31 明確な答えが得られないまま

 黒蝶館の商談スペースを借りた僕とゲン爺は、最近では腹を割って色々と相談するようになっていた。


「――そんなわけでな。今のところ、商業ギルドが潰れたことによる混乱は思ったより少ない。むしろ中小の商会からは喜ばれている」

「あぁ、なんかギルド会費とかけっこう絞ってたみたいだもんね。ヤクザかな」

「ヤクザの次期若頭が何か言っているな」


 まぁ正直なところ、商人とヤクザのどっちがマシかは微妙なところだよね。


 この世界の商人は前世よりもわりと殺伐としていて、目をギラギラさせながら法や契約の抜け穴を探し、相手の裏をかいて金を稼ぐというゲームを楽しむ習性があるらしい。

 一方でヤクザは、法や契約を建前くらいに守った上で、違法上等で我を貫き通す生態をしてるから――うん。良い悪いで判断するなら、どっちも最悪なんじゃないかなぁ。完全に自分を棚上げして言うけど。


 マグナム河川商業ギルドは潰れたけど、今は色々な商人が似たような組織を立ちあげるチャンスを狙っているみたいだ。頑張ってね。


「それにしても、クロウにはヤクザの資質がある」

「あんまり嬉しくない評価をありがとう」

「くくく……ゴライオス、アドルスの次に立てるのはお前しかおらんだろう。儂はメディスとも面識があったが、正直あれは器ではなかったな」


 あー、そういえばメディスが言ってたっけ。

 後継者の条件……自分にはそれがなかったって。


「クロウ。良いヤクザはなぁ、ワガママなのだ」

「褒められているようには全く聞こえないけど」

「若さだな。まぁ、いずれ分かるだろう」


 そうして、ゲン爺はそれ以上語ることなく、話題を次に進める。ワガママか……まぁ、僕は聞き分けの良さを売りにしている人間ではないけど。うーん。


「精霊神殿についてだがな。神兵団の連中が半死半生で帰って来るところを民衆に目撃され、治療のために時間と金を割かれ……回復した奴らを中心に、厭戦ムードが漂っているそうだ。しばらくはクロウにちょっかいは出さんだろう。表立ってはな」

「それは良かった。生かさず殺さずの状態で怪我人を帰らせるのは正解だったね」

「くくく、ヤクザだな」

「まぁね。次期若頭らしいし」

「クロウの神敵認定はおそらく先送りだろう。ここまでの醜態を晒してしまえば、神殿も恥の上塗りは避けたいだろうからな」


 ちなみに、精霊神殿が武力行使後に後追いで神敵認定をするのはいつものことなんだけど、どうやら歴史的な経緯があるらしいんだよね。

 なんでも、神敵認定をしてから武力行使をして失敗する――というケースが頻発して、精霊神殿の権威が失墜したのが、神殿時代が終わる一因になったらしくてね。今では「勝てば神の意志として吹聴する」「負けたら無かったことにする」というやり方をしているのだ。


「商人もヤクザも大概だけど、神官も最悪だよね」

「ちなみに貴族社会もドロドロしているぞ」

「その追加情報は別にいらないかな」


 そういえば、以前神殿のスパイとして活動してたオンドロはその後どうしてるかなぁ。結界検査杖を五千個預けて借金を押し付けたけど……ナナリア精霊国で元気に売り捌いてるのかなぁ。


「そうだ。精霊神殿の例の人体実験についてだが……やはり港湾都市ポータムより先の手がかりはないな。どこに運ばれていったのやら」

「……そっか」

「領内にいくつか怪しい場所があったのだが、騎士たちを捜査に向かわせると、どうにも先回りして証拠を隠滅されてしまう。腹立たしいことだ。どこからか情報が漏れていると思い、騎士団の中に神殿の手の者がいないか念入りに調べさせたのだがな。今のところ裏切り者は見つかっておらん」


 なるほど。でも、人体実験の被害者はどうにか早く救ってあげたいからね。セントポーリア侯爵家と協力して、僕も何か動けることがあればいいんだけど。


「神殿についてはそんなところだ」

「ありがとう。続報を待ってるよ」

「うむ。次に地下遺構の探索だが、まずはこの資料を見てほしい」


 机の上に並ぶ資料を一緒に眺める。

 これは、黒蝶館の地下を掘った時に見つけた遺構について、セントポーリア侯爵家の騎士団が調査した結果をまとめたものである。作られた年代は神殿時代より以前、古王国時代のものだというのが侯爵家の見解らしい。


「遺構は城の地下から始まって、最終的にフルーメン市の外にまで繋がっていた」

「城からの脱出経路だったってこと?」

「おそらくはな。それと同時に、通路の終点には秘密の宝物庫も存在していた。なかなかの品が保管されておったよ。あぁ、クロウの所望の品もあった。今では製法も使用方法すら分からない魔道具、解読できない書籍、そういったものだ」


 おぉ、それはすごく嬉しいなぁ。

 書籍については言わずもがな、魔道具なんかは文献から学ぶこともできるけど、やっぱり現物が目の前にあったほうが解析も捗るからね。


 ちなみに騎士団による遺構探索は、それはもう戦闘あり謎解きありの不思議アドベンチャーだったらしい。古代の術式なんて、僕も知らないことの方が多いから、話を聞くだけで楽しそうだった。

 何度か謎解きにアドバイスをしたり、探索に役立つ魔道具を提供したりしたけど……でもまさか、僕の名前が「遺跡の発見者」として歴史に残るというのは完全に想定外だったんだよね。そのあたり、侯爵家はきっちりしているらしい。


「これが出土品の目録だ。クロウにはこのうち一割を得る権利が与えられている。どうする」

「うーん、それじゃあ……書籍、魔道具、あとは魔法金属のインゴットを各種もらおうかな。あ、鉄塊ももらっていい? それだと欲張りすぎかな」

「いや……全く足りんが。金貨なんかはどうだ。この時代の金貨は混ぜものも少なく、高値で取引されておる。価値のある宝石や魔宝珠、宝飾品なども目録にあるだろう。その他にも、保存魔術のかかった美術品、当時使われていた武器、衣装、工芸品、生活道具から馬車まで。古王国時代の歴史資料として、それはそれは貴重な品だぞ」


 そんなことを言われてもなぁ。

 それこそ、僕の亜空間に保存してても宝の持ち腐れになっちゃうだろうし。こういうものは、有効に活用できる人の手に渡るからこそ良いのであって……うーん、それならいっそ。


「よし、ゲン爺。歴史資料館を作ろう」

「……資料館、とな」

「そうだよ。場所の選定は任せるけど、建物は僕に任せてくれればいいよ。それで、貴重な歴史資料を丁寧に陳列して、解説文も添える。解説員を置いたりもしてさ。一般の人が……そうだなぁ。大人は大銅貨二枚、子どもは大銅貨一枚くらいにしようか。それくらい払えば、誰でも資料を見に来れる。そういう場所を作るんだ」


 ちょっとした思いつきだけどね。

 前世でいう博物館みたいな感じかな。


「そんな安値で、採算が取れると思うか?」

「取れなくていいんだ。平民だって貴族に劣らず知識欲はあるし、古王国にロマンを感じる人だって多い。静かな空気の中で過去に思いを馳せながら出土品を眺める……楽しいと思うよ」

「だが、それで侯爵家の者が納得するか」

「納得なんかさせなくていいよ。だって目録を眺めればさ……歴史資料として価値のある出土品だけを僕が全部もらっても、金銭に換算すれば一割には全く満たないよね。それを僕が勝手に並べるってだけの話なんだから」


 それに、金銭的な価値が高くて盗まれる危険のあるものは、よく似た複製品を作って「レプリカです」ってデカデカと書いておけばいいわけだしね。そんなに高リスクな施設にはならないだろう。


「レプリカを飾ったら、現物はセントポーリア侯爵家で資産として扱ってくれればいいかな。ゲン爺には資料館の場所の確保だけお願いしたい。あ、土地代が必要なら僕が出すから」

「……場所はどのあたりがいい」

「そうだね。貴族街と平民街の両方からアクセスのいい場所がいいかな。変なトラブルは避けたいから、貴族向けと平民向けで入口から出口まで別ルートで観覧できるようにしたい。そういうのがスムーズに実現できるような立地が好ましいんだ」


 僕の無茶な要望に、ゲン爺はうむと唸る。

 あ、拝観料は貴族向けだけ高くしてもいいかもね。そのかわり、貴族向けコースでしか見ることの出来ない希少な資料を置いたりしてさ。


「うむ。それなら、貴族街の隅に、廃屋になった屋敷がある。平民街からも近い立地だ。購入できるのは貴族だけだが……クロウはダンデライオン辺境伯家の名誉騎士称号を持っているからな。一応、土地を買う権利もある。ただ、死後に子孫に継承する権利はないぞ。無駄に金もかかる」

「別にいいよ。僕が死ぬまでには、誰かに資料館の経営を譲っているだろうし、それまでにどうにかする。土地の購入費についても、一割っていう僕の取り分から差っ引いておいてよ。不足があれば手持ちから出すから」


 そうして僕は、歴史資料館について計画を練り始めた。


  ◆   ◆   ◆


 資料館を作るには、発掘された資料の解読を急いで進めなければならない。

 現在の共通語で読み解けない書籍というのは、つまりは神殿によって言語が統一される前の古王国時代に作られた資料になるわけで……僕が現状で読み解ける範囲でも、その内容には精霊神殿の教えに真っ向から反するものがあった。


「レシーナ、知ってた? 古王国時代には、魔族の国と戦争をしたこともあるらしいよ」

「国? 精霊神殿の教えでは、魔族は理性の薄い凶悪な蛮族だと言っていたけれど……国を作ることなど出来ない、というのが定説ではなかったかしら」

「そうだね。僕もその認識だった。正直、魔族なんて見たこともないから、どっちの主張が正しいのかは分からないし、確かめようもないけど」

「けど?」

「……そもそもこんな資料、本来なら精霊神殿が焚書にしていてもおかしくないんだ。それが丁寧に保存術式を施され、地下に隠されていたってことはさ」


 レシーナと目が合うと、彼女はコクリと頷く。


「そうね。おそらくは古王国の権力者が、神殿の目を盗み、後世のために重要な資料を残したのね」


 たぶんそうだろうね。これは想像だけど。遺構の存在については、伝承が途絶えてしまったんじゃなくて、そもそも伝承すらしなかったんじゃないだろうか。

 セントポーリア家の祖先は、遠い未来に子孫の誰かがこの情報にたどり着いてくれることを願って、地下に資料を隠した。そう考えた方が、色々なことに納得がいくように思うんだ。


 手に入れた資料には、未だ解読できないものが山のように存在している。一体過去に何があったのか、そしてそれは現在にどう繋がっているのか。明確な答えが得られないまま、季節は夏に移り変わろうとしていた。


〈第三部・完〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る