22 こんなにオラついちゃってさぁ
村落を作るのは、これまでのように無邪気に建築を楽しむのとはわけが違う。事前準備が色々と必要だったり、なんやかんや人と話をする機会が増えていた。
今はアマリリス商会事務所で、ジャイロと今後の生産体制について相談しているところなんだけど。
「新しく作る村落――
妖精庭園からはフルーメン市北部街道に繋がる道を整備して、ジャイロたちにはアマリリス商会までの運搬をお願いしようと思っていた。道の整備についてはゲン爺と話をして了承を貰っているから問題ない。
あとは、妖精庭園側の倉庫に常駐してくれるメンバーを選抜して、異動してもらいたいと思ってるんだけど。
「ジャイロの配下に良い人材はいるかな」
「へい、兄貴。
なるほど、フトマルか。
彼はかつてメディスの部下だったんだけど、その後レシーナ親衛隊になって、今ではジャイロの下に配置換えになってるんだよね。大柄で強面だけど、けっこう優しくて情に厚いんだよ。
「そういえば、フトマルってなんか分かんないけど妙に小人に気に入られて、ハーレムみたいな状態になってたよね」
「へい。なんでも新しく生まれた小人のいくらかはアイツが父親らしいんで、喜ぶと思いやす」
え、何がどうしてそうなったの?
可能なの? 遺伝子的にも物理的にも。
ちなみに、フトマルの姪っ子のナタリアは今五歳で、かつてはメディスに毒虫を付けられて人質にされていた。今ではアマリリス商会の事務所でお絵かきなんかをしながらのんびり生活してるんだけど。
フトマルに妖精庭園を担当してもらうなら、おそらくナタリアも一緒に移り住んでもらうことになると思う。そのあたりも確認しておかないとね。
「フトマルを中心に、何名か人員を見繕っておいてもらえるかな。都市から離れるのを嫌がる者もいるだろうから、無理強いはしないでほしいけど」
「へい、承知しやした」
うん。妖精庭園は基本的に、小人たちが中心となって生活している場所になる。ただ小人は力が弱いから、防衛でも力仕事でも、誰かしらアマリリス商会の人員に常駐してもらった方がいいと思うんだよ。
「あとはそうだなぁ……そういえば、素材はたくさんあるけど、それを使った製品についてのアイデアは何かあるかな。こういうのがあったら良いのにって、ジャイロが思うものを教えてほしいんだけど」
「へい……思いつくのは、酒でしょうか」
「酒?」
「えぇ。現在はワイン、ブランデーの質は最高級ですが、他の酒は市販のものを使っておりやす。ですが、果樹を育てるんなら果実酒を作ってもいい。細かくは知りやせんが、ウォッカの材料はじゃがいもだって話を聞いたこともありやすし」
「お、良いアイデアだね」
そうか、確かにお酒の種類はもっと増やしていきたいよね。この世界ではカクテルみたいなものってあんまり聞いたことないから、黒蝶館で研究してみても良いだろう。
「みんなにも、そういうアイデアがあったら受け付けるって言っておいてよ。質のいいものが出来ればお客さんも喜ぶし、商会も儲かる」
「へい、皆に言っておきやす」
ジャイロと色々と相談をした僕は、アマリリス商会を出る。そうして、フルーメン市を縦断するように南側の地区へと向かう。
こちら側には実家のパン屋があるから、実はちょっと近寄るのが気まずいんだよね。
アマリリス商会に関係する仕事で、市内を好き勝手に歩き回る機会なんていくらでもあったから、実家に顔を出そうと思えばいつでも来れたはずなんだけど……結局、僕は一度だって帰ろうとしなかった。手紙は出したんだけどね。こっちは元気でやってるから、心配はいらないって。
まぁ、あまり考え込んでも仕方ない。
今日はアマリリス商会に関係する仕事だ。
帝国西部には大きく三つの川が存在する。瘴気の多いマグ川。綺麗な湖から流れるグナ川、水量が多くて農業用水としても広く使われているナム川。この三つが合流して、マグナム川という一本の大河川になる。
このマグナム川が合流するのがちょうどフルーメン市の南側であり、そこから南東にある港湾都市ポータムまで流れが続いている。このマグナム川やその支流を使った交易こそが、帝国西部を豊かにしていると言われているのだ。
さて、マグナム川を使って品物を運び商売をしている商会はたくさんあるけれど、それぞれが自分勝手に商売をすれば全体の秩序が保てない。
だから、複数の大きな商会が一致団結して「マグナム河川商業ギルド」という組織を作っている。フルーメン市で会話をする際には、単に商業ギルドと呼ぶことが多いんだけどね。
「アマリリス商会のクロウという者だけど」
大きな建物。受付のお姉さんにそう自己紹介すると、彼女は少々緊張したような面持ちでピシッと立ち上がり、僕を案内してくれる。
正直、今日ここに来るのはあんまり気乗りしなかったんだよね。
妖精庭園はマグ川のすぐ近くにあるけど、荷物の運搬は馬車で行う予定だから、川船を使って荷を運ぶつもりもない。それなのに、川に近いからという理由だけで商業ギルドから呼び出されていて、果てしなく面倒くさいと思ってるんだよ。
まぁでも、キコの調査結果によれば……奴らの中には例の件に加担している者がいるから、いずれにしろ話をする必要はあったんだけどさ。
会議室に入ると、そこには五人ほどの偉そうな男たちが険しい顔をして座っている。まぁ、サイネリア組の幹部会ほど魔力が荒れてるわけでもないから、僕としては気楽なものだけど。
「ほう、お前さんがアマリリス商会のクロウか。ずいぶん若いというか……子どもだな。サイネリア組の後継者と聞いていたが、そんなに威圧感があるわけでもない。黒蝶館を作った手腕は聞いているが……なるほど、頭脳働きで出世したというわけか。相当上手く立ち回ったんだろうな。まぁ、座ってくれ」
違うよ。僕はレシーナに連れ去られ、意図しないうちに後継者に祭り上げられたんだよ。
促されるまま、僕は椅子に腰を下ろす。なんというか圧迫面接みたいな雰囲気だよね。事前に聞いていた話ではもう少し和やかな感じを想像してたんだけど。
そこからはよくわからない雑談が始まって、僕は脳裏に疑問符をたくさん並べながら話を聞いていた。たぶん話の内容に大した意味はないんだろう。本題に入る前の助走みたいなものだ。
「さて。クロウはその手腕を買われ、先代侯爵から村落の再建を命じられたと聞くが……あの土地で商売を成功させようと思ったら、おそらくマグ川での交易を事業の中心に据えているはずだ。違うか?」
違うよ。産物は全部馬車で運ぶ予定だよ。
僕が何かを言うまでもなく、彼らは勝手に納得してどんどん話を進めていく。どうしてなんだろう。
「――だが、商売というのはそう簡単なものじゃない。君は年若いから経験も浅いだろうが、各商会は持ちつ持たれつ、主張しあったり譲り合ったりしながら商売を行っているのだ。黒蝶館を成功させたからといって、水運でも簡単に成功できると思ったら大間違いだ」
違うよ。陸路での輸送しか考えてないよ。
「さて……最初に脅すようなことを言ってしまったがね。私たちは別に、君の敵じゃない。これでも商売の先人として、年若い君を導いでやろうと考えている」
「はぁ」
「アマリリス商会は、マグナム河川商業ギルドに所属しなさい。残念ながら君にはデメリットもあるだろう……君が独占している販路のうち、他の商会と利益が競合するものは譲ってもらうことがあるかもしれない。だが、他の者が君の利益を脅かす場合には逆に守ることもできる。そうやって助け合って、ともにマグナム川流域の商流を盛り上げていこうじゃないか」
やだよ。そもそも僕は商人をやりたいわけじゃないからね。最終的には辺境スローライフを送りたいと思っているだけなんだよ。なんだかどんどん遠ざかっているような気もするけど。
「貴方の言いたいことは理解した」
「ほう、それなら早速」
「アマリリス商会はこのギルドに入らない」
そう言って、僕は魔力を放出する。
うんうん、いかにも平民の子どもみたいな貧弱な魔力しか感じなかったから、強気の交渉を仕掛けたんだろうけどさ。さすがにどうかと思うよ。
「貴方たちの意図は理解しているよ。黒蝶館の儲けを自分たちのものにしたかったんだろう。でも残念だけど……これから潰れるギルドに僕が所属したところでなんの意味もないんだ」
「……は?」
「一つ確認したい。例の消えた村落の件だけど――あの日。君たちは精霊神殿から高額な報酬を受け取り、船着き場にたくさんの船を用意したはずだ。千人もの村民を、人目につかない真夜中に、みんな連れ去るためにね」
そう。村落を潰した件にこのギルドは深く関与しているのだと、キコが証拠を入手してきてくれた。
彼らは金貨を積み上げられ、ギルドに所属する中小商会を脅しつけてまで川舟を調達して、人々を連れ去るのに協力していたのだ。
「誘拐した人たちの行き先はどこだ」
「……」
「そうか。黙秘する、というのが貴方たちの選択なんだね。理解したよ。それなら、こちらも徹底的に対処させてもらうまでだ」
まぁどうせ、このあと騎士団による尋問も待っているのだろうし、その結果は僕も教えてもらえることになっている。精霊神殿に協力的な態度を崩さないのなら、やはり少し厳しいやり方を選択せざるをえないか。
「先ほど君たちは、黒蝶館の運営にとって重要なもの――生産品の販路を奪おうと脅してきた。残念だよ。ここにいる五商会の会長および幹部全員には黒蝶館への出入りを禁止する。当然だろう、オーナーは僕だからね」
「は……え?」
「またサイネリア組が関係している各商会との全取引を停止する。また、ことの経緯は黒蝶館の全会員に周知し、今後同じような企みを持つ者が出てこないよう対処する。ちなみに会員の中にはセントポーリア侯爵や他の貴族家当主もいるわけだが……今後、帝国西部でまともな商売ができるとは思わないことだ」
「そん……」
「リグナム商会、サイボス商会、グレイウルフ商会、セルバ商会、コスモス商会。皆仲良く同じ処分だ。異論があるなら喋るのは自由だが……わざわざサイネリア組の幹部に喧嘩をふっかけたんだ。
そうして、魔力を使って荒々しく威圧する。
あーあ、ヤクザの幹部がすっかり板についちゃって、嫌になるよね。こんなにオラついちゃってさぁ。だけどまぁ……今はとにかく、やるべきことをやらないと。
魔力を強めるごとに、商会長たちの顔はみるみる青くなっていく。
「あぁ、そうだ。コスモス商会だけは……僕の条件を飲めば処分を和らげることも考えてあげるよ」
「へ? そ、それは一体……」
「ブリッタ・コスモス――君の娘の親権を放棄する書類にサインをしてもらおうか。彼女はもう僕の庇護下にあるから、婚約も即時白紙にしてもらう。かかる費用はどれくらいになる?」
うん。ブリッタは酒を飲んで「精霊経典のカビの生えた教えを守ろうとすると、私の結婚相手はクソ親父が決めた相手にさせられるんですよ」と嘆き悲しんでたからね。実はずっと、親権を手放させるチャンスを狙ってたんだよ。
「サインしてもらうのはこの書類だよ。それで、今の婚約相手に返さなきゃいけない金額は、金貨何枚?」
「……五十枚です」
「なんだ、その程度の端金でブリッタを売り払ったのか。この大袋に金貨五百枚入ってるから、それで借金と慰謝料を賄って、残った金で商売をやり直しなよ。サイネリア組と黒蝶館に近寄ることは禁止するけど、会員に名前を晒すのはナシにする。フルーメン市の外で活動する分には何も言わない」
そうして、ブリッタの父親から書類をもぎ取った僕は、他四人の会長に目を向ける。
「ところで、ちょっと聞きたいんだけど……川舟で誘拐していった人たちはどうなった?」
「は、はい。港湾都市まで運び、港で帆船に乗せ換えました。行き先は不明で」
「……一番嫌なパターンだったかぁ」
そこから先の捜索は、さすがに僕の手には余るなぁ。あとはセントポーリア侯爵騎士団に任せるしかないだろう。
「あ、あの。我々への救済措置は」
「あると思う? そんなもの」
さてと。今日ここでやることは全て済んだ。
たぶんこれから、フルーメン市の商人界隈は混乱するだろうけど、仕方ないよね。そこはまぁ、商人は商人のルールに従って競い合って、また他の誰かがのし上がってくるんだろう。
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