17 なんかもう、どうでも良くなってきたなぁ

 若頭との熱いハグを終え、会場の拍手も落ち着くと、この事態を引き起こした黒幕たるレシーナがいけしゃあしゃあと胸を張って話し始める。


「続きまして、次期若頭候補筆頭の配下について、僭越ながら私から紹介させていただきます」


 え。何その台本、僕はもらってないけど。


「まずは私、レシーナ・サイネリア。組長ゴライオス・ドン・サイネリアの孫娘にして、若頭アドルス・ヘレ・サイネリアの娘。そして今はアマリリス一家の副代表を務め、クロウの第一夫人に内定しております」


 ここに来て、既成事実をまた一つ積んだね。

 ねぇ、さっきから僕と一切視線を合わせようとしていないけどさぁ……本当にもう、君はどうしていつもこうなんだ。ねえ。


「護衛頭、ペンネローティシア・バンクシア。バンクシア家出身の才女で、クロウと私が最も信を置いている腹心の配下です。クロウの第二夫人に内定しております」


 ペンネちゃんが頭を下げる。

 うん……いや、バンクシア家を牽制する意味でも、この紹介の仕方はアリだと思うけどね。ただ、妻とかなんとかは保留のはずなんだけど。


「医務頭、ガーネット・ガザニア。メイプール支部のガザニア一家頭領ガッチャの長女であり、優秀な錬金術師です。クロウの第三夫人に内定しております」


 ガーネットもね……うん。

 今さら見捨てるつもりもないし、同好の士だし、採取デートとか楽しいしさ。別にいいんだけど……結婚は保留って言ってんのになぁ。


「隠密頭、キコ・ブラックベリー。もとは本部所属の凄腕の用心棒であり、今はクロウに忠誠を誓っております。クロウの第四夫人に内定しております」


 組員からどよめきが起こるけど。まぁ、味方殺しの狂人とか言われてたみたいだからね。キコはまぁ、今後もなんだかんだ影からニュッと現れて飴を所望するんだろうしなぁ。それはまぁいいけど、結婚は保留だからね。


「魔術師頭、ジュード。出自は極秘です。クロウの第五夫人に内定しております。男の子です」


 組員からまた別のどよめきが起きる。

 いや「そっちもいけるのか」じゃないんだよ。もうちょっとツッコミどころがあるんじゃないの。仮面とか。ねえ。


「娼婦頭、アマネ・パピリオ。かの女傑ニグリ・パピリオの孫娘にして、彼女から任を引き継いだ優秀な者です。黒蝶館の運営は今後、彼女を頭に行っていくことになります。クロウの第六夫人に内定しております」


 アマネは組員の中にも何人もファンがいたみたいだから、僕は今すごく怨嗟を向けられてるんだけどね。あとニグリ婆さんが早々に引退を表明してアマネに席を譲ったから、けっこうてんやわんやだと思う。今一番忙しいんじゃないかなぁ。


「ブリッタ・コスモス。彼女は医務頭ガーネットの助手を務めております。クロウの第七夫人に内定しております」


 ブリッタ? ねぇ、なんで僕も知らない情報がこの場でいきなり出てくるわけ。ブリッタこそ本当に結婚とか関係ないよね。彼女とはよくお酒を飲むけど、酔っ払ってひたすら愚痴を吐いてるだけだし、男女の関係とかじゃ全然ないと思うよ。ねえ。


「ミミ。小人ホムンクルスです。どうしても自分も妻として紹介してほしいと急にねじ込まれました。クロウの第八夫人に内定していると言い張っております」


 うん。言い張ってるだけなのはレシーナも同じだけどね。とりあえず、紹介の仕方がすごく雑。


「舎弟頭、ジャイロ・カモミール。若頭から拝命した例の任務……その実働部隊を指揮して成功へと導いた優秀な男です。クロウ配下の舎弟、子分を取りまとめており、将来のサイネリア組を背負って立つ人材となります」


 うん、その紹介は正しい。

 たぶんレシーナが紹介した中で誤解なく正確に事実だけを紹介したのはジャイロだけじゃないかな。あと組員のみんな、ジャイロは第九夫人ではないから。しっかり既婚者で、素敵な奥さんがいるからさ。まぁたしかに勘違いされる流れではあったけれども。これはレシーナのせいだと思うよ。

 ちなみに組員たちからは「あの義賊ジャイロか」なんて言葉まで聞こえてきたから、少しずつ名前が売れ始めてるみたいだね。それは良かったと思うけど。


「――アマリリス一家、以下九十五名。これにて若頭への挨拶とさせていただきます。ご帰還お待ちしておりました。以後、よろしくおたの申し上げます」


 なんかもう、どうでも良くなってきたなぁ。


  ◆   ◆   ◆


 本部にある大きな会議室には、長机にずらりと組の幹部たちが並んで座り、オラついた魔力を出しながら黙り込んでいる。席についてるのは二十人くらいか。

 顔と名前がぜんぜん一致しないけど。でも、バンクシア家の当主については把握したよ。一番すごい顔で僕を睨んでるからね。


 そして、末席に座る僕に厳しい視線が集まる中、若頭が口を開く。


「それでは、幹部会を始める」

「――異議あり」

「何も議論は始まっていないが……何だ」


 そこで意気揚々と立ち上がったのは、他でもないバンクシア家当主である。


「幹部会を始めるという宣言自体に異議がある。この場には、幹部に相応しくないガキが一人混じっている。魔力の強さは分かったが……本当にそれだけで、こいつを次期若頭候補筆頭にして良いのか。儂にはそうは思えん」


 うん、まったくその通りだよ。

 それは僕が一番思っていることだ。


「ダシルヴァ市ではサポジラ一家に因縁をつけて潰し、フルーメン市に帰ってきたらバンクシアの分家を潰しやがった……そのことについて、詫びの一つもまともに入れられんような奴を、幹部に迎え入れることなど認められん」

「ふむ。クロウ、君はどう思う」

「そうだなぁ」


 穏便に済ませたい気持ちはあるけど……うーん、詫びを入れるようなことなんて、何一つないからね。たぶんバンクシア家としては、背景事情を何も知らないでここに来てるんだろうからなぁ。簡単に説明しておこう。


「少数民族国家連合――通称、民族連合に所属している人々に手を出せば、最悪国同士の全面戦争に発展する。それは、サイネリア組にとっても看過できない事態だと僕は思っているんだけど。若頭、その理解は誤っているかな」

「いや、私も同じ見解だね」

「それなら、やはり僕が詫びを入れることは何も無いかな。サポジラ一家もバンクシア分家も、精霊神殿から端金をもらって無様に尻尾を振り、仁義を忘れ、少数民族の者や無辜の村民を使った人体実験に協力していた。辺境伯令嬢ジュディス・ダンデライオンの悲劇は噂で耳にしているだろうけど……奴らはその一連の悪事に加担していたというわけだ」


 まぁ、これはもう幹部会の議題に入ってるも同然なんだけどね。なんだかヌルっと会議が始まってる感じだけど、若頭も止めないし大丈夫だろう。


「それでも奴らの肩を持つというのなら……そこから先は、僕とバンクシア家の抗争が始まるというだけの話だ。ペンネローティシアを虐げていたバンクシア家に対して、僕は既に悪感情しか持っていない。やるというなら受けて立つよ。何か反論は?」

「ふん……若いやつは血気盛んでいかん」

「へぇ。天下のバンクシア家当主は、詫びの一つもまともに入れられないようだね。いいだろう」


 そうして、僕は一気に魔力を放出する。

 改めて思うけど、この世界ってこういうコミュニケーションが普通に行われるくらいには脳筋だよね。


「若頭。どうやら僕はこの幹部会に席がないようだし、今から退席して、バンクシア本家を更地に変えてこようと思う。否と言うなら本部とも全面抗争ってことになるけど、いいよね」

「まぁ、落ち着け、クロウ。会議前のちょっとした戯れに、そんなに目くじらを立てることはない」

「……はぁ、仕方ないなぁ。ここは若頭の顔を立てて、貸し一つで手打ちだ。早めに返してね」


 そう言って、魔力を鎮める。

 さてと……どうしてこうなったんだろう。バンクシア家当主、めっちゃ悔しそうにしてるね。さっきまでは僕を睨んでいた人たちも、なんか今は僕に生暖かい視線を向けてる気がする。なんで。


「皆、理解したな。クロウから話があった通り、精霊神殿がかなり悪辣な人体実験に手を染めていることが判明した。少数民族の者に手を出すなど、下手をすれば世界中を巻き込む大戦争だ。正気の沙汰ではない。帝都での抗争も一時中断――帝国の五大ヤクザ組織はそれぞれの縄張りで、神殿に協力する不届き者がいないか確認することになったわけだ」


 帝国西部を牛耳るサイネリア組と同じように、北部のネモフィラ組、東部のダリア組、南部のリアトリス組、そして中央のアルセア組。それぞれのヤクザ組織が、自分たちの本拠地に戻って縄張り内を洗い直すことにしたらしい。


「まずはサイネリア組が縄張りとする帝国西部の膿を出し切る。それが緊急の幹部会を開いた目的だ。そして……神殿の悪事を暴いた当事者であり、今や他組織や貴族にまでその名が知られるようになったクロウ・ダンデル・アマリリスは、今この場にこそ必要な者だ。これは若頭としての私の正式な判断だ。異論は認めん」


 こんな風にして、僕にとって初めての幹部会が始まった。

 うーん……とりあえず、僕の名が貴族にまで知られてるとかはまったく把握してなかったよ。別にいいけど。


 精霊神殿の件以外は僕の知らない案件ばかりだったから大人しくしてたけど、ヤクザの活動って意外と幅広いんだなぁって勉強になったよ。旅劇団の興行支援とか、農村の生活支援とか、傭兵や警備のような活動もあるらしい。なるほどなぁ。

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