28 こんな者たちに負けてなどいられない

 つい数日前のこと。

 サイネリア組本部で、私はお爺様と向かい合ってお茶を飲みながら、色々な話をしていたのだけれど。


「そういや、レシーナは知ってるか」


 魔力等級について、興味深い話を聞いた。

 なんでも昔は、下級、中級、上級、特級の上にもう一つ階級があったらしい。


「魔力等級、。まぁ、神殿が決めた正式な呼び方ってわけじゃねえがな。だが、貴族同士の戦争が今より活発で、特級同士の殺し合いが日常茶飯事だった時代には、そういう概念があったんだ。明らかに頭一つ、他の特級より飛び抜けて優秀な人間――お前たちで言えば、クロウやレシーナがそうだ」

「それが超級……?」

「今ではあまり使われん呼び方だ。例えば皇族なんかは、生まれつきその領域にいるが。お前も身に覚えがあるんじゃねえか?」


 確かに私は、同じ特級であるキコやジュディスに負ける気はしなかった。もちろん魔力の多寡が戦闘の全てではないけれど、そもそも等級が違うのだと言われれば感覚的に納得はできる。

 とはいえ、特級の人間は数も少なく、わざわざ階級を分けるまでもないけれど。


「人間の大半は、下級程度の魔力しか持ってねえ。そんな中、才能のある一握りが中級になり、それぞれの魔法を活かした職業で活躍する。商売を始める奴、傭兵を始める奴、様々だが……だがどんなに鍛えたところで、血筋に特徴のねえ奴が上級に上がるのは難しいとされている」


 私も、ずっとそうだと思っていた。

 クロウと出会うまでは。


「セルゲは中級の頃に俺の舎弟になり、そこから長年かけて鍛え上げ、上級にまで成長した。それだってかなり稀な例だ。だが……クロウは幼少期から十年ばかりの訓練で、下級から超級に至った。話を聞いて面食らったが、まさか転生者だったとはな。まぁ、あいつの実績を考えりゃあ、驚きよりも納得の方が先に来るがな」


 それは理解できる。

 私もクロウから前世の話を聞いて、疑う気持ちは一瞬たりとも湧かなかった。むしろ、妙に納得してしまったし、みんなも同じような反応だった。


「あれは間違いなく、時代を変える類の人間だ」

「私もそう思うわ」

「くくく。若いのが新しい時代を作ろうって時に、俺のような爺のできることなんざ高が知れてる。それでな、アドルスとも相談したんだが、クロウには組の未来を正式に託すことにしようと思ってな。本来なら、もう少し時間をかけて決めるんだが――」


 そうして、お爺様はある重要な決断を下した。ふふふ、クロウの辺境スローライフがまた遠のいてしまうけれど。


――彼の覇道を支えるためには、こんなところで負けるわけにはいかないわね。


 さてと。私が目を見開けば、夜闇の中に、武装した男たちが隊列を作っていた。総勢二百名ほどの組員が、アマリリス一家に攻め込もうとしている。

 中には見覚えのある顔もある。バンクシア本家の当主、ホラバカルティノス・バンクシア。そして、その息子にして元若頭候補のトレンティーニアス・バンクシア。彼は操水魔法で村落を壊滅させた疑いがあり、今この時まで行方不明という扱いだったのだけれど。


 対するこちらは、私の他にはジャイロ率いる戦闘員五十名だけだ。防衛側とはいえ、戦力的に有利な状況とは決して言えない。


「「「――魔障壁ウォルド」」」


 一定の距離まで近づいたところで、双方の魔術師が魔障壁を張った。障壁の内側では、各々が魔法や魔術の準備をしながら、ひたすら戦意を高ぶらせていく。ここから――タイミングを図って障壁を解除し、互いに遠距離魔法を斉射するというのが抗争のお決まりの流れだ。


 もっとも、事務所の塀や壁には強固な魔力防壁が組み込まれているから、建物にダメージを与えるのはそう簡単なことではないだろうけれど。


 私は拡声魔道具を使って声を響かせる。


「――あら、ずいぶんと威勢がいいこと。ここをアマリリス一家の事務所だと知って襲撃をしているのよねぇ? バンクシア」


 その言葉に反応したのは、当主ホラバカルティノスだった。


「儂はあんな外様のガキが、デカい面して幹部入りするのを認めるつもりはねえ!」

「あら、組長や若頭の命令に背くと?」

「上が明らかに間違っている時に、それを諌めるのも下の役目だわい。今こそ、儂らバンクシア家がサイネリア組本部の誤りを正し、忠臣として力を示す時。生意気に思い上がったアマリリス一家には、見せしめとして潰れてもらう!」


 そう言って、魔力を高ぶらせる。

 なるほど。


「――そうやってクロウを排除し、空いた席に自分の息子を押し込もうというのね。だけれど、トレンティーニアスが幹部入りするのは難しいと思うわ。彼の操水魔法がそれほど強力だという話は、これまで聞いたことがないもの」

「はっ。それは情報が古いな。こいつの魔法は今や誰よりも強力に育った。ククク……チンケな村落をまとめて押し流すくらいのことは、造作もないのよ。今や特級を超える者!」


 バンクシア家の者は無駄に自信過剰だから、少し煽ればすぐに自白してくれて助かるわ。


 特級を超える者――超級。たしかにトレンティーニアスの魔力は、以前より遥かに強力に膨れ上がり、ホラバカルティノスが自慢気にしているのも理解できるレベルだ。でも。


「そのために精霊神殿に尻尾を振ったの?」

「違う! 儂らは神殿の奴らを利用してやったのだ! 精霊に選ばれし者――普通の者だったら命を失うほどの試練に耐え抜いたこいつは、今や次期若頭候補の中でもっとも優秀で! 血筋に優れ! 組を牽引していくのに相応しい男になった!」

「ふふ。ふふふふ」

「何がおかしい!」


 だってね。トレンティーニアスがどんなに強くなったところで……後継者レースでクロウを出し抜くことなど、もう出来ないのよ。残念だったわね。


「情報が古いのね。トレンティーニアスはもう、次期若頭候補ではないわ。というより、次期若頭候補なんて、今はもう一人も残っていないの」

「何を言っている! も、もしや」

組長ドン若頭ヘレに次ぐ次期若頭ポステ――クロウにはポステ・サイネリアの名が与えられ、サイネリア組の第三席となった。現在の彼の正式な名前は、クロウ・ダンデル・アマリリス・ポステ・サイネリアとなるわ。ふふ、また自己紹介が長くなるってクロウがぼやくわね」

「次期若頭……」


 私が説明すると、バンクシア家の集団に動揺が走る。それも無理はないだろう。

 つまり今のバンクシア家は、サイネリア組の正式な後継者に対して反旗を翻した、正真正銘の裏切り者でしかなくなってしまったのだから。


「――今現在、精霊神殿が主導して、クロウの所持する重要拠点に対して同時襲撃が行なわれているのだけれど。ふふ、神殿に良いように踊らされ、その手駒に成り下がったバンクシア家が……忠臣? 誤りを正す? 笑わせてくれるわ」

「……黙れ」

「だいたいね。お爺様の若い頃に一度、バンクシア家は壊滅寸前まで追いやられたそうじゃない。セルゲを虐げた報復として、ヘルビス伯爵領にある本家の屋敷はお爺様の手で塵一つ残さず焼き払われた……今回クロウが分家屋敷を潰したのと同じようにね。まったく。せっかく新しい屋敷を建てても、腐った人間性はどうしようもなかったようね」

「黙れええええええ!」


 ホラバカルティノスは叫びながら、その特級の魔力で配下全体を包み上げる。


 強化魔法。

 配下のあらゆる能力を強化するその魔法は、ホラバカルティノス・バンクシアの得意な戦法であり、彼が当主に指名された理由でもある。数で圧倒し、個々の力量でも確実に上回ることができるなら、彼の軍勢が負けることはそうそうない。その自信にも頷ける。だけれど。


「障壁解除、撃――」

「タイミングが分かりやすくて助かったわ」


 私が新しく作った派生魔法、隙検知魔法。たとえ戦いの最中でも、人間にはどこかで気が緩んでしまう瞬間がある。だから私は、それを検知する派生魔法を作ったのだ。

 そして、薙刀〈夢幻〉――この薙刀はクロウが特別に作ってくれた魔武具だ。魔力で形作られた薄い刃は、私の意思でどこまでも伸びていく。


 刃はホラバカルティノスの喉を貫き、そのまま首を刎ね飛ばす。残された身体が血の噴水をあげると、強化魔法の途切れた配下は動きを止める。すかさず、私は魔力威嚇で敵を牽制した。


「ジャイロ」

「総員、撃てぇ!」


 ジャイロの号令により同時に放たれた魔法や魔術がバンクシア家の戦闘員に降り注ぎ、血飛沫が舞う。慌てて盾魔術を張るものもいるが、大きな流れに抗うには貧弱すぎて、遅すぎた。


 敵に恐怖を向けられることすら、今は誇らしい。

 それに、クロウは知らないだろうけれど……記録に残っている転生者には「前世の因縁の相手と再会し、雌雄を決した」というエピソードが非常に多い。だから、もしもクロウがこの先、辛い過去と対峙することになるならば――私は隣でそれを支えたい。こんなところで、こんな者たちに負けてなどいられないのだ。


 私は敵の間を駆け抜けて、感情を読みながら薙刀を振るう。

 捨て鉢になって抵抗を続ける者、忠義心や憤怒を胸に抱く者、逆に日和見主義で自分の利益のみを考える信用のならない者。そういった者たちの心臓を優先して貫いていけば、ほどなくして彼らの心は折れた。


「――トレンティーニアス・バンクシア」


 私が声をかけると……集団の中から、ひょろ長い背格好の男が一人、ゆっくりと歩み出てくる。

 その手はブルブルと震えていて、足取りは覚束ない。ホラバカルティノスの語るような「後継者に相応しい」という姿には、どうやっても見えないけれど。


 しかし、それも仕方ないだろう。


「貴方が急に力を増した理由は把握しているわ。体内に定期的に瘴気薬を取り込んでいるのね」

「……そうだ」

「瘴気中毒。どうしても身体が瘴気を渇望してしまうのでしょう。摂取する瘴気薬を増やしていけば、どこかで致死量を超えて死んでしまうけれど――それを理解していてなお、つい薬に手を出してしまう。これは理性だけで止められるものではない」


 中毒症状……彼の姿を見るに、クロウの予想は当たっていたみたいね。


 精霊神殿の実験台にされていた少数民族の者を回復させる際にも問題になったのが、この瘴気中毒という症状だ。

 瘴気薬を体内に取り込むと、一時的な快楽とともに魔力量が上昇するが……その後は、身も心もボロボロになるほどの苦痛を味わう。しかし、だんだんと瘴気を摂取しない辛さの方が大きくなっていき、再び薬に手を出してしまうのだ。そして、少しずつ量を増やしていけば、やがて致死量を超えて死に至る。


 強制的な魔力量の増加と引き換えに、破滅に向けたカウントダウンが始まる。これはそんな薬だ。


「俺を殺してくれ……」

「トレンティーニアス」

「もう嫌だ……死にたい……親父に言われるまま神官どもの実験台にされて……配下も婚約者も全員死んで、俺だけが生き残ったんだ。命令を聞かなければ瘴気薬を取り上げられる。だから、これまで俺は、言いなりになるしかなくて……でももう、嫌だ……お願いだ、俺を殺してくれ」


 力なく這いつくばり、懇願するトレンティーニアス。その姿を見たバンクシア家の者たちの感情が、戸惑いの色に変わり始める。

 そして徐々に、どうか彼を殺してやってくれと、私に対して乞い願うような、そんな悲しい色に染まっていった。


 だけどね。


「トレンティーニアス。貴方は忘れているだろうけれど……次期若頭クロウが最初に上げた功績は、組長と私の治療を成功させたことなのよ」

「それ……は……」

「体内で複雑に絡み合い、誰にも解呪不可能とされていた複合魔法毒。一つの毒を治すそうとすれば別の毒を強化してしまう悪意まみれのソレを、一つずつ紐解いて、あっという間に治してしまう男……それが、次期若頭クロウ・ポステ・サイネリアなのよ」


――クロウはいつだって、みんなを絶望の淵から救ってくれる。


 私は空間拡張ポーチから錬金水薬ポーションの瓶を一つ取り出し、トレンティーニアスのもとへと近づいていった。


「まずはこれを飲みなさい。それだけで、今の身体の辛さはかなり軽減されるはずよ。クロウは瘴気中毒の治療もできるの」

「……そんな、ことが」

「元の状態に戻るにはもう少し時間がかかるわ。それでも、クロウが必ず貴方を治す」


 そうして、手渡した錬金水薬を飲んだトレンティーニアスは……症状が和らいだのだろう。肩を震わせながら、片膝をついて頭を垂れた。


「……バンクシア家は降伏します。死ねと言われれば死にます。俺の命は、次期若頭に捧げましょう」

「治すと言っているでしょう」

「はい。治していただいた後は……俺の処分はどうか、次期若頭の手に委ねていただきたく。首を刎ねられても文句は言いません」


 首を刎ねられたら、そもそも文句は言えないと思うのだけれど。


 本当は問い詰めたいことがたくさんあった。特に、かつてペンネを虐げていたことなんかは、きっちり締め上げるつもりでいるけれど……とにかく今は、何を置いても彼の身体を治すのが最優先だろう。

 あたりを見渡せば、私に反抗心を持っている者はもう残っていないようだった。


「それでは、抗争の終結を宣言するわ。ジャイロたちは手分けをして、この場の後処理と、生き残りを全員地下牢へ運ぶこと。怪我人はブリッタに治療させる。手の空いた者は手伝いなさい」

「へい」

「私はホラバカルティノスの首を持って本部に行き、組長と若頭にことの次第を説明する。この場は任せたわよ」


 そうして、私は付近に転がっていた元当主の首を袋に入れると、本部に向かって歩き出した。

 ミミの通信によれば、黒蝶館の方も襲撃を退けて、キコが商会長たちの首を刎ねたらしい。これだけ首があれば、お父様やお爺様への手土産としては十分でしょう。

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