15 その時が来たら、よろしくね

 魔力操作技術スキルの訓練というのは、基本的には辛いものである。

 僕のように必要に迫られて試行錯誤しながら身につけるのならまだいいけれど、人に言われてやるのはしんどいと思うし、明確な目的意識を持って取り組まないと途中で心が折れがちだと思う。


「兄貴、そろそろキツくなってきやした」


 そんなわけで、商会事務所の地下訓練場。

 ジャイロはけっこう辛そうにしていた。


「そもそもこの並列思考ってのは、一体何の役に立つんですかい」

「そうだなぁ、全てにおいて役立つけど……例えばジャイロは、魔法を使うのがあまり得意じゃないと思うんだけど」

「へい」


 魔法を使う時、それに集中してしまって他のことができない人っていうのは少なくないみたいなんだよね。僕も最初はそうだったし。ましてジャイロの振動魔法なんて、魔力を込めたものをブルブルと振動させるだけだから、これまではあまり活用できていなかったみたいなんだ。


「拳を高速で振動させながら、相手を殴る……ということも可能になるかな」

「……それって強いんですかい?」

「じゃあ、ちょっと試してみようか。拳を突き出したまま……身動きしなくていいから、魔法で振動させてみてくれるかな」


 僕の言葉に「へい」と答えたジャイロは、拳に魔力を込めて振動させ始める。ぶぅん、という振動音が聞こえてくるが。


「もっと細かく、素早く」

「へい」

「そのまま維持しててね」


 振動音がキーンと高いものになると、僕は亜空間から石版を取り出して彼の拳に叩きつけた。するとそれは、スパンと破裂音を立てて飛び散る。うん、思った通りなかなか強力な魔法だと思う。


「もういいよ、ジャイロ」

「へ、へい。兄貴……今のは一体」

「ジャイロの魔法の可能性だよ」


 僕は魔手を伸ばして石の破片を拾い集めながら、ジャイロに説明をする。


「並列思考スキルを身につければ、君は戦いながら自分の身体や武器を必要に応じて振動させられるようになる。強く殴らなくても、軽く触れただけで対象を破壊するような芸当だってできるかもね」

「そ……そいつぁ、男の浪漫でさ」

「でしょ? 男の浪漫なんだよ」


 ね、なんかすごく武の達人っぽいと思う。


「並列思考スキル、絶対モノにしやす」

「うん。じゃあまずは、読書と書き取りと足踏みを同時にできるようになってね」

「へい」


 どうでもいいけど、このスキルの練習ってすごくガリ勉っぽいよね。


 さて、この訓練場では他のメンバーもスキルの訓練をしている。

 治癒魔法使いのブリッタは将来的に、僕がやっていたように複数の魔手をウネウネと動かして治療をしたいようだったけど、それには色々と基礎が足りない。今はベースとなる魔力量を増やすために瞑想、魔臓強化、魔力拡散を並列で行っているところだった。

 小人ホムンクルスのミミも、妖精魔法を研究しながら訓練に精を出している。羽を出したりテレパシーを送ったりする以外にも、色々と便利なことができそうなんだよね。その原理もだんだん分かってきたところだし。


「おまたせ、ペンネちゃん。模擬戦だったよね」

「あぁ。あーしもそろそろクロウから一本くらい取らねえと、下のもんに示しがつかねえからな」

「まだまだ。僕も負ける気はないよ」


 ペンネちゃんは背中から二本の魔手を伸ばし、空中で二本の手斧をクルクルと回しながら、両手には魔道具の戦斧を持って構えている。


「アマリリス一家、護衛頭。ペンネローティシア・バンクシア――参る」


  ◆   ◆   ◆


 訓練を終えた僕は、ガーネットの錬金工房に併設された療養所へとやってくる。


「クロウさん、ご苦労さまです」

「お疲れ、ガーネット。パモたちの様子はどうかな」

「はい。皆さん徐々に回復してきました。といっても、まだ寝ている時間も長いですが」


 獣尾人ファーリィの女性パモは六人の中で最も早く回復して、今はガーネットや小人たちといっしょに他の五人の世話をしてくれている。その夫であるモルトも比較的回復が早かったので、体調を見ながら少しずつ身体を動かし始めているようだった。


 長耳人エルフの二人も会話ができるくらいには回復してきた。男性のスウォン、女性のエミリについても攫われてきた経緯は獣尾人の二人と同じで、駆け落ちをしようと神殿を頼った結果として連れ去られてしまった、とのことである。


 竜鱗人ドラゴニュートの二人は意識こそ取り戻しているものの、まだぐったりしていて会話はできていない。とにかく今は身体からしっかり瘴気を抜いて、瘴気中毒の治療をしている段階である。


「大神殿の調査はどうなっていますか?」

「うん……今、セルゲさん、キコ、ジュディスの三人で毎晩忍び込んで、情報を探ってくれている。どうやら他の場所にも、パモたちのような実験被害者がいるようなんだけど……村落が壊滅した件もそれに関係しているらしい。ただ、被害者の総数や具体的な居場所までは特定できていなくてね」


 詳細は不明だけど、どうも人体実験の対象に少数民族だけじゃなくて人間も含めるよう指示する書類が見つかっているようだ。

 残念ながら神殿にとって、ヤクザのような裏社会の人間は金で便利に動かせる捨て駒のように思われているらしい。そしてそれは、あながち間違いだとも言い切れない。かつてのサポジラ一家であったり、今回のバンクシア分家のように、各地域でこの実験に加担しているヤクザ組織はまだまだ存在しているみたいだからね。


「ひとまず、調査の状況はそんなところかな。そういえば、移動式錬金工房は問題ないかな。構造をだいぶ作り変えてしまったけど」

「はい。今のところ問題はありません。瘴気の循環システムで、燃費の面はかなり改善しました」


 ガーネットの錬金工房は、けっこう魔石を消費するからね。こっちでは辺境ほど安価に魔石が手に入るわけじゃないし、黒蝶館やアマリリス商会事務所でも設備維持に魔石が必要だから、ガーネットの錬金工房についても色々と改善をしてみたのだ。

 ベースにしているのは、泥沼ボグスライムの女王個体による瘴気循環システムだ。

 まず女王には瘴気を糧に子スライムを生み出してもらい、魔石と汚水を大量に入手する。汚水を浄化して作る蒸留水は錬金薬作りに、排出された汚泥は粘土クレイスライムに与えて、陶器の薬瓶なんかを作る。そして、魔石で再び錬金装置を動かし、そこから排出される瘴気は再び女王に与えられて――とエネルギーを循環させるのが一連の仕組みである。


「クロウさんの書庫にあった本も、必要なものはあらかた複製が済みました」

「それはよかった。これで、ガーネットの錬金工房は本格稼働って形になるかな。これからも改善は進めていくけど、燃費っていう大問題が解決したのは良かったよ」


 僕の言葉に、ガーネットは少し口を尖らせる。


「問題ない……というのが私には問題です」

「というと?」

「クロウさんがあちこち飛び回るのに同行する理由が、一つ減ってしまいました……お願いですから、辺境スローライフを実現する時には私も連れて行ってくださいね。責任、取ってください。じゃないと私、拗ねちゃいますから」


 そうだねぇ、うん。僕としても、ガーネットと錬金術談義をしている時間は楽しいものだから、スローライフをする時に一緒に来てくれるというなら嬉しく思うよ。その時が来たら、よろしくね。

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