05 みんなちゃんと救われてたよ

 森の中には骨鬼スケルトンの女王個体がいたため、その首だけをサクッと刎ねてから森の探索を始める。


「――ジュディス、出てきてくれるかな」

「はい、クロウ様」

「寄ってくる魔物への対処をお願いしたい。僕は瘴気の出元を探すから」


 そうして森をぐるりと回り、瘴気濃度を五段階くらいで評価しながら脳裏に地図を描いていく。

 精霊神殿の実験施設では、被検体に瘴気薬を注入する装置から多量の瘴気を排出する。だからこそ、瘴気が増えても発覚しづらい辺境であったり、各地に散在する瘴気溜まりを隠れ蓑にして施設移転を繰り返しているんだろう。


 僕がそうしている間に、ジュディスは魔術で周囲を警戒する。


「――氷結装甲ギル・アムド氷結魔盾ギル・シルド


 氷結魔法と組み合わせた魔術はとても優秀だ。

 ジュディスが身に纏う魔力の鎧や、周囲に浮かべている三枚の盾――それらに不用意に接触した魔物は、一瞬にして身体が凍りついてしまう。彼女は近接戦闘が苦手だけど、魔術の性能はそれを補って余りあるからね。さすがはうちの魔術師頭だ。


 森を大回りするようにして瘴気を観測し、少しずつ探索範囲を絞り込む。

 もちろん、藪が深ければそうそう自由に動き回れるものでもないし、ここは視界だって良くない。それでも僕の亜空間移動テレポートがあれば、地面の段差や障害物なんかはあまり気にしなくていいから、探索は比較楽な部類だろう。


「――氷結魔弾ギル・チャカ


 ジュディスの杖から魔弾が飛び出し、襲いかかろうとしてきた魔物を凍りつかせた。


「ありがとう、ジュディス。瘴気の発生源の方向は大まかに掴めたから、ここからはまっすぐ飛ぶよ」


 そうして、ジュディスの手を掴む。


「あ、今ボクに触れたら凍――らない?」

「そりゃあね。僕もそこそこの魔力を纏ってるし」

「はぁ、心臓に悪いです。クロウ様を凍らせちゃったらどうしようって、すごく焦りましたよ」


 僕を凍らせたかったら、魔力増強トレーニングをもっと頑張らないとね。もちろん僕も追いつかれないよう鍛錬するけど。


 僕の亜空間魔法は、魔手の届く範囲であれば自由に出入り口を開けられるため、藪が深くてもあまり気にする必要はない。そうして瘴気の濃くなっている中心部へと向かうと……見つけた。

 地面から突き出しているのは、小さな煙突のような排気管だった。瘴気はそこからゆっくりと漏れ出ており、そこから少し離れた場所には、地下へと続く石造りの階段が設置されている。神殿の施設と見て間違いないだろう。


「殴り込みますか? クロウ様」

「いや、まずは被害者の保護が最優先だよ。その次に証拠物品の回収。それが済むまで、ジュディスにはまた亜空間で待機しててもらえるかな」


 ただ、少し気になることがある。今回、奴らにしてはずいぶん隠蔽が稚拙な気がするんだよね。こうもあっさり見つけられたのは、何か理由があるんだろうか。

 そもそも魔物が氾濫するほどの瘴気を漏らしてしまえば、早々に騎士団が動き出して、すぐにまた実験施設の場所を動かさなければならなくなるのは自明だ。奴らにとっても何か、通常とは違うことが起きているのか。うーん……とにかく探ってみるしかないか。


  ◆   ◆   ◆


 クロウ様の亜空間の中から、ボクは精霊神殿の実験施設を眺める。

 今のクロウ様は怪しげな改造神官服を身に着けて、魔力を強めに放ちながら堂々と廊下を歩く。そんなことをすれば捕まってしまうと思ったのだけれど、すれ違う人は皆ギョッとして視線を向けてくるだけで、誰何の声が聞こえてくることはなかった。セキュリティって何だっけ。


 首を傾げるボクに、ミミが説明してくれる。


「クロウは特務神官のふりをしてるんだよ。ジュディスちゃんは聞いたことない?」

「特務神官……初めて聞くけど」

「精霊神殿の中でも本部所属のエリートと言われている戦力らしいよ。特別な魔道具を身に着けていて、神殿上層部からの任務を受けて、世界中を飛び回る神官なんだって。まぁ、クロウの装備は見た目を真似ただけのレプリカだけどね」


 そんな話を聞きながら、亜空間で大人しく待機する。今この場にいるのは、ボクとミミだけだ。


「あ、クロウから連絡。この先で小人ホムンクルスが酷使されているらしいよ。見つけたらすぐ亜空間に送るから、怪我を治療して魔石を食べさせてあげてほしいって――うんうん、こっちは任せてね、クロウ。説明は妖精記憶フェアリーレコードが繋がれば一瞬だし」


 妖精記憶、というのはミミたち小人が本能的に行使している魔法の一つらしい。

 なんでも小人たちは個人の意志や知識とは別に、近しい小人たちの間で集合意志のようなものを共有していて……だからこそ、生まれたばかりの小人もすぐに言葉を話せるということだった。詳しいことはボクにはよく分からないけど、新しい小人の集団と接触した時にも、この妖精記憶へと接続することで互いの情報交換が一瞬で済むんだって。


 そうこうしている間に、亜空間には痩せこけてボロボロになるまで疲弊した小人たちが次々と運ばれてくる。その光景は衝撃的だった。

 ボクはこれまで、既に自由になった小人たちの姿しか目にしてこなかったから……まさか、ここまで酷い扱いをされているなんて、想像できていなかったのだ。


「ジュディスちゃん、追加の魔石を持ってきて」

「うん、すぐに持ってくる」


 亜空間に収容された小人は全部で五十人。だけど、錬金薬による治療で命を助けられたのはそのうちの二十人ほどで……他の子たちは、生まれて初めて魔石と口にしたと喜びながら、静かに逝ってしまった。小人の身体は弱く、少しの怪我が命取りになる。人間よりも圧倒的に脆いのだ。

 話では聞いていたけれど、これは……これは酷すぎる。ガーネット姉さんが怒ってボウガンを発射してしまった気持ちが、今なら理解できる。そして、いつも穏やかなクロウ様が、この件に関しては一切笑わなくなる理由も。


「ありがとね、ジュディスちゃん」

「ミミ……いや。お礼なんて、ボクは何も」

「ううん、みんなちゃんと救われてたよ」


 そう言って、ミミは背中に羽を生やすと、ボクの頭の上に飛び乗る。


「妖精魔法はね。人の表層意識を読み取ることができるんだ。まぁ、レシーナちゃんほど深い感情を読めるわけじゃないけどね……それでも、ジュディスちゃんがあたしたちのために強く怒ってくれたことは分かった。みんなそれを感じ取って、ジュディスちゃんに感謝しながら逝ったよ。妖精記憶にも、その感謝の意志がしっかり残ってるんだよね。さっきのありがとうは、あたしからじゃなくて、逝ったみんなからの感謝の言葉なんだよ」


 そうして、小人の遺体の一つ一つに布をかけていく。


「……小人たちを助けたのは、クロウ様だよ」

「もちろんクロウにも多大なる感謝をしてるよ。シルヴァ辺境領の実験施設で保護してもらった時も、それからの楽園みたいな生活も、今回の件でも――たくさんの仲間がクロウに感謝してる。みんなの記憶が感謝で溢れかえってるんだよ。ブリッタちゃん風に言うなら、惚れてまうやろお、ってやつだね」

「そっか。だからミミもクロウが好きなの?」


 ボクがそう問えば、ミミはうーんと首を傾げて。


「うーん、集合意識と個別意識の境目って正直あいまいでさぁ。あたし個人としてクロウのことは大好きだし、小人みんなの意識でもクロウのことが大好きだから……それが掛け算されちゃって、めちゃくちゃ大好きなんだよね」

「そこは掛け算なんだ」

「本当は洗脳して一生独り占めしていたいくらい大好きなんだけどさぁ。みんながクロウを好きなもの分かるからなぁ……というか、そもそもクロウに洗脳効かないし」


 うん。洗脳はどうかと思うよ?

 そんな話をしながら、生き残った小人たちを小さなベッドに運んでいく。彼らにはしばらく魔石食べ放題で自由に過ごしてもらって、その後はおそらく妖精庭園で暮らしてもらうことになるだろう。


「あ、クロウが例の実験室を見つけたみたい。これから被害者の保護に向かうって。ベッドの準備を……十人分? いや、十一人分?」


 そうして、クロウ様はあっという間に被害者を助け出した。


 結論から言えばクロウ様の言葉通り、この施設には五種族十名の男女が実験に使用されていた。前回と同じ、長耳人エルフ獣尾人ファーリィ竜鱗人ドラゴニュート。それから、初めて目にする、岩髭人ドワーフ甲殻人シェルフォーク


 そして、もう一人の女の子。


「――魔族、だと思うんだ。特徴を見るとね」


 帰ってきたクロウ様は何やら頭を抱えながら「この子は僕の亜空間の別の部屋で面倒を見るよ」とだけ言った。詳しくは検査してみないと分からないけど、彼女が魔族であることは間違いないとボクも思う。

 青い肌と小さな角。そして、本来ならば魔臓があるべきヘソの下あたりには……魔物の身体にあるような「魔石」が、淡い光を帯びていたのだから。

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