30 騒がしくも楽しく
精霊神殿による襲撃からしばらく。
春も後半に差し掛かる頃には、混沌としていた状況もずいぶんと落ち着いてきていた。
妖精庭園には関係者以外立ち入らず、小人たちは多夫多妻制で自由に過ごしている。あと舎弟のフトマルとその配下は小人ハーレム状態になっていて、敷地のあちこちに小人の花が咲いている。楽しそうで何よりだね。
そんな中、少数民族出身の六人はそれぞれラブラブな新婚生活をやり直している。なにせ二年越し、苦しみ抜いた末に手に入れた穏やかな生活だ。存分に謳歌してほしいよね。彼らは小人の苦手な力仕事の面でも大活躍だし、戦闘面でも頼りになるから、妖精庭園の防衛は任せてしまうつもりだ。
できれば他の被害者の救出も急ぎたいけど、まだ情報は得られていない。
「クロウさん。少々相談したいことがあるのですが」
そう話しかけていたのは小人のピピだった。空色の髪を麦わら帽子でギュッと押さえながら、ちょっと緊張したように震えているけど。
「ピピ、どうしたの?」
「いえ……その。畏れ多いとは思うのですが」
そうして、僕の顔をジッと見上げてくる。
「実は私も、クロウさんの嫁軍団に入れさせていただきたいと思っていまして。いえ、ミミもいる中で二人目の小人を嫁にするのは厚かましいかなとも思ったのですが……その。ずっと前から、とってもしゅきしゅきだったんです。しゅみません」
え、そうだったの? いつから?
足がガクガク震えていて、だいぶ緊張しているみたいだけど……僕がピピに「レシーナが良いって言ったらね」と言うと、ピピは「やったー!」と飛び跳ねて走っていった。あ、もしかしてレシーナの許可は既に下りてるパターンだったりするかな。九人目になるのかぁ。あと結婚うんぬんは成人まで保留だからね。
そんな風にして妖精庭園の視察を終えた僕は、のんびりとフルーメン市に帰って、黒蝶館に向かう。
黒蝶館もずいぶん会員が増えて、連日人で賑わっているらしい。
ここには月に金貨一枚を払って会員になっている者もいるし、大銀貨一枚で同行者として連れてこられた者もいる。部下の労いや、取引先の接待など、その目的は様々だ。
スタッフの数も足りなくなってきたので、アマネは繁華街にある経営不振の娼館を買い取ったりして人員をかき集めているらしい。
客前に立てるスタッフは厳しい研修を通過した者のみだけど、それだけが仕事ではないからね。事務員、清掃員、按摩師、調理師……最近はカクテルのようなものを作るバーテンダー的な仕事をする者が現れて、試行錯誤中ではあるけど、新しいお酒はなかなか評判がいいらしい。
「わたしより強い殿方はいらっしゃらない?」
それと、戦棋――将棋のようなボードゲームがめちゃくちゃ強い女の子がスタッフに募集してきて、自らの貞操をかけて会員たちと日々激戦を繰り広げているんだとか。今のところ無敗で、どうにか純潔を守り通しているらしいけどね。
「あ、オーナー! 一局どうです?」
「いや、今日はやめておくよ」
「えー、今のところ、わたしに勝てるのオーナーだけなんですよ? たまにはやりましょうよぉ」
いや、あの。みんなの視線がすごいけど、大丈夫だからね。彼女の貞操は無事だから。みんなが頑張って腕を磨けば、勝てるチャンスはあるよ……たぶん。彼女、空き時間にずっと一人で戦棋やってるような子だけど。
ちなみに彼女は去年成人したばかりで、どうやら最近潰れてしまった大きな商会のご令嬢らしかった。家がなくなって今後どうするか悩んでいた時に、戦棋の腕を活かして稼ごうと考えて、黒蝶館を訪ねてきたんだという。潰れた商会かぁ……心当たりがあるなぁ。
「さぁ、このリリア・リグナムに挑戦する者は!」
「リグナム商会……心当たりしかないんだよなぁ」
ちなみに、潰れた商会の従業員や家族なんかは、レシーナによる読心圧迫面接が行われ、裏切る心配のない者は黒蝶館、アマリリス商会、バンクシア物流で雇うことになった。全体を見ると、けっこう大所帯になってきたんだよね。
あ、そうそう、バンクシア物流である。
僕とペンネちゃんが散歩をしていたらなぜか更地になってしまったバンクシア分家の跡地。あの場所が正式に僕のもとに下げ渡されたため、新たに「バンクシア物流商会」の物流拠点として整備することになったのだ。
というのも、アマリリス商会の倉庫はあくまで物の保管に特化した設備なので、取引が増えてくると「効率的な配送」という観点では不便になってきてしまったんだよね。ジャイロが死んだ魔魚みたいな目してたから……そこで、保管用の倉庫とは別に、新たに物流用の拠点を立てることにしたのである。
物の流れとしてはこうだ。
各地から集まってきた生産品は一度アマリリス商会の倉庫に集められ、種類ごとに適切に保管される。そこから、直近で配送が必要な分だけバンクシア物流拠点に馬車で移動していくのだ。
運ばれた先の物流拠点では、黒蝶館での顧客の注文に応じて箱詰め作業がおこなわれ、日々たくさんの馬車が効率的に市内各所へ品物を運んでいく。つまり保管と配送で仕事を二分したような形だね。
バンクシア物流商会は今はまだ人員が過剰だけど、この調子で注文が増えれば忙しくなっていくだろう。
彼らの身元は、元バンクシア家配下の組員と、黒蝶館を襲ってきた傭兵団の生き残り、潰れた商会から引っ張ってきた従業員あたりで……そう、全部僕らが潰した組織の構成員である。マッチポンプというか、ヤクザなやり方というか。とりあえず、僕のせいで食い詰めてしまう者は極力拾い上げたかったんだよね。
もちろん生活拠点も兼ねているので、ほぼ全ての従業員が家族を連れてここに移り住んでいる。とくに箱詰め作業なんかは奥さんたちが大活躍してるみたいだし、最近はかなり上手く仕事が回るようになったみたいだ。
「次期若頭、それで坊っちゃんの様子は」
「トレン? うん、瘴気もだいぶ抜けてきたから、今は順調に回復中。君らの元に帰って来るのも、そう遠くないと思うよ」
「分かりやした……よろしくおたの申します」
トレンティーニアス・バンクシア。操水魔法使いの元若頭候補は、実はけっこう配下に慕われていたらしく、体調が戻ったらバンクシア物流商会の会長として全体を取りまとめてもらうことになっている。本人もやる気があるみたいだしね。
トレンは組長から正式にバンクシア本家当主に任命され、同時に僕の子分として傘下に入ることになった。とはいえ、縄張り各地に散っているバンクシア分家の者みんなが納得しているわけではないみたいだし、ここからまとめ上げていくのは大変だろう。
彼自身についてはまぁ、レシーナが念入りに面談をして裏切る可能性がないと確認できたのと、ペンネちゃんが「過去にあーしを虐めたこと? 忘れてた。ほら、クロウがあの池を埋めちまったからさぁ」と言って許してくれたので……とりあえず、スキル訓練をちょっと厳し目にするだけで勘弁してあげた。
ペンネちゃんからは「病人相手に鬼かよ」というコメントを頂いてしまったけど、ちゃんと回復に問題ない範囲の訓練しかやってないよ。ホントだよ。いやぁ、ペンネちゃんってすごく優しい子だよね。
さてと。物流拠点を出た僕は、アマリリス商会の事務所へと向かう。
妖精庭園で扱う品目がかなり増えたもんだから、物流業務を切り離したところで、倉庫を管理するジャイロたちはかなり忙しいみたいだった。
それから、ジャイロの奥さんであるサモアたちが作ったシルクの高級下着、コットン製の生理用品なんかも黒蝶館の会員限定で販売をしてるんたけど、かなり好評らしい。会員の奥様や令嬢たちが、こぞって買い求めているみたいでね。僕はそのあたりは何も分からないから完全ノータッチだ。なんでも、高級食材や高級下着の販売があるからこそ、奥様たちも旦那の黒蝶館通いを鷹揚に許してくれてるみたいなんだよね。なるほどなぁ。
「サモア、お疲れ。仕事の方はどう?」
「あ、代表。お疲れ様です。えっと、最近は従業員に妊婦が増えてきたので……まぁ私もなんですけど。それで、妊婦用の下着なんかも作ってみようかなと思ってて。需要はけっこうあるらしいんですよね」
「なるほど。それはニグリ婆さんに相談する案件かなぁ。またお針子さんを呼んで指導をお願いしようか」
サモアのお腹にはジャイロの子ができたらしく、順調にいけば冬頃には生まれてくるようだ。舎弟の子どもってことは……うーん、僕は伯父って扱いになるのかなぁ。いずれにせよ、まずは彼女たちが無事に出産できるよう、色々と手は尽くしたいと思う。
「それと、拠点の女の子で一人、その……」
「ん? どうしたの?」
「えっと……代表にガチ恋してる子がいて。フトマルさんの姪っ子のナタリアちゃんって子なんですけど」
「ナタリア……まだ五歳じゃなかった?」
「はい。すごく絵が上手な子で……それで、代表の似顔絵をいっぱい描いて、部屋の壁一面に貼り付けてウットリしてるんです。あと、代表が洗濯に出した下着とかを持ち帰ってるみたいなんですけど」
だからよくパンツがなくなるのかぁ。
そうかぁ。
「どうします?」
「よし、レシーナに託そう」
「あら、代表の嫁軍団に入れるんですか? なるほど、五歳から育てる……ゲン爺物語ですね」
やめなさい。
セントポーリア侯爵家の先代侯爵であるゲン爺には、かつて幼い女の子を育て上げて侯爵夫人として娶った逸話がある。だから、僕がブリッタとお酒を飲んでる時に「源氏物語みたいだなぁ」って呟いたんだけど……それがなぜか「ゲン爺物語」というワードになって勝手に広まってしまったんだよね。今、フルーメン市全体で流行語みたいになってるんだよ。ごめん、ゲン爺。
「あ、ほら。今も柱の陰からこっち見てますよ」
「……ナタリア。末恐ろしい子」
「手元の紙に絵を描いてるでしょう。あれがなかなか上手なんですよ。実物そっくりっていうか」
うん。なんかこう、強い執念みたいなものを感じる気がするんだよね。
彼女はここに来た時にフトマルの保護下にいたんだけど、妖精庭園に移住するのを泣き喚いて拒絶して、サモアたちの世話になることになったんだよ。フトマルはけっこうショックを受けてたんだけど……もしやその理由が僕だったりするんだろうか。ごめん、フトマル。
こんな風にして、十一歳の春は騒がしくも楽しく、そして忙しく過ぎていった。
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