第四章 告白
20 あたしを捨てるの?
早朝。黒蝶館から帰った僕は、アマリリス商会事務所の最上階でレシーナと対面していた。彼女は顎に手を置いて、僕の報告を聞きながら何やら思考を巡らせているようだ。
「なるほど……それでクロウは、先代侯爵から依頼を受けて村落の再建を行うことになったということね」
そうなんだよ。セントポーリア侯爵家の先代当主であるゲン爺と色々と話をしたんだけどね。
神殿の人体実験について、侯爵家が入手した情報をサイネリア組にも共有するのは了承してもらったんだけど。その代わりに、いくつかお願いごとをされてしまったんだ。さすが貴族、抜け目がないというか。
ということで、僕は潰されてしまった西の村落を再稼働させることになったわけだ。
「村落の開拓は大仕事らしいからね。今回の復興は新村落と同じ扱いだから、向こう十年間は無税で、生産税も人頭税も不要になる」
「あら。ふふふ……クロウなら村を作るくらいあっという間にやってしまいそうだけれど」
「そうだね。それで、アマリリス商会で今後新しく取り扱う生産物について、この村落で生産してしまえば十年間は税を取られないってことになるからさ。これはなかなか良い稼ぎ時だと思うんだ」
まぁ、それ以外にも色々と考えはあるんだけど。せっかく広い土地を自由にできるんなら、作りたい施設が色々とあったんだよ。
「先代侯爵とは、他にも話をしたのかしら」
「あぁ、地下の遺構について話をしたよ。黒蝶館の建設で地盤改良中に見つけたやつだね。魔力を広げて調べてみたら、どうも領城の方まで伸びてるみたいだったから、面倒くさそうで探索を後回しにしてたんだ。それを、セントポーリア侯爵騎士団が調査してくれることになった」
「なるほど。神殿時代よりも前、古王国時代の遺跡だと言っていたものね。その探索は侯爵家に任せたほうが良いかもしれないわ」
城からの抜け道だったのか、はたまた秘密の隠し倉庫があったのか、まったく別の目的の設備が何か存在していたのか。今はまだ、その正体は分からないけど。
「でも良かったの? 宝物庫に繋がっていたかもしれないわよ。貴重な魔道具があったかも」
「そこは大丈夫。ゲン爺と相談して、書物や魔道具なんかを見つけたら見せてもらおうって話になってるから。解析して何かの参考にできれば、僕としては言うことないかな。お金に困ってるわけじゃないし」
まぁそれこそ、調査してみないとどんなモノが出てくるのか分からないと思うけど。
他にもゲン爺とは色々な雑談をした。
アマリリス商会の扱う産物はどれも品質が良くて。侯爵家でもご家族が大喜びで食べているって話とか。それとゲン爺には僕らと同い年の男子の孫がいるから、もし帝国中央学園に通うんなら同窓になるかもねって話とか。ゲン爺が現役だった頃は、レシーナのお母さんにそれはもう困らされて大変だったという話とか。
「なるほど。だけれど、先代侯爵と朝までずっと話をしていたわけではないのでしょう?」
「うん。わりと夜遅くまで盛り上がったけど、ゲン爺はアスピラ――あぁ、ペンネちゃんのお姉さんね。彼女と一緒に消えていったから」
「そこから朝までは、アマネと二人だったの?」
「そうだけど」
ゴゴゴゴ、とレシーナの魔力が膨れ上がる。
「うーん。僕の認識では、アマネを妻の一人にねじ込んだのはレシーナだと思うんだけど」
「そうね。それに黒蝶館の有用性は今回の件を通して十分に理解したわ。クロウが通い詰めたとしても異論はない。むしろ足繁く通うべきね」
「ならどうして魔力が荒れてるの?」
「やきもちよ」
「やきもちかぁ」
それは仕方ないね、理屈でどうこうできる話じゃないし。
結局その後は、ソファに並んで手指をニギニギと絡めながら――つまり彼女の読心魔法で感情をしっかり読まれながら、アマネとの会話について根掘り葉掘り聞き出されることになった。うん、大丈夫だよ。大人の階段は全然上ってないよ。普通に朝まで長話してただけだよ。ホントだよ。
◆ ◆ ◆
さて。亜空間の
以前は牧歌的な家庭菜園程度だった土地も、今では農園と呼べるくらいちゃんとした畑が広がっている。農園内は様々な区画に分けられていて、クローバーが植えられていたりヤギ牧場があったりと……うん。なんかすごい生産体制が整っている感じだった。
「ミミ、お疲れ。なんかすごいね」
「そうなんだよ。私が全然知らない間に、なんかみんなすごい研究して美味しい野菜を育てるようになったんだよねぇ……ヤギのミルクとかバターとかも、すごく美味しいんだよ」
ここにいるヤギは、かなり小型のものを購入してきたんだよね。生体でもせいぜい子犬くらいの大きさしかない。まぁ、小人たちが世話をすることを考えると、ちょうどいいサイズだと思うんだけど。
ミミと話をしながら農園を眺めていると、僕らのいる方に別の小人の女の子が現れた。
「代表、ご苦労さまです。視察ですか」
「うん、ピピ。すごい農園だね……ここの野菜は美味しいって評判なんだ。いつもありがとう」
「恐縮です。最近は細かい土の味が分かるようになってきました。野菜とも会話して、どの子がどんな土を好むのかも分かって来ています。クローバーを使った緑肥、魔物骨粉の配合についても試行錯誤を続けているところですが、データもそろそろ出揃ってきて――」
うん。自由奔放な小人たちの中で、ピピってめちゃくちゃ真面目な子なんだよね。空色の髪に麦わら帽子。パッと見は牧歌的なんだけど、実際の彼女はなかなかの研究肌だ。農園の改革は彼女の指揮の下でめちゃくちゃ進んでいて、野菜の味はぐんぐん向上しているようだった。
それと、小人たちは植物を洗脳――じゃなかった、植物に語りかけることができるみたいだから、みんなして「もっと大きくなりたいなぁ」「もっと甘くなりたいなぁ」「早く食べごろに育ちたいなぁ」とテレパシーを撒き散らしつつ農園を練り歩いている。すごいよね。
「小人たちの人数も増えたみたいだね」
「はい。もはやどれが誰の子なのかさっぱり分からない状態ですが、現在ここには三十名ほどが暮らしています。ちょっと手狭になってきました」
ちなみに、小人の繁殖方法はなかなか独特だ。
ちょっと前のことなんだけど、妊娠した女の子のお腹がポッコリと膨らんできたなぁと思ってたら、ある日突然平らになっているからビックリして、聞いてみたんだよ。そうしたら、小人たちのとんでもない生態が明らかになってさ。
どうも彼女らは股の間から大粒の種を生み出して、それを地面に植えるらしい。するとそこから芽が出て、葉が出て、蕾ができて、花が咲いて、実ができて――その実が大きく育つと、中から成体に育った小人が陽気に生まれてくるのである。なにそれ。
しかも彼女たちは種を植える場所も適当に決めた上にすぐ忘れてしまうから、ニュー小人が生まれてきても誰の子かよくわかんなくなっちゃって……まぁ、そんなん全く気にすることなく楽しそうにしてるからいいんだけどね。
「うん。人数が増えてきたならいいタイミングかもしれないね……実はピピ。僕は村を一つ作ることになったんだ。何も無い真新しい土地を開拓し放題。もちろん外敵の心配もしなくて良いような、安心して暮らせる場所を作るつもりなんだけど」
「そうですか。それは良かったですね」
「そしてそこに、小人たちの楽園を作りたいと思っている。ここの環境を移植して、もっと大規模な農園を作りたいと思ってるんだよね……だからそのリーダーを、ぜひピピにお願いしたいと思って」
僕の言葉に、ピピは慌ててペコペコと頭を下げたあとで、じわじわと喜びの感情を顔に滲ませ、ついに堪えきれなくなったのか「やったー!」と叫んで飛び跳ねながら走り去っていった。良かったね。
一方で、僕の隣にいたミミは涙目になっている。
「クロウ……もしかして、あたしを捨てるの?」
「そんなわけないじゃん。ミミにはちょっと、別のことをお願いしたくてさ……たぶんこれからは、僕と一緒にいる機会がだいぶ増えることになると思う」
そう言うと、ミミは妖精魔法で羽を生やして僕の肩に乗り、テレパシーで『ミミちゃん可愛いなぁ、結婚したいなぁ』と囁いてきた。洗脳はやめようね。
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