11 不思議な天気もあるもんだね

 僕の亜空間魔法の効果範囲は、魔力で包み込める分だけだ。だからまぁ、やろうと思えばこの豪邸を一気に収納することも可能ではあるんだけど。

 ただ僕が消したいのは、豪邸そのものじゃなくて、そこに付随する全てだからね。ここは丁寧にやっていくとしよう。


 ペンネちゃんを連れて、亜空間移動テレポートで屋根の上に立つ。


「一番酷かった時期は、あーしは屋根裏に押し込められてネズミと暮らしてたんだよな……家の恥には似合いの場所だって言われて」

「そうなんだ。まぁ、この豪邸に屋根はないけど」

「くくく、容赦ねえなぁ」


 屋根が無くなると、豪邸も一気に寒々しくなるよね。


 建物はコの字型って言えばいいのかな、左右がせり出してるような形をしていた。

 ペンネちゃんとゆっくり話をして歩きながら、手当たり次第に屋敷を削り取っていく。天井や壁には華美な装飾がしてあって、たぶん芸術的な価値もあるんだろうけど……ペンネちゃんの価値とは比較のしようもないからね。残念だけど消えてもらうとしよう。


 ちなみに、慌ただしく動き回る人の気配はあるけど、みんな逃げるばかりで、僕の前に立ちはだかろうとする者は皆無だった。まぁ、僕の放つ魔力には怒りの感情が乗ってしまっているだろうから、仕方ないけどね。もうちょっと何かいざこざが起きると想定してたんだけどなぁ。


「三階の西側は書庫なんだよ。クロウは書庫大好きだろ? けっこう古い本もあったはずだから、全部持ってっていいぞ」

「ありがとう。後で色々読んでみるよ」


 なるほど。ペンネちゃんが良いと言うなら、遠慮なくもらっていこう。しめしめ。


「あと東側に美術品なんかが飾ってあるんだけどさぁ……そっちはクロウはあんまり興味ないだろ? あーしもどうでもいいから、全部破棄しちまってもいいと思うけど」

「いや、ちょうど良かったよ。娼館に飾る美術品を探してるところだったんだよね。僕は専門外だから、とりあえずごそっと持っていって、ニグリ婆さんに見てもらおう……あ、魔法金属製のやつは鋳潰して再利用してもいいな」


 そうして、屋敷はどんどん削られていく。

 ペンネちゃんが面白半分に毒を食わされた食堂も、足蹴にされ笑われたダンスホールも、理不尽に鞭で打たれた音楽室も、今はもう跡形もない。


 そうして最後に残ったのは、更地になった冷たい土地に、震えて固まっている何十人もの人間だけだった。僕が魔力を鎮めていくと。


「――許されると思ってんのか、てめえ」


 集団の中から一人の男が立ち上がる。

 あぁ、あれがペンネちゃんの父親か。


「クソガキがこんなこと――」

「こんなことって?」

「私の屋敷を!」

「屋敷ねぇ……もっと他の心配をすべきだろうに」


 答えながら、僕は魔手を伸ばして彼の服を奪う。すると彼は「キャッ」と乙女のような声を上げて身を隠し始めた。魔力量を理由にペンネちゃんを冷遇していたにしては、大したことないんだな。

 僕は亜空間から拡声魔道具を出して、彼らが僕の言葉を聞き漏らさないよう声を張り上げる。


「僕はサイネリア組次期若頭候補筆頭、並びにダンデライオン辺境伯家名誉騎士、クロウ・ダンデル・アマリリスだ。三秒以内にひれ伏せ。一人でも立っていれば全員撃ち殺す」


 そうして僕が魔力をあえて荒々しく放出すると、彼らは血の気の失せた顔になって、慌てて後頭部で手を組んで地面に蹲る。

 うんうん。君らには悪いけど、僕は今回の件で手心を加えるつもりは全くないからね。せいぜい大人しくしてるといいよ。


「さて。知っているとは思うけど、サイネリア組は今、危機的な状況にある。メディス・サイネリアの裏切りを始めとして、次期若頭候補の間では蹴落とし合いが頻発している。組織の結束に綻びが生じ始めているのは、賢明な君たちなら理解しているだろう」


 まぁ、本当に理解しているかは知らないけど。


「そんな中、僕のもとからペンネローティシアを奪い、代わりに信用の置けぬ女狐を送り込もうとしてきた不届き者がいる。お前だ、ドドルコルタナ・バンクシア」


 今はどうでもいいけど、なんでバンクシア家の人間ってみんな微妙に名前が長いんだろうか。いちいち呼びづらいんだよね。


「ペンネローティシアはアマリリス一家の護衛頭を務める幹部だ。僕とレシーナが最も信用している、他の誰にも代替できない、腹心の中の腹心だ。そんな彼女に手を出すということは――つまり、これはバンクシア家がアマリリス一家に仕掛けてきた抗争ということ。ならば、それを正面から受けて立ち、叩き潰すのが一家の頭領たる僕の役目だ」

「言いがかりだ! こんなこと組長が許すはず――」

「へぇ、それは興味深い意見だね。バンクシア家の人間とはいえ、たかだか分家の当主に過ぎず、幹部ですらないドドルコルタナと。一方で、サイネリア組の次代を担う僕……組長は果たしてどちらの肩を持つんだろうなぁ。場合によっては、アマリリス一家とサイネリア組の全面抗争に発展するだろう。そうなった時、僕が一番最初に殺すのは誰になるかな。どう思う、ドドルコルタナ・バンクシア」


 僕が魔力を思いきり放出すると、強面の男たちは壊れた洗濯機のようにガタガタと震え始めた。

 まぁ、これで僕が叱られて組を追放されたら、それはその時だ。最低限の人員を連れて、夢の辺境スローライフを始めるってだけの話だし。


 僕が手を向けると、奴らの上空に亜空間らしき出入り口が開き、そこから大量の水の塊みたいなものが降り注いできた。うんうん、不思議な天気もあるもんだね。


「ジュード」

「――氷結魔波ギル・オーラ


 僕が合図を出すと、ジュディスの放った氷結魔術が水を凍らせ、彼らの身を束縛する。


「キコ」


 次の瞬間、ドドルコルタナ・バンクシアの影から飛び出した小さな影が、彼の首を刎ねる寸前のところで大鎌を止めた。


「レシーナ」

「ふふふ。一応気配を消して来たのだけれど……組長と事務局長にはちゃんとしてきたわ。言伝も預かっている。とりあえず、その拡声魔道具を私に貸してもらえるかしら」


 にっこり笑うレシーナに、僕は拡声魔道具を渡す。うん……今のレシーナは魔力を抑えているけれど、これまで見た中で一番怖い顔をしている気がするな。絶対に逆らっちゃいけない圧力があるというか。

 まぁ、分かるよ。きっとレシーナは僕と同じ気持ちだろうから。


「――サイネリア組組長ゴライオス・ドン・サイネリアから、バンクシア家に沙汰を申し付ける」


 レシーナは拡声魔道具で声を張り上げる。


「クロウから配下を奪おうとした今回の件は、非常に不快である。とはいえ、バンクシア家の反乱であるとまでは判断できない。これをバンクシア家からアマリリス一家への宣戦布告とみなすのは、早計であると言わざるをえないだろう」


 レシーナの言葉に、バンクシア家の者たちの顔に希望が灯る。だけどね。


「よってこの件は、バンクシアの者が独断で起こした反乱であり、バンクシア本家には一切の責任を認めない。アマリリス一家には、ドドルコルタナ・バンクシアが率いる分家の一派を処分する許可のみを与える……以上」


 この状況でも上げて落とす。

 さすがレシーナ、容赦ないね。


 レシーナのいつも以上に荒れ狂う魔力にあてられて、バンクシア家の者たちは身体中の穴という穴からいろんなモノを垂れ流していた。なんだか以前よりレシーナの魔力が増えてる気がするけど……まぁ、レシーナも魔力を鍛えてるもんね。順当な結果ではあるか。


「ふふ、ペンネ。なんだかスッキリした顔ね」

「……お嬢」

「まったくもう……違うでしょ。私のことはちゃんと名前で呼んでくれないと、拗ねるわよ。貴女は他に代わりのいない……私の大事な、友達なのだから」


 レシーナはそう言って、ペンネちゃんにニヤリと笑いかける。


「……うん。レシーナ」


 そうして、ペンネちゃんはレシーナの胸に飛び込んだ。うんうん。二人の仲も深まったようだし、ひとまず一件落着ってところかな。


 さて、バンクシア家の者の処遇はどうなるかな。

 聞き出さなきゃいけない情報もあるし、組長や若頭に相談しないといけないこともある。今回は奴らがペンネちゃんに手を出してきたから急いで動いたけれど、そうでなくとも近々何かしらの対処はするつもりだったんだ。なにせ。


――バンクシア家は先日、精霊神殿と結託して村落を一つ壊滅させてるからさ。

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