16 そんなの聞いてないけど
アマリリス商会の最上階で、僕が今後に向けて色々と図面を引いている時だった。
情報収集から帰ってきたジュディスは、何やら泣き出しそうな顔をしている。ずいぶん落ち込んでいる感じだけど、どうしたんだろう。
「クロウ様。ボクのせいでした……全て」
「え、何。本当に何があったの?」
ジュディスはキコと一緒に、セルゲさんから隠密の技術を教わりつつ大神殿の調査をしていたはずだけど……え、もしかしてキコの身に何かあったとか?
「クロウ。飴ちょうだい」
「はい。あーん」
「あー……ん。最高」
「うん、キコは元気みたいだね」
キコが無事なんだとしたら、セルゲさん?
でもたしかセルゲさんは、今夜は数人の商会長を連れて黒蝶館を訪れ、サブスク会員を増やすのに協力してくれているはずだから……たぶん無事だとは思う。むしろ、年甲斐もなく元気にしてるまであると思う。
「話が見えないんだけど……ジュディス」
「村落の人たちが攫われた件、です」
「うん。それがジュディスのせい?」
僕が問いかけると、彼女は懐から一枚の書類を取り出した。
基本的に、大神殿に侵入していることがバレると面倒なので、書類は極力持ち出さない方針なんだけど……それでも重要な証拠となりそうないくつかは、こうして確保しているんだよね。
ジュディスは書類の文言を読み上げる。
「――ダシルヴァ市にて、ジュディス・ダンデライオンが魔物に似た姿に変質した。経典の解釈が変わる可能性があるため、
あぁ……それが、実験を行う理由か。
これまでの調査で、人体実験を主導しているのは神殿の中でも「実証派」と呼ばれる集団なのが徐々に分かってきていた。ようは精霊経典の内容の正しさを、実験によって証明しようという集団なんだけど。
文書を見るに、彼らはジュディスの件を受け、その事実関係を確かめようと追加の実験を行おうと動いているらしい。ならば、それはジュディスのせいじゃない。
「社会の動きは確実に変化している。精霊神殿を警戒する動きも各地であるみたいだし……ただその代償として、神殿の実験を変な方向へ動かしてしまったかもしれない。これは僕のせいだ」
「いえ……ボクのせいです」
「この方針を決めたのは僕と辺境伯だ。ジュディスに責任はないよ……こうなる想定をできなかったのは、僕の落ち度だ」
「違います、ボクのせいです。ボクが暴走して神殿に直談判だなんて馬鹿な真似をしたのが、そもそものきっかけなんですから……クロウ様はボクを助けてくれただけです」
まぁ、言い合ってても仕方ない。
責任の所在はともかく、ジュディスの死を偽装したことがきっかけで神殿が動いたんだとしたら、僕はしっかりとこの件の当事者だということになる。ますます放っておけなくなった。そういうことだろう。
ダンデライオン辺境伯家にもこのことは報告しておいた方がいいかな。今後の動き方も話し合わなきゃいけない。物騒な噂もあるし、いずれにせよ警戒は必要だ。
「話は分かったよ。とにかくジュディスは、被害者たちの現在地を明らかにすることに専念してほしい。大まかな場所さえ特定できれば、僕が潰しに行くから」
「その時はボクも一緒に行きます」
「……分かった。その時は一緒にね」
そうじゃないと、ジュディスだって納得できないだろうからね。とはいえ、実験施設を潰す過程で、人の命を奪う場面があるかもしれないけど。ジュディスは大丈夫だろうか。
「この件は他の貴族家とも連携して動いたほうが良いんだろうなぁ。でも、貴族の中にだって神殿に協力している者がいるだろうからね。どう動くのがいいか……信用できる貴族との顔つなぎをしてもらえるように、組長に相談するのがいいかな」
そうして色々と考えていると。部屋のドアがガチャリと開いて、入ってきたのはレシーナだった。
「その件を相談するなら、いい機会があるわ」
「いい機会?」
「もうすぐお父様が――サイネリア組若頭アドルス・ヘレ・サイネリアが帝都から帰還する。幹部会にはクロウも出席することになるわ。そこで、組としての今後の動き方を相談しましょう」
◆ ◆ ◆
その日、サイネリア組本部は異様な緊張感に包まれていた。
帝都から帰還した若頭は、緊急の幹部会を開催すると宣言。時を同じくして、帝国西部各地から御三家――バンクシア家、クレオーメ家、ベラドンナ家の各当主がフルーメン市に到着し、それぞれ分家の屋敷に滞在することになった。
が、バンクシア家の屋敷はなぜか更地になっていたため、彼らだけは本部に宿泊することになり、それを世話する家政部門の者たちは一時的な配置換えで忙しそうに走り回っていたらしい。
そして幹部会当日。サイネリア組本部の前庭。
強面の男たちが並んで待ち構えている中、僕たちアマリリス一家は門前で整列し、全員でそこそこの魔力を滲ませながら行進していく。絵面としてはオリンピックの選手入場みたいな感じだけど……なんだか妙に静まり返ってるんだよね。もうちょっと盛り上がってくれないかなぁ。そんな緊張感の必要な場面じゃないと思うんだけど。
僕らが進んだ先には、一人の男――レシーナの父親である若頭アドルスが待ち構えていた。炎のような赤髪をオールバックに撫でつけ、獰猛な魔力をあたりに振りまいている。
すると、僕らの先頭を歩くレシーナが、堂々と胸を張って話し始めた。
「お帰りなさいませ、若頭。帝都でのご活躍は耳にしております。親子としてゆっくりと話をしたいところですが……本日は我らアマリリス一家が、若頭の前に初めて姿をみせる吉日。まずは頭領クロウ・ダンデル・アマリリスより挨拶をさせていただきたく」
レシーナがそう宣言すると、若頭は魔力をさらに強めて荒々しく動かす。その様子に、集まっていた組員たちは顔を青くしてカチコチに固まる。こんな段取りだったっけ? なんか聞いてたのと違うけど。
あー……これはアレだ。
またヤクザ特有の小芝居だな。
僕はとりあえず、若頭と同じくらいの強さで魔力を放出し荒ぶらせる。貴族が友好の挨拶をする時は穏やかな魔力を交換し合う感じだけど、ヤクザ版だとちょっとばかり荒々しくなる感じかな。文化の差ってやつだろうか。分かんないからフィーリングでやってるけど。
周囲にいる強面の男たちが真っ青を通り越して真っ白な顔をしている中、僕は準備していた挨拶の文言を口にする。
「手前、サイネリア組次期若頭候補筆頭、並びにダンデライオン辺境伯家名誉騎士、クロウ・ダンデル・アマリリスと申します。我が親たる若頭にこうして初めてお目にかかれましたこと、光栄に思います。以後、よろしくおたの申します」
そうして若頭と僕は、お互いに魔力の荒々しさを増していく。若頭はぐんぐんと魔力を強めていくので、僕もそれに追従するように同じくらいの魔力を放っているんだけど……え、大丈夫? 組員たち、息できてない感じになってるけど。
すると若頭は、堂々と胸を張って僕の方までゆっくりと歩いてくる。なんか分かんないけど、とりあえず僕もそれに合わせて若頭の方まで歩いていく。こんな感じでいいのかなぁ。
そして、もう一歩も前に進めませんというくらい超接近した僕らは、キスでもするんじゃないかというほど顔を寄せあって。
「(馬鹿野郎、ここは平伏する場面だろう)」
「(え、そんなの聞いてないけど)」
「(くそ、レシーナの奴やりやがったな……こういうところばっかり、どんどん母親に似てきやがる)」
「(っていうか、若頭も念話スキル使えるんだ……僕はついこの前、小人のテレパシーの真似をして覚えたばっかりなんだけど。先人がいたんだね)」
「(あー……とりあえず話は後だ。組員がみんな死んじまいそうだから、三つ数えたら威圧を解いて抱き合うぞ。三、二、一)」
刹那、同時に威圧を解いた僕らは、ガシッと抱き合って互いの背中をポンポンと叩きあう。
会場からはなぜか盛大な拍手が沸き起こり、組員の中には強面をぐちゃぐちゃに歪めて泣き崩れている者すらいた。色々とお掃除も大変そうな状況だけど……ずいぶん怖い思いをしたんだね。とりあえずレシーナには後で説教だ。
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