗争も、帝国西部に攻め入る作戦の一環だったらしい」
ほほう、なるほど。それはめちゃくちゃ重大な事実だね。これについては僕らだけではどうしようもないなぁ。セントポーリア侯爵家やシナモン伯爵家もしっかり巻き込んで対処してもらわないと。
「――ミミ、ちょっといいかな」
「はーい、どうしたの?」
「セントポーリア侯爵騎士団に連絡したい。キコの入手した情報や証拠を引き渡したいから、トライデント市まで人を寄こしてくれるよう騎士団長に頼めるかな」
そうしてしばらく待っていると、ミミからは「シナモン伯爵家の騎士団にも声をかける必要があるから、もう数日待っていてほしい」との回答があった。まぁ、そうだよね。この都市はシナモン伯爵領だから、セントポーリア侯爵家が自由に行動できるわけじゃないか。
「それでキコ。どれくらい首を持ってきたの?」
「ん。全部で十五。ウラジーミル子爵とその配下で、証拠がある者だけ。本当はもっとたくさん持ってくる予定だったけど、暗殺が露呈したら急に警備が厳しくなって、仕方なく退散してきた」
「そっか、ありがとう。とても良い働きをしてくれたね。引き際の判断も含めて、最良の結果を掴んできてくれたと思う。今はゆっくり休んでね」
そうして頭を撫でると、キコはホッとしたように肩の力を抜いて、僕の座るソファのすぐ横にやって来ると体を丸める。あ、そこで寝るつもりなんだ。別にいいけど。
キコの持ってきた首は、防腐処理をして箱に収めておく必要があるだろう。証拠品と一緒に騎士団に引き取ってもらうつもりなんだけど、モノは貴族の首だから、念のためではあるけど、失礼のないように丁寧に扱う必要があるだろう。
そうしていると、部屋の扉が開いて一人の女の子が入ってきた。桃色ツインテールをぴょこぴょこと揺らしているペンネちゃんである。
「お疲れ様、ペンネちゃん。今日も大活躍だね」
「おう。つってもあーしの魔法で寝かしつけただけだから、大した手間はかかってねーけど」
「いや、奴らにとっては大打撃だろう。今は人手不足の状態だから、偵察人員が毎日数人ずつ削られていく影響はかなり大きいはずだよ」
ちなみに、ペンネちゃんが捕らえた者たちは僕の亜空間に閉じ込めてあるんだけど、彼らは脱出のために色々な魔法を試しているみたいだ。
今のところ有効な手立てはないみたいだけど、僕にとってはセキュリティに穴がないか試験する良い機会になっていて、とてもありがたく思っているよ。
「あーしも……少しだけ休もうかな」
「うん、無理せずゆっくりしなよ」
「……あぁ」
ペンネちゃんはそう言うと、僕の座るソファのすぐ横、キコがいるのとは反対側にちょこんと腰を下ろして、僕に体を預けてきた。えーっと。
「ペンネちゃん?」
「何も言うんじゃねえ」
「……うん。分かった」
僕は亜空間から薄手のタオルケットを二枚取り出すと、ペンネちゃんとキコの体に一枚ずつかける。夏とはいえ、今夜は少し冷えるからね。
ちなみにナタリアは、部屋の隅から僕たち三人の様子を凝視しながらずっとカリカリ絵を描いている。うん。君も少し寝たほうがいいと思うよ。なんか楽しそうだから、あんまり強くは言えないけど。
◆ ◆ ◆
ミミから揺り起こされたのは、まだ日の昇りきらない早朝であった。
「クロウ。ジャイロから連絡だよ。リアトリス組の人たちが、何人も連れ立って都市の外に向かったみたい。森の方向に向かってるらしいよ」
「うん、分かった。ありがとう」
おそらく奴らの目的は、錬金薬や食料を自前で用意するための採取作業だろう。
トライデント市ですっかり鼻つまみ者になった彼らが生き延びるためには、他に残された道などない。この行動は予想の範囲内だ。
僕は急いで工場を出た。
行き先は瘴気溜まりの森である。
僕たちにとって一番楽なのは、奴らが帝国南部に尻尾を巻いて逃げ帰ってくれることなんだけど……それはあんまり期待できない雰囲気なんだよなぁ。覚悟が決まっちゃってるというか。近々リアトリス組からの増援も来るみたいだし、彼らもそれを待っている状況なんだとは思うけど。
そうして、僕が森の近くにいる集団に近づいていくと。
「――大人しく道を譲れぇい!」
「はっ。おととい来やがれ」
「ああん?」
まさに一触即発といった状況。リアトリス組の方は頭であるスウィーティ・シュガーケインが前面に出てきて、魔力を荒ぶらせている。
対するサイネリア組の方はジャイロが胸を張って仁王立ちしている。今は互いに、魔力を使った威嚇合戦にもつれ込んだらしい。
魔力の強さでいえば、スウィーティの方が一枚上手だろう。しかしジャイロの魔力も今はギリギリで特級と呼べるくらいに成長しているため、思いのほか拮抗しているようだった。勝負の行方は読めない。
「ならば戦え! 俺はリアトリス組砂糖頭、スウィーティ・シュガーケイン。むんっ――
スウィーティが強力な装甲魔術を纏う様は、まるで城壁のようだった。さらに彼の両拳は黄金のように輝いている。
――金拳のスウィーティ。
なんでも彼は、ヤクザの間ではちょっとした有名人らしい。
彼の戦い方はシンプルだ。強力な魔装甲で守りをがっちりと固めつつ、金拳によるカウンターで敵を討ち滅ぼす。単純だが隙も少なく、厄介なことこの上ないという話である。
さすがにここは、僕が出たほうがいいか。
そう思って踏み出そうとしたのだが。
「――サイネリア組。クロウ・ポステ・サイネリアの舎弟頭、ジャイロ・カモミール。参る」
ジャイロは脚力強化のスキルを使うと、
嫌な予感がする。
好事魔多しって言葉があるけど。ジャイロは次期若頭の舎弟頭という地位を手に入れ、奥さんのサモアは妊娠している。今は幸福の絶頂期と言ってもいい。こういう時に無理をすると、手痛いしっぺ返しを食らうことが多い……そんなのは根拠のない迷信の類だけど、僕だって前世で撲殺されたのは、ようやく自分の人生を手に入れたと幸福に浸っている時だったのだから。
何かあればすぐに割って入ろう。
そう思って動き出す準備をしていると。
「――
ジャイロの振動魔法によって甲高い振動音を発する
僕はその様子を見て、すぐさま魔術を発動する。
「――
間一髪、敵の組員がジャイロに向けて放たれた魔弾を防ぐことに成功した。ふぅ、危ない危ない。
「あ、兄貴……すんません」
「よくやったね、ジャイロ。あのスウィーティ・シュガーケインを一人で仕留めるとは……兄貴分として鼻が高いよ。あとで祝勝会をしよう」
振動魔法の修行、すごく頑張ってたもんね。
努力が実を結ぶ瞬間って、いつ見てもいいもんだなぁと僕は思うんだよ。さてと、あとは奴らをここから追い払うだけだ。
「――
「さすが兄貴、容赦ないですね」
「でしょ。逃げる奴らは放っておいていい。向かってくるのは全員撃ち殺そう」
「へい」
そうして、僕はジャイロと共にリアトリス組の連中を殲滅していった。よしよし、これでだいぶいい感じに奴らを追い込めたんじゃないかな。
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