29 いつか胸を張って

――恋なんて、するはずねえと思ってた。


 そもそも、あーしのような出来損ないに好意を向けてくる馬鹿なんていない。

 仮にいたとしてだ。もしその男がカタギの人間だったら「悪いことは言わねえから、あーしはやめとけ」としか言わなかっただろうし、もしその男がヤクザの人間だったら「てめえみたいなクズはお断りだ」と答えていただろう。


 将来結婚することになったとしても、それはきっとバンクシア家の都合で押し付けられた、顔も知らねえゴミクズだろうと。あーしはそうやって、あの腐った屋敷に今後も人生を縛られるんだって、ずっとそう思い込んでいたのに。


「――甘い干し柿を山のように作る予定でいるんだからさぁ。食べてくれる人が隣にいないと、僕が困っちゃうんだ」


 あぁ、情けねえなと思う。これまでずっと、無駄に強がって、突っ張って、格好つけてきたのにさ。あんなにあっさりと、呆気なく……あーしが恋に落ちるなんて思わなかった。


 いや、今だから分かるけど。

 とっくの昔に、あーしはクロウに特別な感情を抱いていたんだろうし、レシーナにもそれを見抜かれていた。いつの間にか嫁軍団に数えられてた時は驚いたけど……悪い気はしなかった。むしろ喜んでいる自分に驚いたくらいだ。


 バンクシア家をぶっ潰してからもクロウはずっと忙しくて、約束通りにのんびりデートできたのなんて数えるほどだったけど。

 でも、事務所の裏庭に婆ちゃんの柿の木を移植してくれて。通りすがりの小人ホムンクルスが洗脳みたいなことをして甘い実を育ててくれて、クロウは謎の錬金装置でそれを干し柿にしてくれて……意味不明でおかしな男だなぁとつくづく思ったけど。あと「たんとお上がり」じゃねえよとは思ったけど。でも、すごく嬉しかった。


 あーしはまだまだ弱い。クロウの嫁軍団には強い女がいっぱいいて、護衛頭だなんで役職をもらっても、実力不足としか思えねえけど。それでも、これから頑張って鍛えようと思う。誰よりも強くなって、それで――


 そんなことを考えていると、ミミからテレパシーが届く。


『ペンネちゃん、そろそろ出番だって。クロウが戦斧の準備をしておいてくれってさ』


 今、あーしはクロウの亜空間に待機している。

 この亜空間は壁面から外の様子を確認できるタイプのものだが……どうやら妖精庭園フェアリーガーデンに向かって、神官兵を中心にした千人ほどの部隊が攻めて来ているみたいだった。


 これはもう、戦争と言っていい。いくらクロウが強いと言っても、まさかこの軍勢を一人で待ち構えるつもりだとは思わなかったが。


「「「――魔障壁ウォルド」」」


 神官兵が魔障壁を展開して、その内側で遠距離攻撃担当の兵たちが魔法や魔術の準備をする。一方のクロウは、片手を前に出して……


「――発動待機ウエイト魔砲弾シェル魔力充填チャージ高速回転ローテート魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン魔術複製クローン――」


 なんか魔弾をデカくしたやつを、倍々に増やし、めちゃくちゃいっぱい並べ始めた。ヤバすぎんだろ。


「――魔術発動ファイア


 そうして飛んでいった魔砲弾は、魔障壁などものともせずに神官ども襲いかかると、とんでもない轟音を立てて軍勢を一気に弾き飛ばした。思ったより死人が少ないのは……あれはクロウが絶妙に手加減したからだろう。ホント、とんでもねえ男だなぁ。


「ペンネちゃん、そろそろ出番だ」


 え、ここからあーしにできることある?

 そう思っていると、亜空間からひょいと外に出される。こうなったら仕方ねえ……あーしは戦斧の魔道具を肩に担ぎながら、全力で魔力を込めた。


 戦斧〈微睡まどろみ〉。

 これはあーしの睡眠魔法の効果を、飛ぶ斬撃のように放ってくれる魔武具だ。


「クズどもはとっとと――寝る時間だ」


 戦斧を横薙ぎに振るうと、霧のような斬撃が扇状に広がっていき……それを受けた者たちが、パタパタと眠りに落ちていく。思いの外うまくいったな。まぁ、この規模の斬撃を放てば、さすがに一発だけであーしの魔力はすっからかんだけど。


「……思ったよりみんな寝たな」

「当然だよ。今のペンネちゃんは、ギリギリだけど特級と呼べるくらいには魔力が成長してるからね。大抵の人間は相手にもならないよ」

「特級かぁ……実感は湧かねえなぁ」


 まぁ、特級と言ってもまだその入り口だ。

 ジュディスやキコなんかには遠く及ばないし、きっとここから先が果てしなく長いんだろう。それに、単純に魔力量だけで勝てるほど甘いもんでもねえだろうけど。


「ペンネちゃんのおかげで助かったよ。奴らの中で今眠っていないのは、神官兵の中でも上澄みだけだ……単純に魔力が強い者、特別に勘が良い者、高価な耐性装備を与えられた者。それくらいだろうね」

「……そうか」

「ペンネちゃんはとにかく魔力量を増やすことに専念して、延々と鍛錬してたからね。苦労した分の成果がちゃんと出てる。とはいえ、もう魔力は残っていないだろう。護衛頭としての役割は十二分に果たしてくれたし、あとは干し柿でも食べて休んでてよ」


 クロウはそう言いながら、亜空間から三人の男をその場に出した。

 獣尾人ファーリィのモルト、長耳人エルフのスウォン、竜鱗人ドラゴニュートのヴァルム。かつて精霊神殿により人体実験を受けていた、少数民族の男たちだ。


「さて……モルト、スウォン、ヴァルム。あの場でまだ眠っていない奴らは、この軍勢でも特に位の高い者たちだ。例の実験とやらにも関与しているだろう」

「へい」

「遠慮はいらないから、自由にやってくれ。僕はあっちのヴェントス・クレオーメとじっくりお話してるからね」


 神殿の奴らは、元々能力の高い少数民族の者たちを攫ってきて、わざわざ瘴気注入によって魔力を強化してくれたんだよな。きっちり治療して健康を取り戻したあの三人は、相当強いぞ。

 ちなみに彼らの奥さんたちもめちゃくちゃ強いけど、今は妖精庭園の内部の警備を担当している。六人は新婚生活をやり直しながら、今後は小人たちの手伝いをして過ごしていくらしい。


 そうして、あーしはクロウの亜空間に引っ込むと、大人しく戦況を見守ることにした。あーしもかなり強くなったけど、あの三人衆に比べたらまだまだだからなぁ。もっともっと強くなって……いつか胸を張って、アマリリス一家の護衛頭を名乗れるようになりたい。


  ◆   ◆   ◆


 僕は死屍累々の神官勢力を眺めていた。

 ペンネちゃんの睡眠魔法は思った通り超優秀で、予定通り奴らを「生かさず殺さず」の状態で無力化することができた。さすがはうちの一家の護衛頭だね。ここに連れてくる人選は、ペンネちゃん以外は考えられなかったと思うよ。


 少数民族の三人衆はめちゃくちゃ強いので、もはや僕が出る幕もない。竜鱗人のヴァルムが敵の攻撃を引き付けながら守りを固め、獣尾人のモルトが縦横無尽に駆けて敵を攻撃し、長耳人のスウォンが精密な矢魔術で二人を援護する。あそこにいる神官兵程度では、あれを相手取るのは困難だろう。


 僕は戦場をのんびりと歩きながら、一人の男のもとへとやってくる。

 アメジストのような紫色の髪に、意思の強そうな目。強化された風刃魔法を見るに、おそらく瘴気中毒に苦しんでいるはずだが……彼はそんな様子を微塵も見せようとしない。


「やあ、ヴェントス。僕がクロウ・ポステ・サイネリアだ。魔力探知の有効範囲に近づいたことはあったけど、こうして話をするのは初めてだね」

「ポステ……そうか。次期若頭に本決まりしたか」

「そうらしい。困るよねぇ。僕は辺境スローライフを送りたいと思っているだけなんだけどさ。なぜかどんどん名前が長くなって、配下が増えて、夢が遠のいていくんだよ」


 僕がそう言うと、ヴェントスはふぅと息を吐く。


「なるほどな……俺は特級を超えた。そのつもりでいたが。まだ今の俺ではお前に勝てないらしい。一撃で神兵団を打ち破ったのは……あれは魔術か?」

「魔弾系統の魔術だよ。よく使われるやつ」

「よく使われてたまるか、あんなもの」


 呆れたようにそう話すヴェントスに、僕はつい笑ってしまう。

 彼はアマネへの初恋を拗らせて大勢の怪我人を出したり、僕の実家のパン屋を粉砕してくれた恨みがあるけれど……こうして直に話してみると、そこまで悪い男のようには感じなかった。むしろ、想像してたよりかなり落ち着いているように思う。


「ヴェントス・クレオーメ。君のやらかした所業はたしかに軽い罰で済まされるものではないけれど……僕のところに来ないか?」

「……その意図は」

「僕なら瘴気中毒を治療し、君の健康を取り戻してやることができる。さすがに処罰なしというわけにはいかないけど、なるべく軽く済むように若頭にもかけあってみよう。どうだろう。君が帰って来るために……何か他に、問題はあるだろうか」


 そう問いかけると、ヴェントスは乾いた笑い声を出して宙を見上げた。


「はぁ、なるほどな。男の器じゃ勝てねえワケだ……だがまぁ、その提案を受け入れるのは無理だな。一つ、大きな問題がある」

「問題?」

「あぁ、それはな――」


 ヴェントスは体内で魔力を練り上げ、


「俺がお前を、大嫌いだということだ」


 そして荒々しく放出する。

 なるほど。理屈ではなく感情の問題を提示されてしまえば、交渉のしようがない。想定はしていたものの、やはり彼と共に歩む道は存在しないらしい。


「――魔装甲アムド

「はは、俺の魔法はお前との相性が最悪だ、な!」

「いや、風刃魔法はなかなか強力だと思うよ」


 無数のかまいたちによる旋風。

 さすがに僕の装甲を貫いてくることはないが、それでも表面に傷をつけてくるくらいには優秀な魔法だ。どういう方向に鍛え上げるかにもよるが、僕も今後はうかうかしていられないだろう。


 戦鎚〈重撃〉。

 亜空間から取り出した戦鎚を構えて駆け出すが、ヴェントスは軽々と身を翻して距離を取った。なるほど、風の魔法は移動にも使えるということか。


「ふん、この距離なら」

「――魔弾チャカ

「っぶねえな、遠距離も普通にこなすか」


 逃げに回ったヴェントスは本当に厄介だ。

 徹底抗戦してくれるなら他にやりようもあるけど、たぶん現状の手札では逃げる彼をどうにかすることは出来ないだろう。


「――魔弾チャカ

「無駄だ」


 戦鎚は何度振るっても空を切り、魔弾は難なく避けられる。強烈な風の刃は、たとえ装甲を貫くほどでなくとも、僕の体を押し流して近寄らせてくれない。地味に厄介だ。


「――魔障壁ウォール魔弾チャカ

「チッ、跳弾か」

「――対象固定ロックオン


 僕の指先とヴェントスの間に魔力の糸が張られる。

 だがこうなると、きっと。


「お迎えにあがりました、ヴェントス様」

「遅えよ、

「失礼いたしました。では」


 そして、フッと二人の気配が消える。魔力の糸も切れたため、まんまと逃げられてしまったのは間違いないだろう。


 元ダンデライオン辺境伯家近衛騎士、メイアランテ。

 彼女はかつて精霊神殿から辺境伯家に送り込まれ、ジュディスの側に仕えていたスパイだった。辺境の事件の際に捕縛され、帝都に移送されていったはずの女――それがなぜ、今ヴェントスと共にいるのか。


 先日も、ヴェントスの魔法で実家のパン屋を潰された時に彼女の気配を一瞬だけ感じたけど……本当に何がどうなってるんだろう。きっと、僕の知らないところで色々なことが動いているんだろうけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る