18 恥ずかしい

 幹部会で全体の方針を話し合った後は、組長、若頭と三人での打ち合わせをおこなうことになった。

 そうして場所を移動すると、若頭はなんだかすっかり疲れた様子で、盛大なため息をついた。


「……恥ずかしかった」

「若頭?」

「まるで昔の自分を見ているようで、私はすごく恥ずかしかったぞ、クロウ。たぶん幹部連中も、内心で苦笑いしていたはずだ……展開に見覚えがありすぎて」


 え、何それ。どういうこと。

 僕が戸惑っていると、組長は堪えきれないといった様子で肩を震わせ始める。


「くくく……アドルスは昔なあ。レシーナの母親のペルティーナにハメられて、貴族の会合になぜか出席させられたことがあってな。そこでグチグチ文句を垂れてくる貴族を魔力で脅して、戦争なら受けて立つとか言い放ったらしいぞ。お前らよく似てんなぁ」


 組長、補足説明をありがとう。でもそれ今はいらなかったかな。なんか思い返したら、すごく恥ずかしくなってくるからさ。

 なんでもバンクシア家当主を魔力で脅した僕の姿は、若頭の配下たちに生暖かく見守られ、なんだか「あぁ、若頭の後継者だなぁ」って感じで受け入れられたらしかった。やめてくれないかなぁ。


「とにかく……クロウ。色々とありがとう」

「色々と?」

「親父の治療の件、兄メディスの件、精霊神殿への対処についてもそうだが……なにより、レシーナを救ってくれたことだ。私は父親なのに、あの子に何もしてやれなかったから。君には本当に救われた」


 いや、そんな急に感謝されてもさ。

 それはそれで別の恥ずかしさがあるし。


「そういえば、聞こうと思ってたんだけど……どうして若頭は、レシーナを孤独なままにしてたの? もちろん、並の魔力の持ち主なら彼女に怯えてしまうのは分かるけど、若頭ほどの魔力があればそれはありえない。自分の手元で育てれば良かったのに」


 思い切って、そう聞いてみることにした。

 僕の問いかけに、若頭は表情を険しくする。


「……すまない、クロウ。それは言えないんだ」

「言えない?」

「レシーナの魔法は知っているだろう。つまり、クロウに話をすれば、それはあの子に伝わることになる。だから何も話せない……あの子に知られたくない情報を、私は握っているんだ」


 なるほどね。

 やはり理由があってのことか。


「わかった。じゃあ、これ以上は聞かない」

「ありがとう」

「いいって。レシーナは友達だから。別に感謝されるようなことじゃないし」

「……恥ずかしい」


 そう言って、若頭は両手で顔を覆い隠す。


「まるで昔の自分を見ているようで、私は今すごく恥ずかしいぞ、クロウ」

「くくく……アドルスはペルティーナを友達だと思って手助けしただけなのに、どんどん外堀を埋められて結婚することになったんだ。結婚は学園卒業まで保留だ、とかずっと主張してたのにな」


 え、何それ。めっちゃレシーナじゃん。え。


「俺もそうだがな。本部にいる年寄り衆は皆が同じ思いだぞ。クロウを見ると、昔のアドルスを思い出す」

「「恥ずかしい……」」


 ハモらないでよ、恥ずかしいから。

 この話題はもうやめておこう。


「それはそうと、組長と若頭には相談したいことがあったんだよ。ほら、精霊神殿への対応についてさ。今は情報を探ってる段階だけど……ここから先どう動くにしろ、貴族との連携は何かしら必要になってくると思う。だけど僕には伝手がないから」


 僕がそう切り出すと、組長はうんうんと頷く。


「良いだろう。ちょうど予約を入れていたことだし、男同士三人で繰り出すとしよう」

「予約?」

「いずれにしろアドルスは連れて行く予定だった」


 そうして、僕は組長に連れられるまま本部の馬車に乗り込むと、事務所を出て繁華街の方へと向かって行くのだった。


  ◆   ◆   ◆


 サウナの中では、組長、若頭、僕の順に並んで汗を流している。


「なるほど、ここが黒蝶館か」

「あぁ。これからはここが帝国西部の社交の中心地になるだろう。名だたる貴族や商会長がフラッと現れてな、既に大きな商談がいくつかまとまっている……アマリリス商会にも、ソーセージやワインなどの注文が殺到してるんじゃねえか?」

「うん。ジャイロたちがフルーメン市内の各所を巡って配送して回ってるよ。ホント、ここに来る人たちにとって金貨一枚なんて端金なんだね」


 アマリリス商会から会員への食材販売価格は、キューブ状の箱一つで金貨一枚だ。その中にはお好みの品物……ワインやブランデー、ソーセージや野菜、メープルシロップやメープルシュガーなんかを詰め込んで届ける。

 つまりは、アマリリス商会の倉庫に無限に積み上げられている品々だからさ。輸送費も含めた原価は多く見積もっても銀貨数枚レベルなのに、それが金貨に化けてしまうのだ。なんという悪い商売だろう。


 プレミア感を出すために一人一箱と数量制限をかけているけど、今後会員が増えていっても売り物に困ることはそうそうないだろう。それに、今後はシルク、綿、毛皮などを使った製品なんかも順次売り出す予定だからね。そうだ、シルヴァ磁器の販売も控えてるんだった。そっちも忙しくなりそうだ。


 なんて話をしていると、若頭が首をひねる。


「だが、クロウ。この仕組みを利用して、妙な儲けを企む者がいるのではないか?」

「というと?」

「例えばだが……商会で月額費用を負担し、商会員を大勢送り込んで、各人名義でアマリリス商会に品物を発注して買い占めて転売する……とかな」

「うーん。たぶんだけど……そういう紳士にもとる行いをする者は出入り禁止になったりして、そのリストがスタッフの口からポロリとこぼれ落ちたりして、会員たちみんなが知ることになるんじゃないかなぁ……と、僕は思うけど。たぶんね」

「なるほど……だから娼館という体で運営して、あえて紳士協定という曖昧な条件を設けることで、会員の自制を促すのだな。ふむ、なかなか悪い商売を考えたものだな」


 でしょ。まぁ、そのあたりはニグリ婆さんが発案した部分だけどね。

 僕の当初案だと会員規則みたいなのをきっちり設定しようとしてたんだけど、「ルールを作ると穴を突いて来るやつがいるから、あえて曖昧なまま運営しろ」ってニグリ婆さんにキツく言われてさぁ。やっぱり年の功はすごいなぁ。


「ニグリ婆さんの知恵はやっぱり侮れないよ。例えばさぁ、誰それは誰の紹介で黒蝶館に来たか、とかも全部記録されてるんだよね。それで、娼婦に無体を働こうとする集団がいたり、乗っ取りなんかを企む人が出てきても、まとめて出入り禁止にできるらしい」

「くくく、ニグリの考えそうなことだ」

「そうなの? 組長」

「あぁ、アイツはな……娼婦たちの待遇改善のために、文字通り命をかけて、娼館パピリオを高級娼館に仕立て上げた女だ。だからこそ、暴力事件なんかで店を閉じたくなかったんだよ。ありがとうな、クロウ」


 あー……なるほどね。

 実際、黒蝶館が上手くいってるのはニグリ婆さんの差配が的確だったからだと思う。僕だけだったらどこかで失敗していた。今はその手腕を、後継者のアマネに引き継いでもらってるところだけど。


「それとな。どうやらニグリはお前に会う以前から、お前のことを気に入っていたみたいだぞ」

「え、そうなんだ。なんで?」

「コットン一家だ。お前がシルヴァ辺境領ダシルヴァ市で立ち上げたヤクザ一家……そこの頭領を、娼婦上がりの女幹部に任せたろう。繁華街は一時期、その話題でだいぶ騒がしかったんだ」


 いや、だってアイシャは優秀だったしさ。

 妥当な任命だったと思うけど。


 組長の話によると、冒険者と娼婦というのは社会の最底辺。食い詰めた者が最後にすがる職業って側面があるらしいから、たとえ個人がどれほど優秀でも、そこまでの要職に就くのはなかなか難しいものらしい。孤児たちも大半が冒険者と娼婦になるって言ってたよね、そういえば。


「あ、そうだ組長。ダシルヴァ市でやったように、フルーメン市でも孤児院を訓練院に置き換えていきたいと思ってるんだけど。その件はどう思う?」


 話を振ると、組長は深く頷いた。


「クロウの資料は読んだ。俺としては積極的に進めたいところだが……なにせ大々的に広めるには実績がねえからな。ダシルヴァ市の訓練院を何年も運用して、その利点が誰の目にも明らかにならねえと、大勢を動かすのは難しいだろう」


 組長のそんな言葉に反応したのは、若頭だった。


「親父。私のもとに報告が上がってきていないんだが……訓練院とは?」

「あぁ。クロウがダシルヴァ市でサポジラ一家を潰す片手間に、孤児院を潰して作った施設だ。孤児たちの労働を無くして基礎教育を施し、希望の進路に就けるよう就職先と折衝して、卒業するまでに必要な訓練を授けてやる……冒険者や娼婦として雑に使い潰すんじゃなくてな」

「ふむ……なるほど、それは悪くないアイデアだ。良かったら、訓練院については私に進めさせてくれないかな。配下の中に、おそらく適任がいる」


 おぉ、なるほど。

 若頭が旗を振って進めてくれるなら嬉しいな。僕の方ではなかなか手が回らなかった部分だし、フルーメン市では伝手もないから動きようがなかったんだよね。


「よし。ではこの件はアドルスに任せよう……俺はそろそろ水風呂に行ってくる」

「私も行こう」

「僕も行くよ」


 いやぁ、良かった。胸の支えが一つ取れたような気分だ。


 そうして浴場フロアでさっぱりして、貸衣装に着替えてから、エレベーターに乗って最上階のパーティホールへ向かう。

 そういえば、シルヴァ辺境領から帰ってくる時に組長と若頭へにお土産としてシルクのスーツを贈ったんだけど、まだ着てるところを見てないな。


 すると、若頭が呆れたような顔をする。


「クロウ……土産は受け取ったが、シルクのスーツを着るのなんて、貴族のパーティに呼ばれた時くらいのものだろう」

「今も着てるけど?」

「だから黒蝶館はとんでもない施設だと言ってるんだ。仮に同じアイデアを持っていたとしても、実現するなんて普通は夢物語なんだ……はぁ、レシーナの婿はなんとも頼もしいよ」

「婿うんぬんは保留だけどね」


 そんな会話をしている間にエレベーターが到着し、扉が開く。するとそこに待ち構えていたのは、三人の女性――品の良い衣装に身を包んだニグリ婆さんと、落ち着いた色のドレスを纏った事務員の女性と、そして鮮やかな色のシルクドレスを着たアマネだった。


「来たね、ゴライオス」

「久しぶり、アドルス君」

「お待ちしてました、クロウさん」


 三者三様、それぞれ着飾った女性たちは、なんとも楽しそうな顔をして僕らを迎え入れた。

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