28 そういうのは本当に良くないと思うよ

 マグ川の中洲の地下にあった古代遺構から、新たに貴重な資料が発掘されたというのが、フルーメン市の人々の間でずいぶん話題になっていた。

 騎士団の持ち帰った発掘品は、歴史資料館の特別展として公開され、客は連日のように行列を成している。


 そんなセントポーリア歴史資料館。

 喧騒に満ちた空気も、閉館時間を過ぎればあっという間に冷えて、資料館の中にいるのは関係者のみとなっていた。


「ライオット、ミント。久しぶり。元気してた?」

「あぁ、クロウか。抗争で大変だったそうだな。噂には聞いていたが……今日はどうしたんだい?」

「うん。短刀ドスを持ったレシーナから逃げているんだよ……覇流鬼離乙女隊ヴァルキリーズの件で」

「そうか。嫁が八人追加になったそうだな」


 ライオットはなんだか楽しそうに笑っている。

 まったく、他人事だと思って呑気にさぁ。こっちはホラー映画の登場人物みたいな気分で、必死に逃げているというのに。


「ミントの腕はどう? 使い勝手は」

「はい、ありがとうございます。先日改良して頂いてから、動作がかなり自然になりました。ただ、ちょっと見た目が……いかにも作り物っぽくてどうしても違和感がありますの」

「うーん、肌に近い色の素材を使ったつもりだけど……そうなると幻影系の魔道具で見た目を誤魔化した方がいいかもしれないね。古代にはそういうのがあったって記録があるんだけど、残念ながら僕はまだ機能を解析しきれていないんだよ」

「あら、クロウさんでも?」

「僕が読み解けてるのなんて、ほんの一部だからさ」


 だからこそ、歴史探求も魔道具作りも面白いし、際限なくハマってしまうものなんだと思うよ。世の中知らないことだらけだなぁといつも思う。

 ライオットに翻訳をお願いしている本にも、魔道具についての有用な知識がまだまだ眠っているはず。けっこう楽しみにしてるんだよね。


「クロウ。そういえば、渡してなかったな」

「……何を?」

「セントポーリア家からの名誉騎士勲章だ」


 そうして、ライオットは僕の胸に勲章をつける。うーん、なるほど。


「クロウは抗争の対応で不在だったからな。代理として私が受け取っておいた……勲章授与の表向きの理由は、二つの貴重な古代遺構を発見し、それを私欲に走ることなく皆に公開するため資料館を建てた。その功績だそうだ」

「本当の理由は?」

「精霊神殿への対処だ。近頃の神殿の動きを見ると、ダンデライオン辺境伯家の名誉騎士称号だけでは少し立場が弱いだろうとな。あって困るものでもないだろう」


 なるほど、それは助かるな。精霊神殿から敵視されているのが間違いない現状では、身を守る手札は多いほうがいいからね。


「名誉騎士として、名前に“セポス”を加えることが許された。つまり君の名は、クロウ・ダンデル・セポス・アマリリス・ポステ・サイネリアとなったわけだ」

「うわ……また自己紹介が面倒になったよ」

「それだけの活躍をしたってことさ。それと、新しい遺構から発掘された書籍の中に魔道具関係のものをいくつか見つけた。術式回路の挿絵があったから、君が好きそうな内容だと思う。概要レベルでは解読できているが」


 あ、それは読みたいな。いいね。


「すごく気になるなぁ……けど、また今度ね。レシーナの気配が近づいてきてるから、僕は逃げるよ」

「慌ただしいね。それじゃあまた」


 僕はわりと全力で気配を消しているというのに、どうしてレシーナは簡単に追跡してくるんだろうね。まったく恐ろしいなぁ。


 そうして繁華街の方に向かうと、そこには遠目からでも分かるくらい目立つビルが二棟並んでいる。もはやこの周辺のシンボルとなった黒蝶館、舞葉館だ。

 帝国西部で商売に成功したければ、黒蝶館と舞葉館の会員になれ――最近ではそんな風に言われるほど、社交場としてこの施設の重要性は増しているみたいだ。


 トライデント市で作られる革製品についても、黒蝶館などを窓口に、少しずつ注文が入るようになったところだからね。おそらく今後は大きな商会と定期販売契約を結ぶことになると思う。


「さてと、アマネのところに逃げ込む……のは無理そうだなぁ。レシーナがなぜか先回りしてるし」


 彼女は剣呑な魔力を滲ませて待ち構えているので、僕は踵を返してその場を離れる。


 フルーメン市の外に出た僕は、亜空間から魔馬の雷鳴号に出てきてもらって、高速で妖精庭園フェアリーガーデンへと向かう。

 ちなみに神殿の実験施設から保護した少数民族の十名は、最近はもうすっかり元気になり、それぞれ妖精庭園内に新築の家を建てて、神殿に奪われてしまった新婚生活をやり直しているところだ。どうやら以前に救った六名と合わせ、今はみんなで「妖精守護隊」と名乗っているらしい。普段の仕事は妖精庭園の防衛だけれど、彼らからは僕の覇道のために戦力として自由に使ってほしいと言われている。いや、だからさぁ。僕の覇道って何なんだろう。


 そんなことを考えながら妖精庭園に到着すると、そこで待っていたのはルーカス・クレオーメだった。


「やあ、ルーカス。調子はどうかな」

「うん。すごく良いよ。クロウのおかげで、色褪せていた僕の人生が楽しいものになり始めた……ずいぶん長居してしまったけど、そろそろクレオーメ家に帰ろうと思うんだ。本当にありがとう」


 そう話し、固く握手を交わす。


 昼間から強い眠気に襲われてしまうという彼の体質は、魔臓強化スキルと半睡眠スキル、小人ホムンクルスの妖精魔法によるサポートで、普通の日常生活が送れるくらいに改善できていた。彼自身もそのことにずっと苦しんでいたみたいだから、うまくいって本当に良かったと思う。

 左肩に乗っている小人のシュシュは、ルーカスがここから出た後もずっとついていってサポートを続けるらしい。まぁ、よく一緒に昼寝しているところも見かけていたし、そうなるだろうなとは思ってたけどね。


 クレオーメ家の縄張りは、セントポーリア侯爵領の南にあるグリーンピース伯爵領で、ここは広大な穀倉地帯となっている。シュシュがいれば、きっと農業面でも色々と活躍してくれるだろう。


「オーキッドと魔物使役師たちはどうしてるかな」

「あぁ、今はクロウの考えた例の作戦に向けて、本格的に準備を進めてるよ。忙しくしてるみたいだけど」

「そっか」


 実はリアトリス組との抗争の時に、奴らの魔馬を十頭ほど奪ってきたからね。この世話をオーキッドにお願いしようと思ってるんだよ。


 改めて考えると、帝国西部全体に僕の配下が配置されることになりそうだね。

 中央にあるセントポーリア侯爵領にはアマリリス一家の本部があり。東方のシナモン伯爵領ではダルマー・ベラドンナが。南方のグリーンピース伯爵領ではルーカス・クレオーメが今後それぞれ活躍してくれるだろう。西方のヘルビス伯爵領ではトレンティーニアス・バンクシアが現在配下をまとめ上げようと奮闘しているところだ。


 僕がそんなことを考えている時だった。


「あら……クロウったらこんなところにいたのね」


 振り返ると、そこには。

 荒々しい魔力を纏ったレシーナが、短刀ドスを片手に、口元ににっこりと笑みを浮かべながら、鮮血のような瞳を爛々と輝かせて立っていた。


 うん……来るの早くない?


「レシーナ。僕は雷鳴号に乗って妖精庭園まで来たんだけど。どうやってそんなに早く追いついたの?」

「ふふふ。私は操水式ボートで移動してきたのよ」

「あー……それがあったかぁ。レシーナの魔力量ならたしかに運用できそうだもんね。これは一本取られたなぁ」


 操水式ボートかぁ。

 そういえば、アマリリス商会の事務所に試作品を放置してたもんね……僕の亜空間にある最新版は試作三号機だから、たぶん二号機あたりをレシーナが利用してるんだろう。これは失敗したなぁ。


「私はいつも言っているわよね……クロウの嫁の選別には私がしっかりと関わり、私とクロウの蜜月を決して邪魔しない、かつクロウの覇道を支えるのに役立つ女を厳選するって。貴方の嫁を決定する権利は私にあるのだから、あちこちで勝手に増やされると困るわ。私は何か間違ったことを言っているかしら」

「間違ったことしか言っていないと思うけど」

「……どうして、八人も、嫁を増やしたのかしら。いえ、経緯は聞いているのよ。だから理解はしているの。納得は全然、していないけれど」


 ゴゴゴゴゴ、と地面が揺れているかと錯覚するほどレシーナの魔力は荒ぶっている。

 とりあえず、落ち着こうか。冷静さっていうのは人間が生きていく上で非常に大切なものだと僕は思うんだよ。それを欠いてしまうと、やはり思わぬ不幸な結果に繋がったりすると思うからね。うーん……とりあえず。そうだなぁ。


「川舟デートをしようか、レシーナ」

「川舟……デート……」

「丸一日、二人っきりで、川舟に乗ってさ……瘴気に満ちたマグ川じゃなくて、澄んでいるグナ川の方で。あっちは源泉になってる湖も絶景だって聞くから、一緒に行ってみようよ。二人だけで」


 僕がそう言うと、レシーナはゆっくり呼吸を整えて、短刀ドスを鞘に納める。よしよし、いいぞ。その調子だ。鎮まりたまえ。


「川舟に乗って……新婚旅行」

「新婚ではないけどね」

「いいわ。それで今回の件は手打ちにしてあげる。ふふふ……クロウと素敵な一夜を過ごしてきますって、皆にきっちり宣言しておかないとね」

「ねえ、また既成事実を作ろうとしてるでしょ。そういうのは本当に良くないと思うよ」


 僕の指摘にレシーナは何も答えず、不敵な笑みを浮かべるばかりだ。まぁ……たまにはレシーナとのんびり旅行をするのも悪くないだろう。なにせ彼女は僕にとって大事な友達だからね。

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