第三章 サイネリア組の若頭

14 良い感じにやってくれそうだね

 今日は待ちに待った娼館の再オープンである。

 これを期に娼館パピリオは「黒蝶館」と名前を変えることになり、その営業方法もこれまでの娼館とは全く違うものにしていた。ニグリ婆さんと一緒に色々と悪巧みをしたんだよね。くくく。


 夕刻、繁華街の一等地にある黒いビルは、壁面に彫り込んだ術式回路が薄紫にボウっと光っている。周囲から完全に浮いていて、異様な存在感を放っていた。

 そんな黒蝶館に僕が連れてきたのは二人……サイネリア組組長のゴライオス・ドン・サイネリアと、事務局長のセルゲエドラール・バンクシアである。


「どうかな、組長。黒蝶館は」

「あぁ。見た目のインパクトはあるな……だが大事なのは中身だろう。ニグリが“楽しみにしていろ”って言うくらいだ、期待してるぞ」


 一階には馬車を乗り入れられる停車場があり、身分の高いお客さんでもひっそりと訪れることができるようになっている。そこから、強面が警備する玄関ホールを抜けて、エレベーターに乗って二階の受付に行くことになるのだ。

 そうして受付に着いて振り向くと、二人は既に戸惑っている様子だった。どうしたんだろう……あ、人生初エレベーターだったのか。


 そうしていると、受付の女の子が僕に話しかけてくる。


「お待ちしておりました、クロウ様」

「うん。予約の通り、二人を連れてきたよ」

「はい。クロウ・ダンデル・アマリリス様と、ご同行者二名様ですね。それでは、大銀貨二枚を頂戴いたします」


 僕は鷹揚に頷くと、彼女の前に大銀貨を渡す。

 大銀貨は銀貨十枚分の価値があるので、庶民感覚ではこれだけでもけっこうな大金ということになる。それを見て、セルゲさんはうーんと唸る。


「先払いで大銀貨を取るのか……ここからどのくらい搾り取られるのか恐ろしくなるな。こんな調子で客は入るのか?」

「それを判断するのは、最後で良いんじゃない?」


 手荷物を預かってもらって身軽になった僕たちは、再びエレベーターに乗って、三階の浴場フロアへとやってくる。

 ここには大浴場やサウナ、マッサージルームなんかの設備が揃っていて、まずは俗世の垢を綺麗さっぱり落とすところから始めるのである。


「ここで服を預けると、帰宅時までにクリーニングして戻って来ることになってるよ。便利でしょ」

「ほう、この後はずっと裸なのか?」

「まさか。ちゃんと貸衣装があるから」


 そうして、三人で裸になって大浴場へ。

 体を洗いながらふと見れば、組長の背中には、古い傷跡がたくさんあった。昔は戦争なんかも今よりあったみたいだし、苦労したんだろうなぁという感じだ。


 ちなみに、マッサージルームでは引退娼婦が按摩師なんかをしているわけだけど、僕は絶対に行かないつもりだ。なんたって、女の子にマッサージさせたなんて言ったら血の雨が降ることになるからね。そう、レシーナの話だ。


「クロウは相変わらずレシーナの尻に敷かれてんのか。別に魔力で脅されてるわけじゃねえだろ?」

「うん。どうしてか逆らえる気がしないんだよねぇ、魔力関係なしに。あれは何なんだろう」

「あー……まぁ、頑張れ。あいつの気質は母親譲りだからな。こうと決めたら頑として譲らねえんだ」


 そんな風に話しながら浴槽に浸かったりして。

 ちなみに浴場設備の中で組長が特に気に入ったのは、サウナと水風呂の往復らしい。サウナの中でじっくり汗をかきながら三人で会話をして、それぞれ自分のペースで水風呂に入りに行く。というのをしばらく繰り返していた。


「そういや、クロウ。神殿の動きには気をつけた方が良いぞ。お前、かなりの恨みを買ってるからな」

「そうなの?」

「世界各地で、神殿に対して大規模なガサ入れが行われている。人体実験場もいくつか摘発されたって話を聞いたが……そのきっかけとなったクロウとダンデライオン辺境伯家は、精霊神殿から相当恨まれてるみてえだからな」


 なるほど。それは作戦通りって感じだけど。


「神官は戦争をしない……というのは建前だ。奴らは武力で敵を討ち滅ぼし、後付けで“神敵”だの“異端”だのとそれらしい理由を付ける。それが常套手段だ」

「なるほど。それじゃあ、僕もそのうち」

「そうだな。フルーメン市の大神殿で戦力を集める動きがある。組でも警戒しているが……奴らの狙いは、まず間違いなくお前だろう」


 そうなるよね。まぁ、僕の方でも一応守りは考えてるけど、面倒だなぁとは思うよ。ダンデライオン家にも警戒してもらった方が良さそうだね。


 そんな話をしながら、浴場から出てさっぱりした僕たちは、脱衣所に置いてある衣装にそれぞれ着替える。先ほど預けた服はクリーニング中のため、ここからは別の服――シルク製のスーツ姿で過ごすことになるからね。

 そうして着替えたら、整髪料で髪型なんかも整えてもらって、エレベーターで最上階までやってくる。


「ここがパーティーホールだよ。窓からはフルーメン市の夜景を一望できる。女の子たちとお酒や料理を楽しむことができる場所だ」

「ふむ、ここからが黒蝶館の肝か」

「そうだよ。あぁ、ここでの下品な振る舞いは避けてもらうからね。それに、今日はいないけど他のお客さんと会話をするのも自由だ……なにせこの館は、一握りの富裕層だけが通える超高級な社交場だから」


 ほどなくして、女の子たちが酒や食べ物を持って組長とセルゲさんの横にやってくる。

 彼女たちが着ているのもシルクのドレスで、仕草もずいぶん洗練されているように見える。このあたりはニグリ婆さんの手腕だろう。


 窓際に並んで座り、ブランデーを一口。


「む? この酒……美味いな」

「アマリリス商会の商品だよ。一般販売はしてないけど……実は、黒蝶館の会員にだけは購入権が与えられるんだ」


 シルヴァ辺境領は神殿に睨まれているから、一般向けの商売は邪魔が入る可能性が高いと思って、販路を絞ってみたんだよね。

 商品自体は高品質なものだ。辺境産のワインやブランデー、豚鬼オークソーセージも絶品だし。小人が育てた野菜もすごく美味しいからね。腐らせるのはもったいないから、いっそ黒蝶館の目玉にしようと思って、会員限定で発売しようと思ってるんだよ。品物によっては数量制限をかけるけど。


 さすがに今現在は全ての材料を自前で用意してるわけじゃないけど、それでも品質にはこだわっている。そのうち、あらゆるものを自家生産に切り替えられたらいいなと思ってるんだ。


「ふむ……黒蝶館は会員制の社交場ということか」

「そうだよ。会費は月に金貨一枚。同行者を連れてくる場合には、その都度一人につき大銀貨一枚で……その代わり、飲食代その他もろもろは無料」

「無料?」

「そう。毎日足繁く通って、好き放題に飲み食いして女の子と遊んでも、月に金貨一枚きっかり。たくさん来るほどお得ってことになる」


 そう。つまり――サブスクである。


 長い目で考えてみると、お客さん全員が一年に金貨十二枚ずつ必ず落としてくれるのは、実にボロい商売である。だいたい、高級食材だってほとんど自前のものだからね。一人が一ヶ月に飲み食いする程度なら、かかってもせいぜい銀貨数枚程度だから。原価数パーセントの超絶ボッタクリだけど。


「月に金貨一枚……俺には端金だが」

「そうだよ。毎月金貨を支払うことに何の躊躇もない金持ちだけを会員にするんだ。大きな商会の幹部、貴族、上級騎士、高位神官……もちろんサイネリア組の幹部を連れてきても良い」


 同行者が新たな会員になって、その人がまた同行者を連れてきて……と、会員の輪が広がるごとに、黒蝶館の収入はグングン増えていく。サブスクはいいぞぉ。


「そして、ここにいる他のお客さんと自由に会話をしても良い……つまり、ばったり出くわした上流階級の客と、商売の話で盛り上がることもできるんだよ。秘密の会話がしたい場合は商談スペースも用意してるしね」

「なるほど……普段は接する機会のねえ有力者同士が鉢合わせることもあるか」

「そうそう。だからいずれ、黒蝶館の会員であるということ自体が、社交において大きな意味を持つようになる」


 変なお客さんには強面お兄さんから注意して、あまり聞き分けがないようなら出入り禁止にすればいい。そうやって、洗練された大人の社交場を作っていこうっていうのが黒蝶館の方針である。

 最終的には、あまり高頻度に利用しない人でも「とりあえず月に金貨一枚ずつなら払っておくか」くらいの感覚になってくれればボロ儲けである。サブスク最高。


 春は地方貴族にとって社交のシーズンだから、帝国西部の貴族はフルーメン市に集まって園遊会なんかを開いたりするらしいんだよね。そういう人たちを今のうちに会員にしてしまいたいところだ。

 逆に秋になると高位貴族は帝都の方に行っちゃうから、黒蝶館への来訪は少なくなるだろうけど……客足があってもなくても、月金貨一枚必ず稼げるのがサブスクの利点だよね。


 もちろんそれを実現するには、まず会員になりたいと思わせるような、魅力的なコンテンツを用意しないといけないわけだけど。


「浴場でリフレッシュして、シルクで着飾って。高所からの絶景、美味しいお酒と料理を楽しみつつ、上品な女の子たちにもてなされて――あぁ、もちろん女の子を口説くこともできけど、強引な人はどんな立場の客だろうと叩き出すから、紳士的に振る舞って口説き落としてね」

「で、月に金貨一枚でそれを楽しみ放題。そして会員特典として、ここで使われている高級食材をアマリリス商会から購入することが可能になる。さらにここに来れば、普段は接する機会のねえ富裕層と繋がりを持つこともできるか」

「そうそう、近く皇帝陛下に献上されるシルヴァ磁器についても、黒蝶館の会員限定でアマリリス商会から購入することが可能になる。もちろん黒蝶館でも使用できるように準備を進めてるし」


 ここの会員になるような裕福な人間なら、ある程度ふっかけた値段設定でも商売が成り立つだろうと思ってるからね。さて、どうなるか楽しみだ。


「まぁ、とりあえず一晩楽しんでみてよ。気に入ってくれたら金貨一枚払って会員になってね」

「……俺からも金を取るのか」

「当たり前じゃん。サイネリア組の組長からも会費を徴収しているからこそ、お貴族様にだって堂々と会費を請求できるんだよ。ちなみに僕も金貨一枚ちゃんと支払ってるからね。これについて例外は一切認めていないよ」


 さてと、僕はそろそろ失礼しようかな。

 あんまり長居するとレシーナが怖いからね。


 そうして僕が二人をその場に残し、エレベーターホールまで来たところだった。小走りで僕のもとにやってくる気配がしたので、振り返ると。

 そこにいたのは、すっかり怪我から回復したアマネであった。シルクのドレスがよく似合っている。


「クロウさん、もう帰ってしまうんですか?」

「うん。あまりゆっくり出来なくて悪いね」

「仕方ないです。忙しい人ですから」


 そう言って、アマネはキュッと僕の服の裾を名残惜しそうに摘む。うんうん、これはなかなかあざとい仕草だなぁ。たぶんニグリ婆さんの仕込みだろう。


「でも、アマネ。良かったの? 身体は元通りに回復したわけだし、仕事に復帰すればまた一番人気になれただろうに。裏方に転属なんてさ」

「ふふ。身体は元通りでも、心はすっかり変えられてしまいましたから……貴方のせいで」


 そうして手をギュッと握られてしまう。

 いやまぁ、うん……つまりね。僕の妻を名乗る女の子がまた一人増えてしまったということで。こればかりは酒を飲んだブリッタから「エロガキがまたハッスルしやがって」と言われても何も反論できなかった。ごめんなさい。


「それに……新しく来た女の子がすごく筋が良いんですよ。彼女には素質がある。私の抜けた穴など些細に思えるほどですから」


 そうして、アマネはにっこりと笑う。


 実はバンクシア分家を潰した時に、ペンネちゃんの姉であるアスピラハイネの身柄を僕が預かることになったわけだけど……どうもあまり近くには置いておきたくない感じでね。いちいちペンネちゃんを見下した発言とかしてくるからさ。

 それでニグリ婆さんに相談したところ、高級娼婦の素質がめちゃくちゃあるという話になって、黒蝶館に預けることになったのである。アスピラ自身も「毎日パーティしながら金持ちの男を取っ替え引っ替えできる? 最高じゃないですか」と言っていたので、たぶん大丈夫だと思う。


 バンクシア家で私兵のように扱われていた組員もレシーナによって選別され、根が真面目な者はジャイロの配下として引き取ることになり、そうでない者は本部にお返しした。

 それから、人身売買に関わっていた者たちについては組長に一任してしまったんだけど……続報を聞いてはいないけど、ろくな結末にはなっていないだろう。たぶん魔魚の餌コースかなぁ。


「ここから先は、アマネやニグリ婆さんの手腕に期待するよ。会員の輪をどんどん広げていって、サブスクでがっつり儲けようね」

「任せてください。クロウさんにこれだけお膳立てしてもらって、下手を打つわけにはいきません。組長はセントポーリア侯爵家との関わりも深いですし、事務局長も色々な商会と取引をしている人ですから……会員の輪を広げる起点とするには十分です」


 そんな風にして、僕はアマネとしばらく会話をしてから黒蝶館をあとにした。

 最後まで「もう帰っちゃうの?」「もう少しだけ」と引き伸ばす技術を披露してくれて、めちゃくちゃ帰りづらかった。これはすごいなぁ。


 よしよし、この調子なら良い感じにやってくれそうだね。サブスクはいいぞぉ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る