27 役に立ちたいと思ってるのは

『ジュディスちゃんは黒蝶館の防衛だってさ』


 ミミからのテレパシーを受け、キコ姉さんの影の中で潜みながら、ボクは自分の愚かさを思って情けない気持ちでいっぱいになっていた。


 ダンデライオン辺境伯家の末娘として生まれ、家族にも領民にもみんなに愛してもらって……それなのにボクは、優秀なお兄様と比較されることに不満を持ち、出しゃばって、空回って、暴走ばかりするワガママ娘に育ってしまったのだ。


「ジュディス。平気?」

「はい。ボクは大丈夫です」


 気を使ってくれるキコ姉さんに、大丈夫だと告げる。本当は何も大丈夫ではないのに。


 近衛騎士のメイアにそそのかされた……というのは言い訳だろう。ボクは自分の愚かさ故に、精霊神殿に言いがかりをつけに行った。そしてクロウ様とお父様の機転によって小鬼ゴブリンとして死んだことになったのだ。そのまま、クロウ様についてきてしまったけれど。


――ボクは、クロウ様の役に立っていない。


 身元を明かせないという都合から、ボクは人前で仮面をつけて男の子のフリをする。そして大半の時間は、キコ姉さんの影に居候させてもらいながら……オマケのようにくっついて、任務を行ってきた。

 魔力等級は特級。氷結魔法は魔術との親和性が高い。しかしそんなもの、他のみんなと比べてしまえば中途半端な才能でしかなくて。


 クロウ様の優秀な妻たちの中にあって、ボクは一番の役立たずだ。

 だからせめて迷惑をかけないように、仮面の下に心を押し込めて、男の子を演じ続けているけれど。ボクはまだ、自分がどんな風に生きていくべきなのか、見つけられないでいる。


「ジュディス、武装している集団が近づいてきた」

「……はい」

「大丈夫。ジュディスは強い」


 キコ姉さんはそう励ましてくれるけど。

 影魔法はすごく便利で、キコ姉さんはいつだってクロウ様を助けている。今だって、ビルの壁面から襲撃者を観察できているのは、キコ姉さんの活躍だ。


「……ボクは大丈夫です。自分の分はわきまえています。キコ姉さんは存分に戦ってください。ボクはサポートに徹しますから。何をしたらいいですか」

「ん? 聞いてなかった? 防衛戦のメインはジュディスだけど」

「え?」

「ジュディス一人で戦ってもらうけど」


 ボクが戸惑っている間に、五十名ほどの武装集団は繁華街を練り歩いて黒蝶館の敷地へと接近してくる。だけど……あの、ボクは心の準備も魔術の準備も何もできていないんですけど。えっと。


「もう一度説明する……ここを襲ってくるのは傭兵の集団。ジュディスはあいつらと上手く会話をして、雇い主が誰なのか聞き出して」

「きゅ、急にそんなこと言われても!」

「ジュディスに無理なら私にはもっと無理。私のコミュニケーション能力は壊滅的だから。調査任務のときだって、私一人では聞き込みなんか絶対に不可能だと思った――だからクロウに頼み込んで、ジュディスを私につけてもらった」


 え、そうだったんですか……そ、そんな。

 ボクはてっきり、役立たずのボクは置き場所にも困るから、キコ姉さんに世話をさせているんだって……ずっとそう思っていたのに。まさかキコ姉さんが、ボクを望んで置いてくれてただなんて。そういうのは、そういうことは。


「そういうことは、先に言ってくださいよ!」

「無理……私は本当にコミュニケーションが苦手だから、先に話しておくとか、そういう行動がそもそも思いつかない。その点、ジュディスはすごい。あっという間に人の懐に入り込む」

「えぇ……」


 なんですか、なんなんですか、もう。


「定石通りなら、まず傭兵たちは遠距離から魔法や魔術を使って建物に攻撃を仕掛けてくる……けど、クロウの作った魔力防壁はまず撃ち抜けない。無駄」

「そう、ですね」

「たぶんしばらく攻撃を続けて、まったく効果がないと理解して、痺れを切らしたところで……彼らは敷地内に侵入してくる。そこからが、アマリリス一家の魔術師頭ジュードの出番になる。よろしく」


 わ、わかりました。

 とにかくやれるだけやります、が。


「でも、キコ姉さんの方が適任なのでは? クロウ様は、防衛の要をキコ姉さんだと思っているかと」

「違う。クロウはちゃんとジュディスのことも頼りにしてる。きっと、すぐに分かる」


  ◆   ◆   ◆


 ジュディスはどうも自分を低く見る傾向がある。

 だけど、得手不得手なんて誰にでもあるものだ。彼女は魔術師としての才能がすごいし、私と違ってコミュニケーション能力もすごく高い。クロウの嫁に加わってから、ずっと努力を重ねてきたのだから、もっと自信を持ってもいいと私は思う。


 傭兵たちの動きは想定通りだった。

 黒蝶館の建物に向かって、練度の低い魔法や魔術を無駄撃ちする。おそらくパーティホールでは、アマネがお客さんに向かってセキュリティの説明をし、黒蝶館の名声を高めている頃合いだと思う。


「落ち着いて。クロウはジュディスの氷結魔法を、拠点防衛の要の一つとしてちゃんと考えている」


 そうしていると、傭兵たちがついに痺れを切らして、隊列を組んで敷地内に侵入してくる。すると、地面の隙間からにじみ出るように……水が溢れ、傭兵たちの足首を飲み込んだ。


「あの水……まさか」

「ジュディス。撃って」

「――氷結魔波ギル・オーラ


 瞬間、杖から吹き出したジュディスの魔力が一気に水を凍らせ、傭兵たちの足を拘束する。魔力を感じ、跳んで逃げようとした者もいたようだが、ジュディスの魔術展開速度には敵わなかったようだ。


「あはは……本当ですね。クロウ様は、ボクが戦いやすい環境をちゃんと用意してくれていた。今、ようやく理解しました」

「ん。じゃあよろしく。私はジュディスの影に潜む」

「わかりました」


 そうして、ジュディスは私の影から外に出た。

 ショートボブの金髪に白い仮面。魔術師の杖とローブ。身に纏う魔力等級は特級。普段は穏やかな印象を与えるその魔力も、荒々しく動かすことで印象はガラリと変わり、対峙する者の心をも凍りつかせる。氷結の魔術師。


「――ボクはアマリリス一家、魔術師頭ジュード」


 さて、ジュディスはどんな言葉で、傭兵たちから情報を引き出そうとするのか。

 と思っていると、彼女は氷結魔弾を撃って傭兵を一人凍りつかせる。うん。思っていた通り、ジュディスは人に向けて「撃てる側」の人間だ。私と同じ。


「無駄な抵抗はやめたほうがいいよ。体内で魔力を練れば、彼と同じように殺すから、大人しくしててね。おそらく彼は、炎や熱を扱う魔法の使い手だったんだろう。といっても、ボクとは魔力等級が違いすぎて、その氷は溶かせなかっただろうけど」


 魔力探知スキルで傭兵たちを観察し、おかしな動きをする奴がいたら杖を向ける。そうして三発ほどジュディスが魔弾を放つ頃には、傭兵たちも抵抗の意思を失ったようだった。最低限の暴力で、実にスムーズな流れだ。

 あの杖はクロウの特別製で、ジュディスが魔術に氷結魔法を込めるのを手助けしてくれるらしい。それと、魔術を使用する際に脳裏に思い浮かべる術式を一部肩代わりしてくれるみたいだから……彼女にとって大きな課題だった魔術の速射能力は、今や何の問題もなくなっていた。


「――さて。君たち傭兵団の働きで、今ごろ黒蝶館は大きく盛り上がっているだろう。種明かしをしてしまうとね、実はこれは施設のセキュリティ能力を披露するデモンストレーションでしかなかったんだよ。君たちが襲撃してくることはシナリオに織り込み済みで、だからボクらはこうして準備万端で待っていたというわけさ。ご協力に感謝するよ」

「何……だと……」

「おや、雇い主から何の説明もなかったのかい? てっきり君らのリーダーあたりは全てを知ってボクらに協力してくれたと思っていたんだけど……ほら、裏でこちら側に協力してくれた者には、特別報酬を渡す手はずだっただろう。そろそろ演技はやめてもいい頃合いだけれど……」


 すごい。よく口から出まかせで、次から次へとあんなテキトーな言葉が吐けるものだ。尊敬する。

 傭兵たちはみんな信じられないという顔をしながら、一人の男の方を見る。なるほど……あれだけの会話で、誰がリーダーなのか丸わかりになるのか。さすがジュディス。


「――君、名前は。あと所属は」

「傭兵団トゥルバ・ルピ、団長のダジルクだ」

「あぁ、えーっと……拠点はたしか」

「フランベルジュ市。シナモン伯爵の縁者だ」

「そうそう。ん? シナモン伯爵は黒蝶館の会員だから、こちら側の人間のはずだけど。あ、そうか。たしか君らを雇った奴が、えーっと、なんだっけ」

「リグナム商会だ。それと、他に三つ……商業ギルドを仕切ってたが、お前らに潰されたと言って」

「あぁ、そうだった。リグナム商会はフランベルジュ市を本拠地にしてるもんね。その縁で仕事を引き受けてやったのか……でも災難だったねぇ。まさか君らもデモンストレーションの捨て駒にされるとは思っていなかったろう」

「くっ……」


 なるほど。こうやって雇い主の名前を吐かせるのか……やっぱりジュディスにまかせて正解。私だったら全員の首を刎ねて終了だった。


「――氷結魔弾ギル・チャカ

「なっ」

「学習しないなぁ。魔力を練ったら殺すって、ボクはさっきも言ったよねぇ……もういいや、面倒くさくなってきた。みんなまとめて凍らせてあげようか」


 ジュディスがここぞとばかりに魔力を荒げる。なるほど、脅しにはこういう緩急が大事なのか。さすが元貴族。勉強になる。


 私はそろそろ頃合いだと思って、影魔法からニュッと外に出る。そしてジュディスの隣に立つと、彼女の肩をポンと叩いた。


「ジュード、もういいよ。ありがとう」

「姉さん」

「――暗影魔波エル・オーラ


 私からゆっくり滲み出た影が、落とし穴のようになって傭兵たちを一人ずつ影空間へと落としていく。


 実は私も最近、魔術の練習を始めたところだ。この複合魔術はジュディスを真似て魔波オーラの魔術と影魔法を組み合わせたもの。対象を影の空間に落として閉じ込める便利な術だけど……残念ながら、魔術の展開速度が遅いから限られたシチュエーションでしか使えない。普通に影を広げた方が速いくらいだ。


 ちなみに影の中はクロウの牢獄みたいな快適空間じゃなくて、すごく狭くて暗い。出入り口になる影の大きさをキュッと絞るから、巾着袋みたいな感じの空間になる。まぁ、当面は我慢しておいてもらおう。


「じゃあ、私は仕事に行ってくる」

「仕事ですか?」

「ん。私はジュディスみたいに人とコミュニーケーションをとるのは苦手だけど……首を刎ねることだけは得意。どうにかしてクロウの役に立ちたいと思ってるのは、私も同じ」


 私の大鎌は、クロウが作ってくれた魔武具だ。これにはガーネットの感覚喪失魔法を組み込んであって、ターゲットの視覚や聴覚を奪って隙を作ることができる。やっぱり私は、こっちの方が性に合っているらしい。


 そうして、私はジュディスに後のことを託し、影に入って移動を始めた。さてと、まずはリグナム商会の処分から始めないと。


  ◆   ◆   ◆


 黒蝶館のパーティホールでは、お客様たちが窓に顔をくっ付けるようにして事態を見守っている。


 私は努めて心を落ち着けつつ、ニグリお婆ちゃんの不敵な笑みを思い出し、その真似をしながらお客様たちの前へと姿を表した。


「――皆様、お楽しみいただけていますか」


 黒蝶館は、クロウさんの覇道を支える重要施設。ニグリお婆ちゃんの夢を叶える大切な場所。そして私にとっても……他の何にも代えがたい、宝物。


「ふふふ。ご覧の通り……ここは大切なお客様をおもてなしする場所ですもの。無粋な輩に邪魔などされぬよう、オーナーであるクロウ・ダンデル・アマリリスが数々の防衛策を講じております。あそこで戦っている者は魔術師ジュード。アマリリス一家の魔術師頭にして、将来は第五夫人になる男の子です」

「男なのか」

「オーナーはそっちもいけるのか」

「たしかに優秀な魔術師のようだ」


 私はつい吹き出しそうになって、口元を隠しながら言葉を繋げた。


「あら、初めてお目にかかる方もいらっしゃるようですね。では改めまして……私はこの黒蝶館の館長を務めるアマネ・パピリオ。オーナーであるクロウ・ダンデル・アマリリスの第六夫人に内定しておりますの。どうぞ、お見知りおきを」


 そうして、静かに頭を下げる。

 フルーメン市の黒い蝶は、まだ羽ばたきを始めたばかり。私はそれを守り、育て、繋いでいくために、今日もこうして微笑み続ける。

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