第三章 サイネリア組の次代

13 とりあえずみんな、よろしく

 久々にぽっかり時間ができたため、ペンネちゃんと一緒にフルーメン市の商店街でコロッケを買って食べ歩きながら、のんびり話をしていた。


「そういえば、ペンネちゃんはミントとは従姉になるんだよね。面識はあったの?」

「いや。あーしは近づくことも許されなかったかんなぁ。もちろん存在は知ってたけど、それこそ住む世界が違うって感じでさ」

「ふーん。そうかぁ」


 まぁ、そんな感じたろうなぁとは想像つくけど。


「ちなみに、ルードグランシア・バンクシアは?」

「んー、ろくに会話したこともねえな」

「そうなんだ」


 ルードグランシア・バンクシアは、バンクシア本家の次男である。トレンの弟、ミントの兄であり、そして――ミントの右腕を一刀で切断した男だ。


 その時の状況については、石化が解けたミントが教えてくれたんだけどね。どうやらルードは、精霊神殿の実験に協力していたらしいんだよ。

 その日はルードの友人を名乗る男が屋敷を訪ねてきて、「特務神官がこの屋敷を焼きに来る」「ミントハルネシアをこの場に残せば足止めになる」と話をしていたのだという。


 そうして逃げたルードは、配下を連れたまま行方知れずになっていて、サイネリア組でも捜索中だ。今のところ、その足取りは掴めていない。


「ルードの奴はかなり荒々しい奴だったかんなぁ。あんまり良い噂も聞かなかった」

「そうなんだ」

「帝都の学園に通うようになってから、悪い友達ができたって。まぁ、詳しくは知らねえけど」


 ペンネちゃんはコロッケの最後のひと欠片を口に放り込むと、包み紙をクシャっと丸めてポケットに突っ込んだ。


 色々と話しながら、あちこちの露店を冷やかして歩く。ペンネちゃんは髪留めなんかを色々と見ていたけど、今日のところは気に入ったデザインのものはなかったようだ。

 そうしてのんびりしていると、ペンネちゃんはふと思い出したように「あ、そうだ」と声を上げる。


「そういや、クロウの新しい嫁のことだけどさ」

「うん。どうしたの突然」

「あーし、あいつと面識あるんだよ……ベラドンナ家のお嬢様、ベッキー・ベラドンナ。ほら、あーしはクロウのところに来る前、あいつのいるトライデント市の支部にいたからさ」


 へぇ。そういえばペンネちゃんは、支部で働いていたところをセルゲさんが呼んでくれたんだもんね。そりゃあ古巣の知り合いもいるか。


「仲は良かったの?」

「まぁ、話をすることは多かったかな」

「ふーん、そうなんだ」

「ベラドンナ家は武闘派だかんな。ベッキーも強さこそ全てって感じで……なんつーかな。あいつを中心に強い女ばかりを集めた部隊があってさぁ、ベッキーはあーしら下のもんの世話をよく焼いてくれたんだ。仲が良かったって言うより、恩があるって言ったほうが正しいな」


 なるほどなぁ。

 ベラドンナ家はセントポーリア侯爵領よりも東側、シナモン伯爵領を主な活動拠点にしているんだけど。ここがめちゃくちゃ物騒な土地でね。帝国の北部、中央、南部それぞれとの境に頑丈な防衛都市を築いているから、帝国西部全体の防護壁みたいな領地になっているんだよ。貴族同士の小競り合いも多いし、ヤクザの抗争も頻発している。ベラドンナ家が武闘派の脳筋ヤクザになるのも仕方ない環境だよね。


「あーしがいた頃から、帝国南部の連中とはバチバチにやりあってたからなぁ。今もかなり危ないって噂を聞くし。いつ抗争が起きてもおかしくねえ」

「あぁ、なんか帝国南部のヤクザ組織……リアトリス組だっけ。あそこが内部分裂してるらしいけど」

「そうなんだよなぁ。サイネリア組でも最近は暗殺未遂とかはあったけど、あっちに比べりゃ統制は取れてる方だと思うぜ。で、そんなきな臭え情勢を、力で跳ね除けてんのがベラドンナ家ってわけだ」


 ペンネちゃんはグッと背伸びをして、僕の顔をフッと覗き込んだ。


「クロウはあれだろ、もうすぐ元若頭候補の連中を集めて締め上げるんだよな。未来の幹部候補だから、今のうちに上下関係を分からせておかねえと」

「いやぁ、締め上げるわけじゃないけどね。特にベラドンナ家とは仲良くしたいから、穏便に済めばいいんだけど」

「どうかな……あーしはなかなか難しいと思う」


 うん、そんな気はしてるんだけどさ。

 殺伐とした領境を武力で渡りきっているベラドンナ家だからこそ、僕みたいな覇気のない男はあんまり好まれないと思うんだよね。娘のベッキーを嫁として送り込もうとしてるのは、まぁ政略っぽいけど、どういった経緯なんだろう……どうも一筋縄ではいかなそうな家だ。


  ◆   ◆   ◆


 サイネリア組本部の会議室。

 そこには僕とレシーナの他に四人の男たちがいた。元若頭候補の者たち……資料で名前は知ってるけど、こうして彼らと顔を合わせるのは初めてだ。さて、どうなることやら。


 ひとまず、第一印象は爽やかさを心がけよう。


「やあ。僕がクロウ・ポステ・サイネリアだ。なにやら僕を打ち倒したら次期若頭の座を譲るとかいう物騒な噂が流れているようだけど、あれは根も葉もないデマだからね。こうして呼び立てたのは、サイネリア組の次代を担う優秀な人材と顔つなぎをしておきたかったからだ。これからよろしく頼むよ」


 僕はそう挨拶をしてから、四人の顔を見てみるけど……うーん。なんかそれぞれ腹に一物抱えていそうなんだよなぁ。とりあえず、みんなに順番に挨拶をしてもらそうか。


 まずは一人目、キラキラとした光の粉を振りまいている瑠璃色の髪の超絶イケメン。歳は二十代前半だったかな。


「私はジュクスキー・ナルキッソスだ。別に次期若頭の座に興味はないが……どうやら君はそんな平凡顔のくせに、自分が美しいと勘違いして美女たちを大勢侍らせているようだね。しかも最近は、この私よりも美しいと豪語しているとか」

「……なにそれ。初耳なんだけど」

「他の何を置いても、美しさで勝負を挑まれれば私は受けざるをえないからね。なかなか良い手を考えたものだが、身の程は知った方がいい……ふふ。そう簡単に私の美を超えられると思わないことだ」


 あ、うん。これは人の話を聞かない系だぞ。

 ちなみに彼も組長の孫で、少し前まで組が管理する旅芝居の一座で看板役者をしてたんだけど……そこでスポンサーである老貴族の奥様と熱烈な恋をして一騒動起こし、あの事務局長セルゲさんを忙しさで沈めたという伝説の男を持つ男である。あの時は僕も事務局にエナドリを箱単位で提供することになったから、なかなか印象深い。


 ジュクスキー・ナルキッソス。

 熟女好きのマダムキラー。生まれ持った光紛魔法を熟女ナンパのためだけに活用する様は、いっそ清々しいとも言える。うーん……彼にはぜひともお願いしたい仕事があるんだけどなぁ。


「あーうん。ジュクスキーと美について語り合うのは、また後にしようか。長くなりそうだし」

「ふふ、私の美を前にして恐れをなしたのかい?」

「えっと次は……ベラドンナ。自己紹介を」


 二人目、鍛え上げたガチムチボディとスキンヘッド。頭部全体に刻まれた入れ墨が迫力満点の男。剣呑な魔力を滾らせている、ある意味で正しい武闘派ヤクザだ。成人したて、ピチピチの十八歳。


「俺がダルマー・ベラドンナだ。次期若頭は強いと聞いていたが、ここに来て正直落胆している。大方、俺の魔力にイモ引いて次期若頭争奪戦を取り下げたくなったんだろうが……逃がすかよ。きっちり戦ってもらうからな」

「君も話を聞かない奴だね。まぁ、武闘派のベラドンナ家の中でも天才と名高い君の噂は聞いているよ。この会合が終わったら、軽く模擬戦でもしようか」

「ふん……いいだろう」


 うんうん、いかにもベラドンナ家って感じ。


 サイネリア組配下の御三家にはそれぞれ特色がある。バンクシア家は西の河川流域の商売に強く、クレオーメ家は南の穀倉地帯の農村を支援していて、ベラドンナ家は東で武闘派として自警団のような活動をしている。どれも組において重要な役割を果たしている家なんだけどね。

 今のところ、僕と各家との関係がどれも超絶微妙なのは、どうにかなんないかなぁ。


「じぁあ、次は……クレオーメ」

「……」

「クレオーメ? ね、寝てる」


 三人目、ルーカス・クレオーメ。

 僕と敵対して組み抜けしたヴェントス・クレオーメの弟であり、年齢は十五。小柄な体躯、薄茶色の髪と白い肌、そして全身を脱力させたままどんな状況でも眠りに落ちてしまう大胆さ……今もめちゃくちゃ気持ちよさそうに寝てる。すごいね。


 ルーカスはすやすや寝てるので、次にいこう。


「最後に――」

「俺は認めねえ。お前のような……お前のような奴が次期若頭だなんて、俺は絶対に」

「それは十分に伝わってるから、自己紹介くらいはしてくれないかなぁ」


 四人目、オーキッド・ドクトール、二十歳。

 初対面から今の今までずーっとずーっと僕を睨み続けている彼は、黒髪に赤いメッシュの入った短髪を揺らしながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。相当嫌われちゃってるみたいだ。


「あー……オーキッドは魔物使役師だったよね」

「そうだ。魔鳥や魔馬の調教を請け負っている。魔物と心を通わせる魔法でな……もちろん俺だって、魔物と人間の共存が難しいことくらい知っている。だが、魔物を飼い殺して大量の素材を入手するような悪辣な罠には我慢ならん。一人の魔物使役師としてお前のような――」

「ストップ。なるほど、後で話をしようか」


 あー、うん。

 シルヴァ辺境領でたしかに、僕は魔物を罠にかける設備を作った。彼にはそれが我慢ならないのか。でもあそこで女王個体を育てているからこそ、瘴気濃度が一定以上にならず、人々がスタンピードを心配しなくてよくなったわけで……うーん、もう少し色々と会話してみないとね。どうしよう。


 さて、とりあえず四人それぞれと顔を合わせたわけだけど。


「(――ミミ。ちょっとレシーナに聞いてみてもらえるかな。四人の中で僕に隔意を持っているのは)」

『うん、レシーナちゃんに聞いてみるね……うんうん……ほうほう……なるほどね。つまり全員、クロウに従う気はまったくないみたいだね』

「(そうかぁ。そんな気はしてたけど)」


 前途多難どころの話じゃないけど。


「とりあえずみんな、よろしく」

「ふん。美しくないね」

「さぁ、戦おうか」

「……むにゃむにゃ」

「俺は絶対に認めねえ!」


 うん。これは……ちょっとばかり、前途多難すぎやしないだろうか。

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