04 通りすがりのヤクザだよ

 トレンの操水魔法によって、川舟の周囲では水の流れが逆転し、僕たちは「川上に向かって押し流される」という不思議な体験をしていた。


 僕の肩の上では、ミミが大興奮で流れる景色を眺めている。


「クロウ、すごいね! あたし川舟って初めて」

「爽快だよね。とはいえ、トレンがいないと出せない速度だけど……魔道具化するのは難しいか。長時間の運用だと、魔石の消費量が現実的じゃなさそうだし。僕やレシーナの魔力なら使えるだろうけど」

「いいじゃん、またトレンに運転してもらえば」


 いやぁ、さすがに毎回頼むのも悪いからなぁ。トレンには物流商会の仕事を丸投げしてるからね、忙しい中であんまり時間を割いてもらうのも悪い。とりあえず、自分用にひとつ作っておこうかなぁ。


「兄貴。そろそろ目的地が見えてくるはずです」

「ありがとう、トレン。まさかこんなに早く着くとは……いい意味で想定外だったよ」

「はい。帝国西部の河川は俺の庭なんで、必要とあらばいつでも申し付けてください。遠慮なく頼っていただけた方が、俺も嬉しいんで」


 うん。どうでもいいけど、なんか圧が強いんだよね……めちゃくちゃ前のめりで「恩返しさせてください」って来るし、今もなんか、存在しない尻尾をブンブン振ってるのが幻視できる。

 まぁ、地理についても川舟の運用についても、トレンの方が確実に詳しいからね。頼れそうな場面では頼ってしまおう。


 とにかく、着いたらすぐに行動できるよう準備だけしておかないと。


「ミミ。もうすぐ着くってみんなに伝えておいて」

「うん。分かった――みんな了解だってさ」


 僕の亜空間には、ペンネちゃん、ガーネット、ジュディスの三人が待機している。

 何もなければそれに越したことはないけど……徐々に濃くなる瘴気が、この先に待ち受ける不穏な出来事を暗示しているかのようだった。


  ◆   ◆   ◆


 桟橋に川舟を寄せると、何やら村落の方から魔法の破裂音、人々の怒声などが聞こえてくる。

 魔力探知で様子を確認すれば、どうやら村人たちは武装して魔物の集団と戦っているらしかった。もちろんスタンピードほど大規模な襲撃ではないけど、そもそも村落には辺境ほどの防衛設備もない。状況は厳しいと言っていいだろう。


「ミミ、トレン。二人とも亜空間に。緊急事態だ」


 二人を収容し、すぐに魔手を伸ばして亜空間移動テレポートを繰り返す。

 どうやら村人は川と逆側に低い土壁を築き、森から現れる魔物と戦っているらしい。ようやく視界捉えた戦場では、一人の神官が中心となってどうにか防衛戦をこなしているようだった。


 僕が土壁の上に到着すると、神官はビクッと肩を跳ね上げる。


「――ペンネちゃん、頼む」

「任せろ」


 僕が戦鎚で付近の魔物を弾き飛ばしている間に、ペンネちゃんは戦斧に魔力を込める。

 彼女が戦斧〈微睡まどろみ〉を一振りすれば、斬撃のような霧が魔物たちの集団に襲い掛かり、その大半を眠らせられる。これが効かないのは、骨鬼スケルトンなどの呼吸をしないタイプの魔物であったり、攻撃範囲に入らない飛行型や潜水型の魔物くらいである。


 次いでペンネちゃんは、身体から四本の魔手を伸ばすと、それぞれの先端で手斧をクルクルと回転させる。うんうん、桃色ツインテールが勇ましく揺れて頼もしいね。この調子なら、この場をまるっと任せてしまっても良さそうだ。


「――ガーネット。怪我人の治療を」

「はい。クロウさん」


 ガーネットを亜空間から出せば、彼女はすぐさま背後にいる怪我人のもとへ。

 その傍らには、彼女の移動式錬金工房――最近、箱の側面に腕を追加し、治療のサポート役として騎士人形ゴーレムにしたもの――が異様な存在感を放っている。うんうん、治療に関しては彼女に任せちゃって問題ないだろう。


 ペンネちゃんとガーネットにその場の対応を任せた僕は、神官のお兄さんのもとへと向かう。

 地面に尻もちをついて息を荒げている彼は、戦闘に不慣れな村人に指示を出しながら、ギリギリのところでこの村を守りきっていたらしい。すごいなぁ。


「こんにちは。はい、エナドリをどうぞ」

「えなどり? とにかく助かった、礼を言う」


 そうして、彼はエナドリをごくりと飲み干し。

 そして目を丸くして、水晶瓶を凝視する。


「これは、ただの活力錬金水薬じゃないな。精霊国の錬金術師でも、こんな上等なもん作れない……それに、あの娘たちの実力もおかしい。あなた自身もかなりの強者とお見受けするが……貴族の子弟だろうか?」

「ヤクザだけど」

「ヤクザかぁ……」


 そう、僕はただのヤクザだよ。ちなみに今飲んだのは、ただの活力錬金水薬だよ。きっと疲れてるから判断力が鈍ってるんだよ。落ち着いて。


「それより、一体何があったの? ずいぶん穏やかじゃなさそうだけど」

「あぁ……そうだな。まずは自己紹介を。私はペコリオ・カーペンター。もとはナナリア精霊国で神官のエリート街道を走っていたが、色々あって追放され、他所の国の地方村落の派遣神官にまで落ちぶれた悲しい男だ。好きなものは酒と賭博」

「だから追放されたんだね」


 ふふ、と力なく笑うペコリオ。

 首の後ろで括られた青い長髪は、戦闘のせいかすっかりグシャグシャになっている。まだ二十代って話だけど、ところどころ入り交じる白髪からなんとなく苦労人のような印象を覚えるんだよね。神官服もあちこち穴が空いていて、あまり良い生活はしていなさそうだった。


「とにかく追放された私は、仕方がなく村民からの寄付金で飲み食いするだけの平穏な余生を過ごしていた」

「うんうん。それで?」

「近場の森で急に瘴気が濃くなってな……そのことに少し思うところのあったため、村の土操作魔法使いに土壁を作らせて防備を固めた。するとそのタイミングで、森から魔物が襲ってきたというわけだ」


 なるほど。彼がいなかったら村が滅ぼされていたかもしれない。正直、個人的に精霊神殿の神官にはあまり良い印象を持っていないんだけど、彼のことはそこまで警戒しなくても良さそうかな。ひとまずのところ。


「分かった。僕が森を見てくるよ」

「やめておいた方がいい。悪いことは言わない。強者とはいえ、子どもの関わるような事態じゃないんだ。私の考えが正しければ、あそこには――」

「精霊神殿の実験施設がある。大丈夫、分かっていて探りに行くんだよ。例の被害者たちを放っておくわけにはいかないからね」


 騎士団の捜査の手が伸びると、奴らはすぐに施設の場所を移してしまう。やっと掴んだ尻尾を、ここで手放すわけにはいかない。


「僕が証拠を確保した後で、セントポーリア侯爵家の騎士団が動き出す手はずになっている。だから心配しないで、村の防衛を固めておいてくれるかな」

「あなたは何者なんだ」

「クロウ・ポステ・サイネリア。通りすがりのヤクザだよ」

次期若頭ポステかぁ……」


 脱力しながら大の字に倒れたけど、大丈夫かなぁ。


「――トレン、出てきてくれるかな。君にはこの場の仕切りと、村長や村民への説明、あとペンネちゃんの援護をお願いするよ。操水魔法に必要な水樽は置いておく」

「はい、兄貴。お気をつけて」


 僕はトレンをその場に残すと、魔物が湧き出る森に向かって進み始めた。

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