第五章 真夜中の抗争
25 楽しく過ごしてもらいたいな
更地になった村落の跡地に作った施設では、
一辺五キロメートルほどの四角い土地。
周囲をグルリと囲むのは、高さ三メートルほどの壁であり、その表面には魔力防壁の術式回路が掘り込まれている。そして、東西南北の門は二重扉のようになっていて、通れるのは事前に魔力紋を登録した人間のみになっていた。
実のところ、黒蝶館と商会事務所も似たようなセキュリティをしているんだよね。
黒蝶館では浴場フロアより上階に上がるには、シルクの貸衣装に仕込まれた「鍵」がないとエレベーターが動かない。アマリリス商会では、一般人が出入りできるのは一階の荷物搬入・搬出用の場所と、二階の事務フロアの一部のみとなっていて、こちらも登録した魔力紋を「鍵」として扉のロックが解除されるのだ。
さて、そんな厳重な通用門をくぐり抜けた僕は、ピピの案内のもと農園を順番に見て回っていた。
この妖精庭園は百メートル四方の碁盤目状に区切られており、様々な栽培設備や加工工場がズラリと立ち並んでいる。あと所々、小人サイズのリゾート施設みたいな区画があったりするのは御愛嬌である。楽しそうだね。もう好きにしていいよ。
「――見てください、クロウさん。ここが小麦畑です。小麦が好む土の味も覚えましたし、魔物骨粉の配合もバッチリです。品種改良も進んでいますので、あとはひたすら味が良くなっていく一方だと思います」
「いいね。それにしても、収穫サイクル早いよね」
「テレパシーで栽培してますので」
「さすがだなぁ」
例の「早く大きくなりたいなぁ」みたいなテレパシーは、意志のある人間を洗脳するには効果が弱すぎるけど、植物なんかには効果がバツグンらしいんだよね。ここの小麦はめちゃくちゃよく育つし、近くにある大麦やライ麦なんかの畑も同じような感じだ。
実は計画当初には小麦畑なんてなかったんだけど、父さんから「パン屋の息子が農園を作るのに、小麦を育てないなんて馬鹿な話があってたまるか」とすごい勢いで叱られてしまってね……急遽ねじ込む事になったんだよね。
結果として、ビールやウィスキーなんかの酒類も充実することになったのは良かったよ。あと父さんに「前の世界のパンを教えろ」とせっつかれて惣菜パンみたいなものの製造も始まっているから、質の良い小麦畑を確保できて良かったと思う。
「――ここにはヤギたちがいます。飼料を組み合わせることによって乳の味がだいぶよくなりました」
「また数が増えたね。交配とかも工夫してるの?」
「そこはヤギたちの自由意志にまかせています。なんだか私たち小人の多夫多妻を目の当たりにして、ヤギたちなりに“あ、そういうのもアリなんだ”みたいに学んだらしくて」
そうかぁ。楽しそうだからいいけど。
ヤギたちから絞った乳はここで加工されるんだけど、バター、チーズ、ヨーグルトなんかはなかなかの人気の商品になっている。父さんのパン作りにも使うものだしね。
ちなみに、父さんのパン屋を再建するかって話も出たんだけど、今は保留になっている。どうも僕の周辺は最近きな臭いし、いつまた襲撃されるかも分からないからね。
その代わり、アマリリス商会の事務所の敷地にパン工房を作って、黒蝶館にパンを卸すことになったんだよ。小人から三名ほど弟子をとったみたいで、事務所の食事もなかなかに充実してきた。
さて、妖精庭園では穀物や乳製品の他にも、野菜や果樹なんかを育てている。とはいえ、今はまだ稼動しているのは一部の生産区画だけだ。これからはどんどん種類を増やしていくだろうし、小人リゾートみたいなあまり生産性のない区画も増えていくだろう。雑多でいいなぁと思うよ。みんなすごく楽しそうだし。
「――ここが泥沼エリア。
「へぇ、そうなんだ」
「外敵の心配も不要で、身動きをとる必要もなく、大量の瘴気が勝手に流れ込んでくる。最高。そんな風に思っているみたいです」
マグ川の水源である湖は、ここから北西の辺境にあって、水には瘴気が多く含まれている。流れてくる川の水も瘴気濃度がかなり高いから、人間の利用には適さないけど、魔物にとっては嬉しいだろうね。
さて、妖精庭園のうち川に面した場所では、女王スライム一匹一区画として、五十区画ほどがまるまる泥沼エリアとなっている。女王たちはそれぞれマグ川の水や生産設備の排気管から注ぎ込まれる瘴気を取り込み、子スライム――つまりは魔石や汚水を延々と量産してくれているのだ。
汚水は錬金装置で浄化され、貯水タンクに集められる。また、浄化時の汚泥はいつものように
妖精庭園には水道が張り巡らされ、下水もちゃんと処理してマグ川に戻しているんだよね。むしろ取水時よりも綺麗になっているくらいだ。
「魔石の生産量は足りてるかな」
「はい。私たちが食用にする分と、妖精庭園の設備で使用する分。それから、アマリリス商会事務所、黒蝶館に提供する分を差し引いても、かなり余裕がありますね。倉庫が足りるかどうかの方が心配です」
「そこはまぁ、小人が増えていけばそのうちバランスがとれると思うけどね」
今も小人たちは自由気ままに子どもの種を出産して、敷地内のあちこちに植えてるからね。こうして視察している間にもいくつか花が咲いてるのを見かけたし、今後も順調に人数が増えていくだろうから……土地が足りるかの方が心配かもしれないなぁ。まぁ、いざとなれば拡張すれば良いかなとは思うけど。
生産物を溜め込む倉庫は東側の区画にあって、アマリリス商会の馬車が定期的に現れては荷を運んでいく。また、併設された事務所には舎弟フトマルを中心とした妙に小人たちに気に入られる組員が家族を連れて移り住み、それぞれ小人ハーレムを形成して楽しく過ごしているらしい。春だなぁ。
「そういえば、代表。船着き場は作りましたが、川を使った商売はするんですか?」
「いや、今はそこまで考えてはいないかな。商業ギルドが潰れたとはいえ、商人がなんかまた面倒くさそうなことを始めるって噂もあるし。ひとまず、ピピは何も気にしなくて大丈夫だよ」
船着き場は、マグ川を使って交易をする商人たちが休憩する大切な場所である。
というのも、フルーメン市に向かって川を下ってくる時はいいんだけど、川を遡って戻っていく時には調教した水棲魔物に船を引いてもらう必要があるらしいから。適度な間隔で休む場所がないと、本当に困ってしまうらしいんだよね。
もちろん、妖精庭園の中に踏み入れさせるつもりはないから、ピピの手を煩わせるつもりはないよ。
とりあえずこんな感じで、妖精庭園の方はうまくまわり始めた。黒蝶館、アマリリス商会と連携しながら、小人たちには今後も楽しく過ごしてもらいたいなと思う。
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