09 いい仕事をしたなぁ
石化したミントへの対処はなかなか悩ましい。
腕の切り口は、ひとまず錬金薬で処置をしたけど、それで彼女の石化が解ける様子はなかった。手探りにはなってしまうけど、思いつく方法を色々と試してみるしかないだろう。
そうして、みんなの待ってる村落に戻ったのは、ミントを保護した翌日だった。ガーネットの療養所にミントを預けていると、何やら深刻そうな顔をした村民が喧々諤々の議論を交わしているのが目に入る。
「どうする、村長。このままじゃ納品が間に合わねえ。緊急事態だってことで許しちゃ貰えるだろうが、次の取引は期待できねえぞ」
村落周辺の瘴気はほぼ平常時に戻り、魔物の脅威もなくなって、特務神官のエイルは既に村を去っている。これからは元通りの生活を……というわけには、どうもいかないみたいで。
どうやらこの村は、川舟作りを基幹事業にして生活しているみたいなんだよね。だけど魔物の襲撃があって、村にあった木材は軒並みバリケードを張るために使ってしまった。今さらボロボロの木材で舟を組み立てるわけにもいかず、発注元にこれから謝罪に向かわなければならない。
事情が事情なだけに、謝罪をすれば許しては貰えるだろうけど、今後の商売を考えると頭が痛くなる事態なんだとか。
ふぅん、そういうことなら。
「村長、川舟の納期と個数は?」
「あぁ……一週間後。数は二十ですが」
「そっか。設計図面はある?」
「そりゃありますが……一体何を」
くくく。どうせこの村にセントポーリア騎士団が来るまでは待ってなきゃいけないんだし、だいぶ時間を持て余しちゃうからね。だからここは、ドドーンと川舟をクラフトしちゃおうかなと思って。
「とりあえず、今日一日だけ待ってもらえるかな。僕が錬金術で川舟を試作してみるから、それが使い物になるかどうか判断してほしいんだ。ダメだったら、謝罪に行くときは僕も同行するからさ」
「れ、錬金術ですか……そりゃ一体」
「てってれー、クラフト図面台」
ふふふ、これはクラフトゲームを再現するため、レシピカートリッジを作成するのに用意した図面台である。作図がしやすいように定規やコンパスなんかも付属している優れものなのだ。
つまりね。この際だから、川舟の設計図から錬金術式回路を起こしてレシピ化し、量産できるようにしちゃおうという作戦なのである。
そんな風に僕が張り切っていると、ペンネちゃん、ガーネット、ジュディスの三人は何とも言えない顔で宙を見上げた。何だね、そのアンニュイな表情は。
すると、ぴょこんと手を上げたのはミミだ。
「ねーねークロウ、あたしも手伝いたい」
「そうしたら、ミミは村長さんから川舟の設計図を借りてきてもらえるかな」
「はーい」
そうして僕が準備を始めると、トレンが僕の方に来て小声で話しかけてきた。どうしたんだろう。
「兄貴、錬金術で木材を素材にすると、生成品がウッドチップの塊のようになって脆くなる――つまり川舟に期待される強度に満たなくなるって話を聞いたんですが。大丈夫なんですか?」
「ん? それは単に錬金術式回路が不適切なだけだと思うけど。ウッドチップにするか真っ直ぐな木材にするか……とかは、術式回路の指定次第だから」
素材をどう組み上げるのかは術式回路で決まる。だから、回路が悪ければたしかに粗悪品ができるけど、正しい回路を組めば正しい品物がちゃんと出来上がるんだ。それが錬金術だからね。
実際、僕はこれまでに様々な木製品を作ってきたからノウハウは持ってる。木製食器なんかも全部自作だし、アマリリス商会で品物を運ぶ木箱だってそうだ。今回も特に問題はないと思うよ。
そうして作業を進めること二時間ほど。
設計図について職人に質問をしながら術式回路を描き上げていき、いよいよ試作品のレシピカートリッジが出来上がった。あとは現物を作って修正点を見つけていこうかな。
「てってれー、大型クラフトテーブル」
さあ、実際に作ってみようか。
一辺五メートルある正方形の台の上。レシピカートリッジを読み込んで浮かび上がった術式回路に、木材や金具なんかをポンポンと配置していく。そして魔力を流せば――これで川舟の試作品は完成である。どうかな、最初にしては悪くない出来栄えだと思うんだけど。
すると、村長をはじめとする数人の職人がなにやら戸惑った顔で川舟をチェックしてくれる。
「ふむ。基本的な形は問題なし。ただ、船底に牽引具の取りつけ口がない……あれがないと、魔亀を始めとする水棲魔物に舟を引かせることが出来ません」
「なるほど。図面に反映するよ。あとは?」
「ふむ。強度もバランスも悪くない。あとは実際に川に浮かべて確認してみましょうか」
そうして村長たちは川に舟を浮かべると、その上で飛び跳ねたり、満員電車かってくらいギュウギュウに人を乗せながら性能を確認し始めた。
なるほどね。人を運ぶにしろモノを運ぶにしろ、あの程度の扱い方で壊れてしまったら使い物にならないから、ああやって確認するわけだ。勉強になるなぁ。
その様子を眺めながらクラフト図面台で術式回路を修正していると……やってきたのは、神官のペコリオだった。
「なんというか……すごいな。これが神童か」
「その賞賛は、舟が完成してからにしてよ」
「いや、あれはほぼ完成したようなものだろう」
そう言われても、僕はもらった設計図通りに作っただけだしなぁ。さすがに神童は過分な評価だ。
「ところでペコリオは、いつまで村落の派遣神官って立ち位置に留まるつもりなのかな」
「いつまでって……この先ずっと」
「サイネリア組に来る気はない?」
正直、精霊神殿に未来はないと思っている。
悪辣な人体実験は既に世間に露呈し、これからきっと大きな変革を迫られるようになるだろう。少なくない血が流れると思うんだけど、ペコリオほど有能な人材を見捨てるのはちょっとどうかと思うんだよね。
「人体実験には、フルーメン市の大神殿も深く関与しているだろう。ペコリオがその下で働き続けるのは、どうなんだろうと思ってね。いっそ、神官なんて辞めてしまえばいいと僕は思ってるんだけど」
これまで村落の様子を見ていて、彼が善良で頼りがいのある神官であることは十分に理解できたからね。それで誘ってみたわけだけど……僕の言葉に、ペコリオは首を横に振るだけだった。
「お誘いは嬉しく思うよ、クロウ。実を言うとね……私は賭博が大好きなんだが、お世辞にも上手とは言えないんだよ。一度こうと決めて賭けると、途中でその選択を変えることができず、いつも負け越してしまうんだ」
「うーん、そうかぁ」
「精霊経典には、尊い教えがたくさんある。それは人々の心を救ってくれるものだと、私は信じているんだ。残念ながら特務神官という役目はクビになってしまったが……私は人々にそういった尊い教えを説く。その生き方に、もう賭けてしまったんだよ」
なんとなく、そんな気はしていたけどね。
この村落の人たちにとって、既にペコリオはなくてはならない存在なんだろう。彼は貴族ともヤクザとも違った方法で、人に寄り添って生きている。宗教というものが好きではない僕だけど、ペコリオのそれが悪いとは思えないなぁ。
「ところで、石化したお嬢さんは?」
「まだ保護した時のままだよ。どうしたもんかな」
「そうだね。私も大したことは言えないが」
そうして、ペコリオは顎に手を置く。
「似たような魔法を持っている知り合いがいたりしないかな? 身体を変質させるような者だ」
「……心当たりはあるよ」
「それなら、一度その者に相談してみるといい。何か解決の糸口が見つかるかもしれない」
なるほど、それはたしかに。
一度、手紙なんかで相談してみても良いかもね。
そんなこんなで、納品予定の川舟は、その日のうちに完成した。次から次へと出てくるみんなの意見を取り入れるのは、けっこう大変だったんだけどね。
最新式のレシピから川舟の設計図も起こし直したから、僕が去った後も村民は同じ舟を作れるようになるはずだ。
これで彼らは納品に間に合い、お客さんも品物を予定通りに受け取れて、僕も川舟のレシピを無事にゲットできたってわけである。いい仕事をしたなぁ。
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