03 それはまた今度ね
セントポーリア歴史資料館。
この歴史資料館の正式な施設名については、セントポーリア侯爵家との間で先日ついに話が決まったばかりだった。さすがに家名入りの施設について、独断で名乗るわけにはいかないからね。
さて、そんな施設には最近、閉館ギリギリまでずっと展示を眺めているお客さんがいるとのことだった。僕は今日、その彼と話をしに来たわけだけど。
「こんばんは。そろそろ閉館の時間だけど」
「おや、もうそんな頃か。君は……」
「はじめまして。僕はクロウ・ポステ・サイネリア。ここの施設の責任者であり、サイネリア組の次期若頭でもある。よろしくね」
そうして、僕は彼に右手を差し出す。
「私はライオット・サイネリア……組織を裏切って下剋上を企てた、メディス・サイネリアの息子だ」
もちろん、知っていて声をかけたわけだけど。
年齢は二十で、魔力等級は特級。だというのに、ボサボサな印象の鼠色の髪や、あまり覇気の感じられない丸まった背中からは、若々しさや力強さのようなものをあまり感じ取れない。少なくとも、ヤクザの家系に生まれたって雰囲気ではないんだよね。
「よろしく、ライオット……メディスを討ち取ったのは僕だから、ライオットのことはずっと気がかりだったんだ。一度ちゃんと話をしたいと思ってたんだよ」
「そうか……うん。丁度いいかもね」
丁度いい。というのは、今日は精霊神殿による「供養の儀」が行われているからだろう。
毎年夏になると、ホタルに案内されて故人が現世に帰ってくる。なので、みんな酒を酌み交わしながら、その思い出を語り合うのである。前世で言うところのお盆に近い感覚かもしれないね。
「歴史資料館の前庭に席を用意してあるよ」
「ふむ。閉館後なら人もいないか。いいね」
そうして、僕らは連れ立ってのんびりと歩き始めた。
組長の長男にもかかわらず後継者になれなかったメディスは、当初は自分の息子であるライオットを次期若頭にするため手を尽くしていたのだという。
ライオットは幼い頃から父の期待を強く受け、優秀な配下や血筋の良い婚約者が割り当てられて、英才教育を施された。その後、十五歳からの三年間は帝都にある帝国中央学園へと通い、そこで次期若頭に相応しい人脈を築くようにと言い渡されたらしい。
「父は、自分が後継者になれなかったコンプレックスを私で満たそうとしていたわけだが……残念ながら、私はヤクザに向いていなかった」
「向いていない?」
「どうも荒事が苦手でね。幼い頃からずっとそうだったが……私は歴史が好きなんだよ。家の書庫にあった資料集をこっそり持ち出して、気づいたら徹夜をしたこともある。過去の時代を空想しているだけで、つい時間を忘れてしまうんだ」
ライオットは学園に通いながら、一切交友関係を広げることなく図書館に入り浸った。そして二年生の途中で考古学教授のもとへ弟子入りし、古い遺物を眺めて考察しながら時を過ごしていたのだという。
このまま研究者になりたい――という彼の希望は、残念ながら叶わなかった。父親であるメディスがそれを許さなかったからだ。
「私は血筋と魔力等級で次期若頭候補に指名されたが……明らかに資質がない。組長や若頭もそれを理解していたよ。そしてそれが、父に下剋上を決意させるきっかけとなった」
「息子に期待できないなら、自分が組長の座についてしまえと?」
「そういうことだね。だから父の暴走は私の責任でもある……父が失敗したことで、私は破門こそされていないが、サイネリア組で腫れ物扱いをされるようになった。配下の者は皆去っていき、婚約も白紙にされてしまったんだ」
現在は残された資産で細々と暮らしている。この先のことは未定だけど、とりあえず今は、焦らずのんびり考えているらしい。
「次期若頭の座に興味はない。ただ、どうにもね……私はいまだに婚約者のことが忘れられないんだ」
「婚約者って?」
「ミントハルネシア・バンクシア。バンクシア本家のお嬢様で、君に分かりやすく言えばトレンティーニアスの妹になる。箱入りで大事に育てられていてね。彼女に会えるのは、年に数回だったけれど……彼女は私と同じように歴史が好きでね。夜通し色々と議論をしたものだ」
同好の士、というわけか。
僕の舎弟になったトレンは、サイネリア組から承認を得て正式にバンクシア家当主になった。だから本来なら、妹の婚約の決定権はトレンが握っているはずなんだけど……どうもバンクシア本家にいる人たちはまだトレンを認めていないらしくて、分家筋も好き勝手やり始めたみたいなんだよね。統制を取るのは大変そうだ。
まぁ、それはそれとして。
「ライオット。僕から君に一つ提案なんだけど」
「うん。どうしたんだい?」
「実はライオットには、僕の舎弟になってほしいんだよ。もちろん書面上だけの話だから、へりくだる必要はない。それで……君にはこの歴史資料館の館長をお願いできないかと思ってね。僕の配下からも、歴史好きの奴を見繕ってここで働いてもらってるけど、君には彼らを取りまとめる頭になってほしいんだ」
どの展示品をどんな風に見せるべきか。
僕なりにいろいろと考えてやってるけど、やっぱり研究者目線でしっかりと考えて配置した方が面白い場所になると思うんだよね。
「未展示の資料はまだまだ地下にたくさんある。空いた時間にはそれを研究して過ごしてもいい。古代言語の解読作業なんかをしてもいいしね」
「解読……できるのかい?」
「うん。神殿が言葉狩りをする時に使った、各言語の話者に共通語を叩き込むための教本……それを逆利用することで、古文書の解読は可能なんだよ。といっても、僕の手元にあるものはそう多くないから、引き続き書籍の収集を続けながら手がかりを探すつもりだけど」
僕も少しずつ解読を進めているけど、どうしても他にやることがあると優先度が低くなりがちだからね。ライオットが引き受けてガンガン進めてくれるなら、すごく助かるなと思って。
「いいのか? 私は裏切り者の息子だぞ」
「うん。別に裏切り者本人じゃないんだから、堂々としていればいいと思うけど。どうだろう」
「……ありがとう。引き受けるよ、兄貴」
「いや、接し方はこれまで通りでいいって」
なにせ次代を担う優秀な研究者が、こうして傘下に入ってくれるのは嬉しいことだからね。それに、毎日資料館に入り浸るほどの歴史好きなら適任だろう。
「よろしく、クロウ。ところで、他の元若頭候補たちはどうなってるんだい? 私の耳にも何やら、物騒な噂話が聞こえてきたが……なんでも君を打ち倒せば、次期若頭の座を譲るとか」
「勘弁してほしいよ。誰がそんな噂流したんだろ」
「ふむ……妙な噂だと思ったが、誰が流布したのやら。だがまぁ、クロウなら大丈夫だろう。元候補者たちはかなり癖の強い……その、他とは違う者が多いけれどね」
そうやって話をしながら、僕はライオットと穏やかな時間を過ごした。彼の面影は、やはりどこかメディスに似ている。そんなことを思いながら。
◆ ◆ ◆
セントポーリア騎士団長のハリソンから連絡があったのは、その翌日のことだった。僕の左肩の上で、ミミがぴょんぴょんと跳ねる。
「あのね、ハリソンがね。領内で急に瘴気濃度が上がった土地があるから、騎士団より先にクロウに調査してほしいんだってさ」
そっか。それは分かったけど、あんまり跳ねると危ないよ。調子に乗ってると、この前みたいにズルッて落ちるからさ。一応今は、肩のところにミミの掴まる場所を作ってるけど。
地図を広げながら、ハリソンからの情報を確認する。北西にあるラカス辺境領の“濁った湖”から流れてくるマグ川。目的地の村落は、そのマグ川沿いにあるらしい。
「ねーねー、二人で川舟デートしちゃう?」
「それはまた今度ね。トレンに連絡して、川舟を手配できるか聞いてみてもらえるかな。操水魔法でサポートしてくれると助かるんだけど」
「はーい、連絡してみるね」
彼に任せている物流商会の方も忙しいだろうけど、今はこっちの方が緊急だ。仮に精霊神殿の実験場があるなら、急いだほうが良いだろうから。
妖精庭園の近くの森には、精霊神殿の地下研究所が存在していた痕跡があった。しかし……おそらく土系統の魔法を扱えるものがいたんだろう。騎士団が調べたときには完全に証拠が隠滅されてしまっていたらしいんだよね。だから今度は隠される前に最速で向かって対処したい。
「実験施設に踏み入るなら、ジュディスを同行させたい。それと、被害者を保護した時のためにガーネットを。バンクシア本家もすぐ近くだから、念のためペンネちゃんも連れていきたいんだよね。ミミ、みんなに連絡を頼めるかな」
「分かったよ。ついにバンクシア本家を潰すの?」
「状況によってはね」
トレンから聞いた話では、バンクシア本家は精霊神殿とだいぶ密な関係にあったみたいだからね。荒事になる可能性は高い。きっと穏便にはいかないだろう。
その上、バンクシア家は河川沿いの商売に関わりの深い家であり、帝国西部のかなり広い範囲に影響力を持っている。本家を潰せば終わり、とはならないのが難しいところだ。
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