12 お願いしちゃおうかな

 バンクシア分家の数十名を亜空間牢獄に入れた僕は、サイネリア組の本部まで帰ってきた。

 すると、本部にいる強面の男たちは異様に緊張した様子で僕のことをジッと見ている。うーん、どうしたんだろう。


 そこに現れたのは、舎弟のジャイロだった。


「兄貴、ご苦労さんです。噂は本当ですかい?」

「噂っていうと……」

「へい。ペンネの姐御を巡って、バンクシア分家と抗争が始まると聞きやした。それが本当なら、一家の者を集めた方が――」


 ジャイロの言葉を制し、僕は説明する。


「抗争はもう終わったよ。ドドルコルタナ・バンクシアの一派は、あの屋敷にいた者については全て捕縛した。この後のことは組長と相談して決めるけど、まぁ分家は解体することになるかな」

「……へ、へい。さすが兄貴」

「レシーナが人員を選別してからになるけど、まともな組員はジャイロの配下に加えるよ。ざっと二十人くらいは増えるつもりでいてほしい」


 どうやらレシーナは嘘検知魔法をもう少し拡張して、人を選別する魔法みたいなものを作ったらしいんだよね。どういう基準で選ぶのかは教えてもらっていないけど。


 ただ、そうして人員を増やすとなると、舎弟がジャイロ一人じゃ管理しきれないかもしれないな。うーん。


「もう一人二人、舎弟を増やしてジャイロの下で動いてもらおうか。配下の中で誰か、将来有望そうな奴はいるかな? 今は即戦力じゃなくても、将来を見据えて育成しておきたい奴とかさ」

「へい……それなら」


 ジャイロは少し考えてから、一人の名前を口にする。


「……ガタンゴ・ガザニアですかね」

「それは、ガーネットの弟の?」

「へい。歳は十一でまだ経験は足りやせんが、なかなか機転の効く奴です。例の旅の中でも助けられた場面が何度もありやすし……あいつはガーネットの姐御の実弟ですから、舐めた態度を取る奴もいやせん。今は未熟ではありやすが、将来有望な者の一人かと」


 なるほど、ガタンゴか。

 年齢のことを言えば、そもそも僕と同い年だしね。出自にしても、メイプール支部の支部長の次男で、ガーネットの弟でもあるわけで。ジャイロが信用できるっていうなら、悪くない人選かもね。


「分かった。それじゃあジャイロに続いて、ガタンゴを舎弟にする。舎弟頭として育ててやってくれ」

「へい。あいつも喜びやす」

「じゃあまた、詳しいことは後日打ち合わせよう」


 そうして、ジャイロに別れを告げて本部の廊下を進んでいく。今は取り急ぎ、組長と話し合わなきゃいけないことがあるからね。


 実は本部に帰還する途中、僕は並列思考でドドルコルタナ・バンクシアの執務室から押収した書類を確認していたんだ。

 バンクシア家が村落消失事件に協力しているのはジュディスのファインプレーで明らかになったけど、もう少し詳細な情報を知りたくて資料を探していたんだよ。そして――ついに見つけた。


 組長の部屋に入ると、そこにはセルゲさんも一緒にいるようだった。ずいぶん疲れた顔をしているけど……それも仕方ないだろう。捕縛したドドルコルタナは、セルゲさんにとって実の息子なんだから。


 組長が魔力を揺らして僕に叩きつけてくる。


「おう。よく平気で俺の前に顔を出せたな」

「残念だけど戯れに割く時間はないよ、組長。ドドルコルタナの執務室から資料を押収した。精霊神殿に尻尾を振って、西の村落の人間を売り飛ばし、そこそこの端金を受け取っていたのは――ドドルコルタナ本人が主導して行っていたことだった。おそらく、かなり前から神殿と通じていたはずだ」


 そう説明しながら、僕はいくつか資料を机に並べる。神殿からの極秘の依頼書や、領収書、裏帳簿、組員への指示書。

 そこには村の人間を騙して拘束し、神殿に引き渡すまでの手順がしっかり記されていた。組にも内緒でかなりの資産を蓄えていたみたいだね。


「この資料を得たのが僕で良かったね。セントポーリア侯爵家の騎士団に先を越されていたら、非難の矛先はサイネリア組に向くところだったんじゃないかな。金庫の中身も侯爵家に押収されていただろう。セルゲさん、金貨の山は組に引き渡した方がいいかな。それとも、上納金として一割を渡せばいいんだろうか」

「その話は後でな……それより、西の村落が消失したのはやはり」

「うん。村には水で押し流されたような形跡があり、近くの川底からは村の残骸が見つかっている。そして、その村で姿をくらました次期若頭候補トレンティーニアス・バンクシアは操水魔法の使い手だった。魔力等級は特級だ。まして、バンクシア家が精霊神殿と内通していた証拠が見つかった今……トレンティーニアスが何かしらの鍵を握っているのは間違いないと思う」


 何があったのか詳細は定かじゃないけど。

 ドドルコルタナが村民を売り払い、トレンティーニアスが村を押し流した――そう判断するに足る証拠は揃っている。まぁ、実際に何があったのかまでは不明だけど。


「組長の配下で、隠密として動かせる人員はいる?」

「いるが、どうした」

「フルーメン市の大神殿に忍び込める者はいるかな。奴らが連れ去った村民、約千名の行き先を探りたいんだ。過去の所業を考えると……たぶん、ろくなことにはなってないと思うしね」


 僕がそう説明すると。

 組長のすぐ横で……セルゲさんは、強い怒りの感情を魔力に滲ませた。普段から厳しい人ではあるけど、これほど感情を顕わにするのは初めて見るな。


「兄貴。どうか俺に行かせてくだせえ」

「……セルゲ」

「この歳になって、先陣を切るような真似は控えてやしたが……隠形の技術はずっと研鑽を続けておりやす。しかも、ことは俺の家の不始末でさ。どうか、この手でカタを付けさせてくだせえ」


 なるほど。セルゲさんは隠密の人だったのか。つまり僕にとってのキコのような立場で動いてたみたいだね。うーん、それなら。


「セルゲさん。キコを連れてってくれないかな」

「……キコ・ブラックベリーか。だが」

「彼女の魔法は隠密に特化してる。この任務には重宝すると思うよ。それに、可能ならセルゲさんの技術を彼女に教えてやってほしいんだ。実は最近の彼女は、どうやっても大神殿に忍び込めないって、ちょっと凹んでたからね」


 この機会にキコがレベルアップできれば、今後の活動の幅も広がると思うからね。


「あとは僕の方で……というより、レシーナの魔法でバンクシア分家の者を選別して、問題なければうちの一家で預かることにしようと思う。ただ、神殿との取引に関わっていた者は、組長に預けてもいいかな。たぶんだけど、僕らの手には余ると思うから」

「あぁ、情報を隠す技術ってもんも色々とあるからな。バンクシア家のような歴史の長い家になると、重要な情報はあの手この手で秘匿している。それを引っ張り出すにはコツがいるが……そっちの方は俺がレシーナに指導してやってもいい。どうだ」

「あ、そう? じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 そうして、僕はセルゲさんにキコを、組長にレシーナを託すことにした。

 先人から学べる技術はたくさんあるだろうからね。せっかくのチャンスだから、ここはきっちり活かしていきたいところだ。

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