23 かなりの大混乱になりそうだけどね

 帝国南部リアトリス組の精鋭部隊、約百名。

 それを率いているのは、アグノム・ポステ・リアトリス――リアトリス組の次期若頭だった。


 トライデント市から真っ直ぐ西へと向かった、マグナム川のそばで。人々の寝静まった深夜に動き出した彼らは、用意していた川舟に乗り込んだ。それぞれの舟には操水魔法使いが乗っているため、水棲魔物を使うよりも素早く川を遡ることができる。

 彼らはこれからフルーメン市に行き、サイネリア組次期若頭の拠点を襲撃するつもりだったのだが。


 しばらく進んだところで、川舟に乗った一人の男が現れた。


「リアトリス組の者だな?」

「誰だお前は」

「トレンティーニアス・バンクシア。サイネリア組次期若頭クロウ・ポステ・サイネリアの弟分だ」


 そう言って、トレンティーニアスは強烈な魔力でマグナム川の水を操る。


「てめえら、水の支配権を奪い返せ」

「む、無理です。自分の魔力ではとても」

「……くそが」


 同じ操水魔法使いでも、その練度には個人ごとに大きな差がある。まして超級となったトレンの魔力には、並のものでは抵抗もできない。

 リアトリス組はだいたい五人ずつ二十の舟に分乗していたが、そのうち約半数の舟がトレンティーニアスに掌握されてしまったのである。


 不安定な足場では、魔弾をまともに飛ばすこともできない。次期若頭アグノムの舟には一番優秀な操水魔法使いが乗っていたため、さすがに掌握されることはなかった。しかしそれでも、押し流されないよう抵抗するので精一杯の状態であった。


「……今の俺ではこんなものか。もっと鍛えないと、クロウの兄貴の隣には立てんな」


 そうして、トレンはそのまま掌握した舟を操って川を下っていく。

 その先にあるのは港湾都市ポータム。そして、広がる大海原だ。通常であれば小さな川舟で海へ出るのは自殺行為であるが、トレンティーニアスほどの操水魔法使いとなれば話は別である。そうして、約五十名のヤクザが一度に削り取られた。


 とはいえ、アグノムの部隊もここで引き下がるわけにはいかない。

 幸いにして特級戦力の乗った舟はほぼ無事だったため、彼らはそのままマグナム川を遡り、フルーメン市へと向かっていった。


「チッ……人数が変わったから、役割を変えるぞ。精霊神殿の情報が確かなら、この川をさらに遡っていくとクロウ・ポステ・サイネリアの開拓した村落がある。ゲニスたちの部隊はそこを襲撃してこい」


 そうして、アグノムの指示により彼らのうち十名ほどが妖精庭園フェアリーガーデンの方へと向かっていく。


「俺たちも分かれるぞ。狙うは……歴史資料館、黒蝶館、舞葉館、バンクシア物流、そしてアマリリス商会だ。調子に乗ったクソガキの鼻っ柱を折ってやれ。手段は問わん」


 そんな風にして、彼らは数名程度のグループに分かれて行動を開始する。その様子を、木の陰から小さな人影が見ていることに、彼らは気づかなかった。


『リアトリス組が来たよ。敵の狙いは――』


  ◆   ◆   ◆


『――って感じだってさ、リリアちゃん』


 ミミからの通信を受けつつ、わたしは戦棋盤に駒を並べながら思考を巡らせる。


 トレンティーニアスが半分も削ってくれるのは想定以上の働きだった。そして、斥候をしてくれている小人からの報告で、敵の動きは筒抜け。相手の行動からすると、どうもこちらを随分と舐めているのが読み取れた。


「悪手ですね。全戦力をアマリリス商会に集中した方が、まだ一矢報いる望みもあったかと思いますが」


 そうしているうちに追加の連絡が入る。どうやらフルーメン市の大神殿からも神官兵が多数派遣され、リアトリス組と合流したらしい。なるほど、と敵の戦力を上方修正する。

 もちろんアマリリス一家もサイネリア組本部から戦闘員を借りてきて、防備は固めている。兵の数として見れば、防衛戦には十分だ。


『――リリアちゃん。歴史資料館に来た敵は、ライオットが討ち取ったよ。なんか刃物で刺されたらしいけど……液状化魔法だっけ。ライオットに刃物は効果がないから、敵の鼻と口を塞いで締め上げたみたい』


 パチリ、と駒を一つ動かす。

 ライオットの心配はあまりしていなかった。


 ことあるごとに石化するミントハルネシア・バンクシアとまともな夫婦生活を送れているのは、ライオットが「液状化魔法」を持っているおかげなのだという。敵の攻撃に無意識に液状化することも、自分の意志で液状化することも、どちらも可能らしい。

 もちろん魔法の相性次第だけど、何も知らない相手がそう簡単に勝てる相手ではないだろう。気性としては荒事が苦手な彼だが、才能は飛び抜けている。


『黒蝶館に来た敵は、ジュディスちゃんが凍らせたよ。それから、舞葉館に来た敵はジュクスキーが相手をしたんだけど……うーん』

「どうしましたか?」

『ジュクスキーが無駄に華麗な戦いを魅せて、なんかキラキラしてて、ご年配の未亡人お姉様たちのハートをがっちりと鷲掴みにしちゃったんだよ。今は美熟女ハーレムの王に君臨してる。これからレディたちに素敵な一夜をプレゼントするんだって』


 どうでもいいな、と戦棋盤を見る。

 ジュクスキーは組長の孫であり、やはり魔力等級は特級である。ただ、光粉魔法という戦力的には微妙な魔法を扱うこともあって、彼の実力は一段低く見ていた。場合によってはジュディスに増援に行ってもらおうと思っていたのだが。どうやらわたしの杞憂だったらしい。


『バンクシア物流は人数で圧倒。妖精庭園の方も決着がついたよ。オーキッド率いる魔物使役師たちと、ルーカスと、少数民族の戦士たちまでいるから……十人ぽっちの部隊では歯が立たなかったみたい』


 まぁ、それはそうだろう。

 どう考えてもオーバーキルなので、妖精庭園については全く心配していなかった。魔物使役師は厄介な魔物をけしかけてくるし、ルーカス・クレオーメは特級の魔力量で熱風魔法というものを扱う。少数民族の戦士たちもそれに負けじと強靭だから……把握している敵の戦力では、そうそう落とされはしない。


『――残りがアマリリス商会に向かってるみたい。敵のリーダーはリアトリス組次期若頭アグノム・ポステ・リアトリス。残ったのは数名だけど、配下も精鋭揃いだって』


 その言葉に、私は小さく息を吐いた。


「レシーナさん、出番です」

「えぇ、分かったわ。リリアは優秀ね」

「恐れ入ります……敵戦力がここに辿り着く前に、可能な限り削りました。あとはレシーナさんにお任せしますね」


 話しながら、わたしの声にはつい震えが乗る。気がつけば全身に嫌な汗をかいていた。

 参謀という肩書きをもらったとはいえ、まさかこんなに早い段階で、実戦で頭を働かせる機会が来るとは思っていなかったのだ。どうにか役に立てたなら良いけれど……あとはレシーナさん次第だろう。はぁ、緊張する。


  ◆   ◆   ◆


 僕の目の前では、ミミが身振り手振りをつけて戦いの様子を説明してくれた。


「レシーナに怪我はなかった?」

「うん、何も問題なかったよ。リアトリス組の次期若頭と、その腹心の部下たちの首をポンポンと刎ねていったみたい。魔法で隙を察知して、薙刀の魔道具でスパンって」


 そっかそっか……ん? 次期若頭?


「レシーナちゃんの大活躍によって襲撃は無事に終了したよ。それでね、次期若頭が死んだって情報がリアトリス組のところまで伝われば、帝国南部はやっと落ち着いた跡目争いが再燃するだろうって」

「うん。あっちは荒れるだろうね」

「だから、次期若頭アグノムたちの首は丁寧に防腐処理をして、高級な箱に詰めて、高速魔鳥便でリアトリス組宛に発送しておいたってさ。これで帝国南部はしっかり荒れてくれるね」

「んんん?」


 まぁ、うん、そっか。

 とりあえず、レシーナが無事に事態を切り抜けられて何よりだよ。帝国南部はかなりの大混乱になりそうだけどね。うーん……どうしてヤクザってこんな殺伐としてんだろうなぁ。

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