10 あとはよろしく頼むよ

 予定外のクラフト生活を楽しみまくること数日。

 職人と激論を交わして最新モデルの川舟を作ったり、魔物の襲撃を防いでいた土壁をちゃんとした防護壁に作り直したり、船着き場を使いやすく改造したり……そんな風に、気がついたら色々なモノを作っていたんだけど。


「クロウ殿、ご苦労さまです」


 早朝、セントポーリア侯爵騎士団がついに村落に到着した。数名の騎士、多数の領兵。物資を運ぶための馬車。ガッチリと武装している彼らはなんとも頼もしく見える。


 またその中には、顔なじみの見習い騎士の姿もあった。


「クロウ殿。また古代の遺構を見つけたという話を聞きましたが、本当ですか?」


 バレンシス・オレンジ、十九歳。

 オレンジ家はセントポーリア侯爵家に古くから騎士として仕えている名門らしく、彼は帝国中央学園を卒業後、騎士団に見習いとして入団したらしい。前回の地下遺構探索に参加していた関係で顔見知りになったんだけど……どうやら今回は遺構探索ではなく、神殿の実験施設の調査チームに割り当てられたらしかった。


「バレンシスは遺構探索の方が良かった?」

「そりゃそうですけど、自分は配置について意見できる立場でもないので。それに、こっちの件も大変じゃないですか……それで、例の被害者は」

「保護してるよ。今はガーネットのところで療養してるから、バレンシスも会ってみてほしい」


 バレンシスは騎士団長のハリソンから見て甥にあたるからね。

 年が若いからまだ見習いという立場ではあるけど、実態としてはハリソンの腹心の部下になる。貴族家との関わりも深くて、少数民族の件を知った上で動いてくれる貴重な人材だ。


 間借りしている空き家へ行くと、そこには手足の生えた箱――ガーネットの移動式錬金工房が部屋の隅に佇んでいた。


「あれが噂の箱娘ガーネットさんですね……クロウ殿はすごいですね。人の好みをとやかく言うのは無粋ですが、自分なら箱と結婚できる自信はないです」

「色々と誤解が広まってるみたいだなぁ」


 うーん、どんな噂がどこまで広まってるんだろう。


 とりあえず、バレンシスを連れてガーネットの錬金工房に入り、併設された療養所へ向かう。そこには十台のベッドが並んでいて、すっかり回復した小人ホムンクルスたちが被害者の世話を焼いていた。

 僕らの到着に気がついたのは、ガーネットだった。


「クロウさん。ご苦労さまです」

「ありがとう、ガーネット。彼らの様子は?」

「はい。まだ体内の瘴気を抜いている最中で、誰一人意識を取り戻していません。ひとまず命に別状はありませんが、回復にはまだしばらく時間がかかるかと」


 ベッドに眠るのは、五種族の男女十名。目立った外傷は既に治療済みだけど、さすがにまだ目覚めはしないか。

 岩髭人ドワーフ甲殻人シェルフォークは今回は初めて会った種族で、それぞれ岩のような硬い髭や、虫に似た甲殻を持っていたりする。彼らの国ももちろん少数民族国家連合に所属しているから、ことが公になれば、本当に世界大戦でも始まってしまいそうだ。


 ふと、背後にいるバレンシスに目を向ける。

 彼はギリッと唇を噛んで、魔力が荒れそうになるのを必死で抑えているようだった……うん。今はここを出たほうが良さそうだね。


「じゃあ、ガーネット。引き続きよろしく頼むよ」

「はい、お任せください」


 破裂する寸前の風船のようなバレンシスを連れて、僕はいったん亜空間拠点の方に戻る。こっちなら、どれだけ魔力を放っても周囲の迷惑にならないからね。気持ちを落ち着けるためには、一度ガス抜きをする必要があるだろう。


  ◆   ◆   ◆


 ひとしきり魔力を暴れさせたバレンシスは、大きなため息をつくと、魔力を鎮めてその場に座り込んだ。


「すみません、取り乱しました」


 彼はそう言って深々と頭を下げる。

 いいんだよ、気持ちはすごく分かるから。


「自分は……資料で読むことで、知ったつもりになっていました。駆け落ちを支援する、という口実で、少数民族の若い男女を誘拐する。彼らに多量の瘴気薬を注入して、その身体を変質させる。なんて酷いやり口なんだと、そう思っていて……」

「……そうだね」

「しかし、自分は何も分かっていませんでした。実際に被害者たちの顔を見て……彼らの苦しそうに歪んだ顔を見て。腹の底がかき混ぜられるような不快感を覚えて……それでようやく、神官どもが何をしていたのか、本当の意味で理解したんです」


 それは良かったよ。騎士団にもこの事態を肌で理解してもらっていた方が何かと良いだろうしね。


「その感情を共有できていれば、僕らはきっと同じ目的のために協力できる。これからもよろしくね」

「はい。クロウ殿とは密に連携を取ろうと思います」

「ありがとう。でもあまり心を許し過ぎないように気を付けてね。どこまで行っても僕はヤクザで、君は騎士だから。目的が同じ時は協力できるだろうけど……信用しすぎるといつか足を掬われる。ほどほどの緊張感を持った関係でいよう」


 僕の言葉に、バレンシスは目を丸くする。


「クロウ殿も……騎士団長とまったく同じことを言うんですね。自分はクロウ殿なら信じて良いと思ったのですが、やはり甘いのでしょうか」

「もちろん甘々だよ。バレンシスが忠誠を誓うのはセントポーリア侯爵家であり、守護するべきは領民だ。貴族の法が示す正道を堂々と往くのが君の役割だろう……その一方で、ヤクザは仁義のためなら邪道だって往くからね。協力はしても迎合はしない、くらいの関係がちょうど良いよ。お互いにね」


 彼を椅子に座らせて、紅茶を一杯出す。

 とりあえず落ち着いて、自分の立ち位置をよく考え直してほしいんだ。騎士団の次代を担う期待の新人が、ヤクザ組織の次期若頭とズブズブの関係だったら……普通にヤバいでしょ。下手したら、セントポーリア侯爵領が傾く話だからね。


「自分は……その。騎士団に入って思いましたが。実際の騎士なんて、そんな立派なもんじゃなくて。中には人間の腐ったようなのもたくさんいて」

「どこでもそうだよ。騎士だってヤクザだって神官だって、一皮剥けば人間だからね。どの組織にも、どうしようもない奴らはいる。全員が清廉潔白な組織なんて、この世に存在しないんじゃない?」

「……まぁ、それはそうですね」


 その中でも、特にヤクザなんてどうしようもない人間がいっぱい集まってる組織だもんなぁ。やっぱり騎士が迎合していいことなんて何もないよ。うんうん。


「愚痴なら無限に語れるけど、今は仕事の話をしようか。騎士団長とも相談したんだけど、証拠の中で人目に触れても問題ないものは、この調査隊に持ち帰ってもらおうと思ってる」

「問題あるものは?」

「僕が持っていくよ。少数民族関連の情報だったり、生きたまま捕らえた神官や研究員なんかもいる。そういった証拠は、確実に騎士団長のもとに届けたい」


 明言は避けてるけど、騎士団の中には裏切り者がいる可能性もあるからね。騎士が施設に踏み込もうとすると逃げられてしまう理由がまだ定かじゃないから、証拠や証人の扱いには慎重になる必要がある。


「バレンシスには、氷で閉ざされた実験施設の内部調査もお願いしたいかな。大変だと思うけど」

「氷ですか。えっと、クロウ殿……もしかして、中では死体も凍ってたりします?」

「うん、いっぱい凍ってると思う。持ってる魔法によっては生存している者もいるだろうけど、少なくとも数日前から氷漬けのはずだから……中はわりと凄惨なことになってると思う。ごめんね」


 僕がそう言うと、バレンシスは乾いた笑いを漏らしながらこくりと頷いた。ね、ヤクザに迎合してもいいことなんてないでしょ? とりあえず、あとはよろしく頼むよ。

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