23 油断してたなぁ
マグナム河川商業ギルドの建物を出る。
すると、僕の脳内でイマジナリー若頭が「まるで昔の自分を見ているようで恥ずかしかったぞ」と叫び、イマジナリー組長が「アドルスもだいたい同じことしてたぞ」と語り始めたので、僕はなんだかとても恥ずかしい気持ちになった。
思い返せば、僕は短期間でずいぶんとヤクザに染まってしまった気がする。
レシーナを保護したのは去年の春だったから、あれから一年くらいが経つのか。あの頃はヤクザ組織の幹部になるなんて想像もしてなかったし、辺境スローライフのことばかり考えていた。ホント、どうしてこうなったんだろうなぁ。
そうして、僕がのんびり歩いていると。
「……兄ちゃん?」
そんな声が聞こえて、振り返る。
実家の近くだし、そういうこともあるか。
想像していた通り、そこにいたのは僕の妹だった。
でも彼女は記憶にある明るい少女ではなく、目に涙をいっぱい溜めたまま、まるで生き別れの兄にでも再会したんじゃないかって表情で――あ、うん。そうだよね。生き別れの兄に再会したのか。
「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん!」
「ハンナ。元気にしてたかい? 鼻水出てるよ」
「馬鹿、兄ちゃんの馬鹿! 今までどこで何してたの! こ、怖い人たちが兄ちゃんのこと連れてっちゃうし! ぜんぜん帰ってこないし! それに、みんな変な噂話ばっかりしてて――」
僕の身体にしがみついたハンナは、なんかすごい顔で泣きじゃくりながら、涙と鼻水を僕の服で拭いて叫び続ける。別にいいけど、けっこう通行人が見てるからね。
サイネリア組に拉致されたのが秋頃だったから、あれから半年。その短い間に、ハンナはすいぶんと成長してしっかりしたように見える。僕の二つ年下だから今は九歳か。
「クラフトなんとかにしか興味のない兄ちゃんが!」
「うん」
「悪の組織の大幹部になって、金貨の山を右から左へ転がして、女をいっぱい侍らせて、みんなが恐れてひれ伏して、そんな信じられない噂ばっかり流れてきてさぁ!」
あ、うん……それは大体そう。
「魔物がいっぱいの辺境で、よく分かんないクラフトなんちゃらをしながら、のんびり生活しようだなんて馬鹿なことばっかり企んでた、あの兄ちゃんが!」
「うん」
「クロウ、飴ちょうだい」
「影から変な女が出てくるし!」
うん、ハンナは元気でいいねえ。
それはそうと、キコがこんなタイミングで影から出てくるのはたぶん、何か緊急の用事のはずだ。僕の手はもはや自動的に飴を与えるマシーンと化してしまっているけれども、そんな悠長にしている時なんだろうか。
「キコ。何かあったのか」
「ん。実は……謹慎してたヴェントス・クレオーメが、屋敷から脱走した。娼館パピリオの時のように、警備の組員を風刃魔法で切り裂き、フルーメン市の南地区へ。おそらくはクロウの実家を狙ってる」
「それは……マズいな。悪い、ハンナ。ゆっくり話してる時間はなくなった。これから――」
瞬間、突如として魔力を帯びた風が吹き荒れる。
まさか、そんな。
「……父さん、母さん」
「なんだ」
「おかえり、クロウ」
ん? んんん?
予想外の声に振り返れば、そこには……パン屋を営む両親が、店の制服やエプロンをつけたいつもの姿で佇んでいる。え、待って。僕はこの展開についていけてないんだけど。どういうこと。
すると、キコが深く頷く。
「時間がなかったから……クロウの両親を影魔法に回収してから来た。店も閉めてきたから、お客さんもいない。パンも持ってきた。すごく美味しい」
「……ありがとう。助かったよ、キコ」
「ん。まかせて」
そうしたら、あとはヴェントスをどうにかするだけか。戦って勝てない相手ではないだろうけど……街の中でやり合うのは避けたいな。周囲の被害を気にするような奴じゃなさそうだし、少し厄介か。
「キコ。僕の両親と妹を連れて、アマリリス商会の事務所に避難させておいてくれ。あそこなら安全だ。僕はとにかくヴェントスのもとへ行くから」
そうして、僕は突風の発生源の方向へ……つい先ほどまで、生まれ育ったパン屋があったはずの場所へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
ヴェントスの襲撃への対処を終えた僕が、アマリリス商会の事務所に戻ると、門を入ってすぐの場所に一家の主要メンバーが勢揃いしていた。
レシーナ、ペンネちゃん、ガーネット、キコ、ジュディス、アマネ、ブリッタ、ミミ。舎弟からは、ジャイロ、ガタンゴ、フトマル。顧問であるニグリ婆さん。みんな険しい顔をして、僕の帰りを待ち構えていたみたいだ。
そしてその側には、両親と妹が静かに佇んでいる。
まず口を開いたのはレシーナだった。
「クロウ。ヴェントスはどうなったのかしら」
「僕が駆けつけた時には、奴はもう姿を消していた。魔力探知の反応が急に消えたから……魔法か、魔術か、魔道具か。どうにかして逃げたみたいだ」
「ご実家は?」
「崩壊していた。幸いにも周囲の建物には被害がなかったし、怪我人は僕の手でみんな傷一つなく治療してきたから大丈夫だけど」
ひとまず、深刻な被害がなかったのは幸いだ。
ただ……色々と気になることがあってね。
「ヴェントスが消える一瞬だけだけど……知っている人の気配がしたんだよね。それに、ヴェントスの魔法はなんだか強化されてたんだ。娼館パピリオで使った魔法は、広範囲を浅く傷つけるようなものだったはずなのに……今は効果範囲を集中し、建物を一撃で崩壊させることが可能になっている」
「……以前は手加減していたとか?」
「それなら良いんだけど……気配の消え方といい、どうもきな臭い。彼の性格が事前調査の通りなら、あの場で僕を待ち構えて一戦交える流れのほうが自然だったと思う」
娼館とパン屋に残された魔法の痕跡は同種のものだったから、下手人がヴェントスであること自体は間違いないと思うんだけど……どうにも、何かを判断するには材料が足りないかな。可能性は色々とあるから。
そうして思考を巡らせていると、みんなの中から一歩前に出てきたのは、妹のハンナだった。
「ねぇ、一つ教えて。昔から兄ちゃんが言ってる……クラフトゲームってさぁ。本当は何のことなの?」
「ん? あぁ、僕の趣味だよ。それが――」
「ゲーム。精霊神殿で教わる神話ではさぁ……魔王を倒した勇者様は、この世界をロールプレイングゲームみたいだって言っていたんだって。みんなを癒やして回った聖女様は、乙女ゲームみたいだって。統一王は戦略シミュレーションゲームみたいだって言っていたんだよ。ゲーム、ゲーム、ゲーム……でもね、神話の英雄たちが語っていたゲームの中に、クラフトゲームなんてモノは存在してなかったよ」
あぁ……油断してたなぁ。レシーナたちの前では「ゲーム」という単語を出さないように気をつけてたんだけどさ。妹には昔からゲームがどうこうって語ってしまっていたんだ。これは僕の失態だ。
だって、幼い頃はまだこの世界の歴史を詳しく知らなかったんだよ。まさか神話に出てくる転生者たちが、口を揃えてこの世界を何かの「ゲーム」みたいだと表現し、周囲に語っていただなんて。そんなこと、思いもしてなかったからね。
「兄ちゃん、転生者なんでしょ。前世があるの?」
あぁ。まさかみんなが揃っているところで、こんな話をすることになるとは思ってなかったけど。
でも、いつかは話さなきゃと思ってたことでもあるから、良い機会だったろう。
「――そうだよ。前世の僕は、大学という教育機関で学んでいる、平凡な学生だった。こっちの世界でいうところの……そうだな。魔道具のようなものを作る勉強をしていたんだよ」
少し長い話になるからね。
僕はその場に腰を下ろして、みんなにも座るように言った。そうして一つずつ、記憶を手繰り寄せながら話を始めた。
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