第二章 バンクシア家の出来損ない
09 あらかじめ決めてたんだよ
サイネリア組において「商会」という言葉は、組の下部組織であるヤクザ一家を表す隠語らしい。
実際、公にも商会として届け出をして活動することも多いみたいだからね。捺印した書類にもちゃんと「商会」って書かれていたと思うけど、あれは役所に提出するものだったんだろう。
僕はそんなの全然知らなかったんだけど。
「……レシーナ」
「嬉しいわ。クロウがついにサイネリア組に骨を埋める覚悟を決めてくれて」
「その言葉、僕の目を見ながらもう一度言ってみてもらえるかな」
帰ってきたレシーナの居室で彼女をジッと見てみると、珍しく視線を逸らされた。やられたなぁ。道理で組長もセルゲさんもレシーナも、みんなノリノリだったはずだよ。どうして君はいつもそうなんだろう。
でもまぁ……泣いてるジャイロを見たら引くに引けない状況だったし。もう書類手続きも済んで、アマリリス一家は正式立ち上げってことになっちゃったからね。うーん。
今にしてみれば、「舎弟頭」とかの役職もずいぶんヤクザっぽいとは思ったんだよ。でもレシーナが「何かおかしいかしら?」と首を傾げるので、そういうものかと流しちゃったんだよね。
まぁ、商会としての運営はちゃんとやっていくつもりだし、書類に書いた業務内容にも嘘はないよ。違法な荒稼ぎするつもりも、脱税して闇資金を溜め込もうとも思ってない。だから……あれ? それなら何も問題はないのかな? ん? なんかだんだん分からなくなってきたぞ。
「クロウ。これからもよろしくね」
「全然納得できないけど、よろしく」
「ふふふ。アマリリス一家の事務所はフルーメン市の北側に良い場所を確保したわ。メイプール市、ダシルヴァ市から運ばれてくる産物を受け取りやすい場所にしてある。建築はクロウに任せて良いのでしょう?」
うーん。まったくもう、しょうがないなぁ。この割り切れない感情は、ひとまず建築作業に思う存分ぶつけるとしようか。
くくく……ヤクザ一家ってことは対立組織に狙われることがあるかもしれないし、セキュリティは万全にしておかないとね。どんな感じにしようかな。あと、メンバーには住居にも困る人がいるみたいだから、宿舎みたいなものも用意したいと思ってるんだよ。空間拡張をした大倉庫とか、加工場とか……色々考えていくと、とにかく場所が足りない。今回は地下を活用していく感じになるかな。レイアウトどうしよう。
そうして建築作業について色々と考えていると、レシーナの後ろで干し柿を齧っていたペンネちゃんがポツリと呟く。
「あーしが護衛頭か……クロウ。いいのか?」
「何が?」
「クロウに修行をつけてもらって、分かったけどよ……あーしはまだまだ弱い。そりゃあ、気持ちで負けるつもりはねーけど……あーしよりも頭が良くて、あーしよりも強い奴は他にもいるし」
なんだか、いつになく弱気だなぁ。
桃色ツインテールもシュンとして見えるし。
僕にとってのペンネちゃんは、代わりのいる人材じゃないんだよね。だいたいまだ十一歳だし、強さならこれから修行していくらでも伸びていくだろう。
そもそも今のペンネちゃんだってかなり強くなってるんだよ。周囲にはキコやジュディスのみたいな生まれつき魔力の強い者がいるから、なかなか実感しづらいだろうけど。今は魔力量をひたすら伸ばしているところだけど、実はかなり優秀なんだからさぁ。負い目を感じる必要はまったくないと思う。
そうしてしばらく、三人であれこれ話していると。
「――クロウ、飴ちょうだい」
影の中からニュッと現れたのは、キコだった。
「はい、あーん」
「あー……ん。最高」
「それで、村落消失の件は何か進展した?」
「まだ。
そっか。相手もなかなか手強いね。
どうやら騎士団による調査で、消失した村の残骸が近くの川底から大量に見つかったらしい。また、村の地面に残った痕跡から、何か激しい水流によって押し流されたらしいことまでは分かっている。
怪しい者はいるけど……正直、尻尾を掴みきれていないのが現状だ。
「ってことは、今来たのは別件かな」
「ん。レシーナの部屋の前でウロチョロしている不審者を見つけたから、届けに来た。今は影の中に捕まえてあるけど、どうしたらいいか判断を仰ぎたい」
そうしてキコは影の中に手を突っ込むと、一人の女の人の頭をガッチリと掴んで影から引っ張り出す。女の人はなんだか怯えた目をしているけど。
すると、その場で声を上げたのはペンネちゃんだった。
「……姉貴」
ペンネちゃんの姉か。
雰囲気は全然似てないけど、そういえばどことなく顔つきは似ているような気がする。歳は……たぶん、ギリギリ成人したくらいだろうか。アマネと同じ年頃だろう。
そうしていると、彼女は姿勢を正し、優雅に頭を下げる。
「お初にお目にかかります。わたくし、サイネリア組事務局長セルゲエドラール・バンクシアが孫娘、アスピラハイネ・バンクシアと申します。どうかアスピラとお呼びください」
「……はぁ」
戸惑っている僕に、彼女は畳み掛けるように宣言する。
「バンクシア家の運営会議で決まりましたの。次期若頭候補筆頭であるクロウ様のもとに置くのに、ペンネローティシアでは格が不足している。これからはペンネの代わりにわたくしアスピラがお側に侍ることになりますので、どうぞよろしくおたの申しま――」
とりあえず、僕は彼女を亜空間にしまった。
「……レシーナ」
「どうしたの、クロウ」
「組長と事務局長のところに連絡を入れてもらえるかな。バンクシア家が
「あら、分かったわ。
そうして去っていくレシーナを見送ってから、僕は呆然としているペンネちゃんに向き直る。
「バンクシア家の屋敷の場所を教えてくれるかな」
「クロウ……なんで」
「ペンネちゃんの従兄のヒャダル君とは辺境で色々と話をしたからね。バンクシア家のことも色々と聞いていたんだ。だから、レシーナと一緒にあらかじめ決めてたんだよ……奴らがペンネちゃんに手を出すのであれば、徹底的に潰すって」
そうして、僕はペンネちゃんの手を取った。
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