14 消せるけどね

 サイネリア組本部の中庭。

 僕の目の前で仁王立ちしているのは、ダルマー・ベラドンナ。スキンヘッドに入れ墨を彫った、ベラドンナ家の優秀な次代だ。魔力等級はもちろん特級で、その立ち姿は堂々としている。


「じゃあダルマー、やろうか。とりあえず殺害禁止ルールの模擬戦で――」


 僕が話している途中で、彼はナイフを抜いて突撃してくる。

 危ないなぁ……まぁ、彼としては別に、僕を殺したところで何の痛痒も覚えないんだろうけどね。それにしたって、なんだかずいぶん殺意が高いように思う。


 とりあえず、握りの甘いナイフを蹴り飛ばしてから、彼の腹に掌底を叩き込む。


「――カハッ」

「落ち着きなよ。殺害ありの決闘にすると、今の一撃で君は死んでいた。無駄死には君の望むところじゃないだろうし、僕だって優秀な人材をみすみす死なせたくはないんだ」


 ダルマーを蹴り飛ばして距離を取り、彼が回復するのを待つ。まさか一発で終わる男じゃないだろう。そうして待ちながら、魔手を伸ばしてさっきのナイフを亜空間に回収する。


「ねぇ、ダルマー。君はヴェントス・クレオーメと面識はあるかな」


 僕の問いかけに、彼は顔を歪めたまま答えない。


「ヴェントスは神殿の手によって瘴気薬漬けにされ、風刃魔法の威力を底上げされていた。今もきっと修行を積んで、強くなっているだろう。僕も戦い方の見直しをしてるところなんだけど、できればダルマーにも対ヴェントスを想定して、今より強くなっておいてもらいたいんだ」

「……ふぅ」

「うん、立ち上がれたようだね。じゃあ、やろうか。殺害禁止ルールで。僕はヴェントスの立ち回りを真似してみるから、対応してみせてくれ」


 ダルマーが魔力を放出して威嚇してくるので、僕も呼応するように魔力を放出する。


「うーん。ヴェントスはだいたい、これくらいの魔力だったように思う。特級を超えた者を自称していたからね。単純な魔力で言えば、君の上をいくだろう」


 話しながら、強く地面を蹴って彼に肉薄する。


「速度はこれくらい。攻撃されて避けらないほどじゃないけど、逃げに回られると厄介な速さだ」

「――魔弾チャカ魔弾チャカ魔弾チャカ

「もちろん、ヴェントスは安々と魔弾を避けていくんだよ。風刃魔法は移動にも利用できるらしいし。僕の魔弾は術式を改良して、君のものより速度が上がってるけれど、それでも仕留めきれなかったんだ」


 話しながら、魔弾を連射しているダルマーの手を蹴り上げ、鳩尾に肘を叩き込んで彼を弾き飛ばす。


「僕は危機感を覚えているんだ。あれほどの手練れがサイネリア組に敵意を持って、裏で動いている。しかし、サイネリア組の中にはそれに対抗できる人員があまりにも少ない。組長や若頭の世代の強者を含めてもね……さすがに僕が単身で、帝国西部全域を守り切れるわけがない。だからダルマーには、なんとしても強くなってもらいたいと思ってるんだよ」


 僕が話をしていると、ダルマーは地面にビチャビチャと嘔吐して苦しんでいた。えっと……大丈夫かな。ちょっと強くやりすぎただろうか。ごめんね。


 錬金水薬ポーションの瓶を魔手で届けると、彼は呆然とした顔でそれを受け取り、何やら大きくため息をついてから飲みほした。


「ほら、ダルマー。まだ君の魔法を見せていないだろう。噂には聞いてるけど、なかなか面白いよね。一度この目で見てみたいと思ってたんだよ。せっかくだし、やってみせてくれるかな」


 僕の言葉に、ダルマーはコクンと頷いて立ち上がる。するとすぐさま、魔力が一気に膨れ上がって、彼の魔法が発動した。


――それは、一風変わった「球体化魔法」だ。


 見ていると、魔法によって体がみるみる小さくなっていく一方、スキンヘッドの頭部は風船のようにパンパンに膨張していき、やがて完全な球体になる。なんというか、人面岩みたいな感じだね。

 すると彼の頭に彫られていた入れ墨が、術式回路として意味を持つようになり、淡く光り始めた。完全な球体になった彼の頭部表面には強力な魔力障壁が張られ――この姿で、ゴロンゴロン転がりながら敵に突っ込んでいくのである。すごいよね。


 とてもインパクトのある戦い方だけど、決して面白いだけじゃない。ダルマーの特級魔力に耐えられない者は一瞬で押しつぶされてミンチになってしまうのだから、けっこう侮れない魔法だ。


「――魔障壁ウォルド


 転がってくる彼を魔障壁で受ける。といっても、真正面から受け止めるのは少し厄介なので、障壁を斜めにして軌道を逸らすような形をとった。

 ダルマーは縦横無尽に転がり回りながら、グングンと速度を上げて僕に襲いかかってくる。何度か避けるうちに速度も上がってきたから……よし、そろそろいい頃合いかな。


 僕は先ほど拾ったナイフを亜空間から取り出す。


「――魔刃ジン


 ナイフの周りに魔力で作った刃を纏う。


 転がってきたダルマーを左手で受け止めた僕は、右手のナイフを彼の眉間に刺した。もちろん浅くだよ。しかしそれだけで、彼の頭部に彫られた入れ墨の術式回路は正常動作しなくなり、障壁が消えた。うん……これが入れ墨式の魔術の弱点だよね。


「この魔刃はヴェントスの風刃魔法と同程度の強度にしてある。つまり、君はヴェントスの魔法を一度受けただけで、ただの丸い肉になってしまうというわけだ……どうかな。奴に勝てるイメージができるだろうか」


 僕がそう言うと、ダルマーの頭はみるみる縮んでいって、身体が元に戻る……そして彼は、地面に尻をついて膝を抱え、滂沱の涙を流しながら嗚咽を漏らし始めた。

 うーん? あの、大丈夫? ごめん、なんかやり過ぎちゃったかな。


「あの、ダルマー?」

「……ずるい」

「ずるいの?」

「ずるい。俺だって……俺だってなぁ……ひっく」


 とりあえず眉間の傷口に錬金薬を塗りってやりながら、泣きじゃくる彼の背中をさする。うーん。

 どうしたの。辛いことがあったのかい。僕で良ければ話を聞くから、なんでも言ってごらんよ。ほら、怖くない、怖くない。


「俺は……俺だって……俺はなぁ……」

「うん」

「……女の子と、イチャイチャしたかった」

「そっかぁ」

「お前ばっかずるい……ひっく……」


 どういうことなのかサッパリだけど、そうやってシクシクと泣く彼の雰囲気は、冗談を言っている風じゃなく真剣そのものだ。うーん。

 僕はどんな顔をしてその思いを受け止めればいいのか分からず、とりあえず彼の背中をゆっくり撫でながら、彼の言葉を待つことにする。


「そもそも俺は昔から……身体が大きくて……魔力も荒々しくて……ひっく……人が全然、寄ってこなくて……」

「うん。そうかぁ」

「うぅ……その上……魔法を十全に活かすという目的で、髪を、髪を、髪を、全て、親父に剃られて……入れ墨を彫られちまって……もう生えてこなくて……それで、今までよりもさらに、恐れられるように、なって……誰も……ひっく……」


 そうかぁ、それは大変だったね。

 自分で望んだわけでもないのに髪を剃られ、入れ墨のせいで怖がられてしまうのは……そうだね。ひたすら可哀想だなと思う。たしかに武闘派ヤクザとしては迫力満点だし、彼の魔法を活かす仕組みではあったと思うんだけど。


「婚約者も、いたが……ひっく……彼女は半径三メートル以内に決して寄ってくることがなくて……昨年、俺と一緒に成人したと思ったら、顔だけのクソ野郎とどこかへ逃げちまって……ひっく……俺は彼女に指一本触れたこともなかっ……なかったのに」

「そうかぁ」

「次期若頭が強いって話は、聞いていた。だけど……女をいっぱい侍らせて、鼻の下を伸ばしているクソ軟派エロガキだって話もあって……い、妹までお前の嫁になるって聞いて……そんなの……俺が、お、俺が青春の全てをなげうって手に入れた強さを……何の代償もなく超えて、女まで侍らせんのかと思うと、俺は、もう……お前の存在が許せなくてよお……」


 そうかぁ。それは大変だったね。

 それで今までの鬱憤が一気に爆発したのかぁ。たしかにそんな感じなら、僕に好感を持つのは難しそうだもんね。突っかかりたくもなるか。そりゃあ仕方ないよ。


「もう、いやだぁ……俺は戦うのは嫌いじゃねえけど、そこまで全てをなげうつほど好きってわけでもねえんだよ……なんで俺だけ……こんな……ぶざけんな……女の子に触ってみてえよお……」


 そっか。本当に辛かったんだね……うんうん。


「だが、この入れ墨は消せねえし、髪ももう生えてこねえ……俺は女の子に触れることもなく、強さを手にすることもなく、このままつまんねえ人生を――」

「消せるけどね、入れ墨は」

「は?」

「入れ墨は消せるよ。あと髪も擬似的になら生やせるし。僕はほら、これでも錬金術を齧ってるから」


 だってこの世界には錬金薬なんて便利なものがあるんだからさ。入れ墨を消すのなんて普通に可能だし。というか、古代の魔術師は入れ墨を彫ったり消したり、わりと気軽にやってたみたいだからね。

 髪の毛については……死んだ毛根はどうにもならないけど、他の体毛を頭皮に移植するくらいならそう難しくはないからね。ちゃんとした伸びる毛ってわけじゃないけど。ほら、前にゴブリンの頭部にジュディスの髪を移植した感じでやればさ。


「僕に任せてくれれば、入れ墨の除去や頭髪移植の手術はやるよ。戦い方についても、今より良い案がある。とりあえず、この後一つずつやってみよう」


 僕がそう言うと、彼は立膝をついて頭を垂れた。


「どうか、よろしくおたの申します」

「うん、よろしくダルマー」


 そうして、ダルマーはほんの少しだけ僕への態度を変えてくれた。ここから先も彼が協力的な態度をとってくれるかは、僕が彼の希望をどのくらい叶えられるかにかかっているだろう。頑張るぞぉ。

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