13 待遇としては悪くないよね

 バンクシア家が関わっていた村落消失の件は調査にまだ時間がかかるみたいなので、その間に僕はアマリリス商会の事務所を作り上げていた。そう、楽しい建築である。


 夢中になって作業を続けた結果、フルーメン市の北側にドンと建ったのは、赤レンガ模様の地上十階建てのビルである。

 元々ここは大きな商会が事務所を構えていた場所らしいんだけど、少し前に潰れてしまったらしくて空き物件になっていたのだ。それをタイミング良くレシーナが買い取り、立地も面積も申し分ない最高の場所が手に入ったわけである。文句をつけるところなんて、本当に何一つとして無いんだけどね……いや、あまりにも無さすぎるというか。


「うん。妙に良いタイミングで、妙に良い土地がスムーズに手に入ったような気がするけど……これはあんまり深く考えちゃいけない案件な気がするなぁ」


 レシーナの側にいると、こういう不思議なことがたまに起こったりするんだよね。きっと彼女はそういう幸運の星の下に生まれてきたんだろう。うん。そういうことにしておこう。


 アマリリス商会の事務所の目玉は、なんといっても大きな地下倉庫だ。

 物の流れとしては、事務所の一階は馬車がそのまま乗り付けられるような物資の搬入・搬出口になっていて、一家の者が馬車の荷台から木箱を次々と運び出してくる。すると別の者が、それらをエレベーターに乗せて地下倉庫へと運んでいく。倉庫での保存については品物ごとに適切な温度や湿度などが違うので、階層ごとに環境を分けて保存しているわけだ。

 倉庫の中には空間拡張の術式回路が張り巡らされているから、見た目よりかなり大容量の倉庫になっている。これを維持する魔力については、娼館ビルの方とだいたい仕組みは同じだった。そう、地下の一番深いところに泥沼ボグスライムの装置を置いてあるんだよね。とはいえ、設備を維持するために必要な魔石は娼館の方よりも少し多いんだけど。


「ジャイロ、お疲れ様。仕事はどうかな」

「へい、兄貴。今は皆不慣れですが、少しずつ動きも良くなって来てるところでさ」

「うん。くれぐれも安全第一で頼むよ」

「へい」


 一階で指揮をとるジャイロに挨拶をすると、僕は二階の事務フロアへとやってくる。ここを取り仕切るのはガタンゴの役割なんだけど、さすがに全てを任せるには彼は若すぎるので、補佐として年配の組員を置いているのだ。本部の事務局で磨き上げられたノウハウを、毎日ビシビシ叩き込まれているらしい。


「あ、兄貴。ご苦労さんです」

「お疲れ、ガタンゴ。仕事には慣れたかな」

「へい。覚えることがたくさんで……でも、なんとかやってます。絶対にモノにしてみせますんで」


 ガタンゴはなかなかのやる気を見せている。

 それと魔力の動きを観察して気づきたんだけど、どうも彼は無意識に脳に魔力を集める癖があるみたいだった。並列思考や思考加速なんかのスキルが身につく日も近いかもしれないな。


 ここの地下には訓練所も用意してあるから、舎弟であるジャイロとガタンゴには魔力操作技術スキルを仕込み始めている。

 スキルの知識をどこまで広げるか、というのはなかなか難しい問題なんだけど……そこはレシーナと色々と相談して決めたんだよね。不用意にスキルを教えて悪用されるのは避けたいから、最低限「舎弟」以上の者のみとしたんだ。もちろん、状況次第で柔軟に判断はするけどね。


 事務フロアを一通り見て回り、エレベーターで三階に上がると、そこは生産フロアになっている。現在ここでは三十名ほどの女性が仕事に就いていた。

 ここの取りまとめをしているのは、最近ジャイロと結婚したサモアという栗毛の女性だ。


「お疲れ様、サモア。調子はどうかな」


 なんでも彼女は暴漢に襲われそうだったところをジャイロに助けられて、なんやかんや押しかけ女房と化し、狭いアパートに二人で暮らしていたらしい。

 これまでは工場で機織りをして生計を立てていたらしいので、試しに猫蜘蛛シルクと織物用魔道具を渡してみたところ……めちゃくちゃ高笑いしながら布を作り始めたんだよねぇ。なんかすごいテンションだった。


「代表、ご苦労さまです。娼館で使うシルクのシーツは、みんなで手分けして作り終わりましたが……えっと、なんかシーツの枚数が変なことになってまして」

「変なこと?」

「実は……生産を指示されたシーツの枚数と、娼館に納品したシーツの枚数が合わなくて。その、だいぶ余ってしまってるんです。シーツの在庫が」


 サモアは困ったように眉を寄せているけど……あ、なるほど。これは僕の連絡が漏れてたな。てっきり伝えたつもりになってたんだけど。


「ごめんね。それは僕の連絡ミスだ」

「あ、そうでしたか。えっと」

「多めに作ってもらった分は、サモアたちみんなに使ってもらう用のシーツなんだ。各部屋に配っても余るくらいの枚数はあると思うから、とりあえず使い心地を確かめてみてよ」


 僕がそう言うと、サモアは目をまんまるに見開いて動きを止めた。大丈夫? けっこう面白い顔になっちゃってるけど。


「代表……あの、これシルクですよ」

「そうだね。売り切れないほど倉庫に積まれたシルクだよ。シーツがみんなに行き渡ったら、下着もシルクにしてみようか? 娼館の針子が娼婦用のドレスを仕立ててるからさ、彼女を呼んで教えてもらって、みんなも自分のドレスや旦那のスーツを作ってみるのもいいだろう。それでも余るようなら……うーん、子どものオムツはさすがに綿の方がいいか」

「み、身の丈に合いませんよぉ……」


 情けない声を出し始めたサモアに、近くの者が吹き出すと、生産フロア全体に笑いが伝播していく。うん、みんな楽しそうで良いことだ。


 ジャイロがサモアを連れてきたように、アマリリス一家の者には家族がいれば積極的に連れてきてもらっていた。最近結婚した者もいれば、既に奥さんや子どもがいる者、老いた母親と暮らしている者、兄弟姉妹や親戚の子を養育している者もいたりする。

 そんなわけで、生産フロアより上の階はみんなの居住スペースになっていた。四階には食堂、大浴場、託児所、図書室なんかの共用スペース。五階から九階までは家族ごとに部屋が割り当てられ、十階には僕とレシーナたちの執務室や個室を用意していた。部屋数にはまだけっこう余裕があるんだよね。

 共用食堂の調理当番なんかはみんなが持ち回りでやってるみたいだけど、そういった差配もサモアが中心となって仕切ってもらっていた。今のところ、どうにか回ってるみたいだね。


 今は一家の全員がここで暮らしているわけではないし、前の仕事をなかなか辞められなくてここから外に働きに出ている者もいたりするけど、近頃はそういう者もずいぶん減ってきたらしい。


 既婚男性の平均的な給与は月に銀貨六枚くらい。ただ、未婚男性や女性はそれが半分にカットされ、月に銀貨三枚ほどになる。夫婦で働いて銀貨九枚ほどが平均的な収入になるだろうか。

 出費もけっこう多くて、仮に大人二人と子ども三人の標準的な五人家庭だったとすると、食費だけで月に銀貨五枚くらいは飛んでいく。家賃の相場は月に銀貨二枚ほどで、残った分を毎月やりくりしながら貯金して……で、年に一度人頭税として貴族に納めるのが、大人銀貨二枚、子ども銀貨一枚という大出費になるわけだ。神殿への寄付もあるしね。


 うちは性別や既婚未婚で給与カットもしない方針だからなぁ。住居費、食材費、人頭税は給与から天引き。家族の人数にもよるけど、諸々差っ引いた手取りが銀貨五枚くらいになるのか……うん、待遇としては悪くないよね。たぶん。

 もちろん、舎弟頭のジャイロなんかはもっと高給取りだ。仕事を丸投げしてけっこう苦労させちゃってるけど、とりあえず今のところ大きな不満も出てきていない。


 生産フロアを出て、エレベーターで一気に屋上まで行く。


 するとそこには、四名の小人ホムンクルスが小さなコンロでバーベキューをしながら、のんびりと談笑しているようだった。

 ちなみにこの小人たちは最近結婚したらしいんだけど、女の子一人に男の子三人の逆ハーレム状態で仲良く暮らしている。娼館の時と同じく、揚水樹の世話をするのを条件として、ここでスローライフを謳歌しているのである。楽しそうでいいなぁ。


 ペンネちゃんを頭にした警備体制もいい感じにまとまってきているし、いくつか課題はあるけど全体としては概ね順調と言っていい。

 こんな風にして、アマリリス一家は少しずつ本格稼働の準備を整えていった。

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