08 僕の覇道
娼館パピリオの件が落ち着いて数日。
僕が再びサイネリア組本部に戻ってくると、レシーナは何やら色々と書類を処理しながら、僕に一枚の紙を手渡してきた。
「クロウ。ここに拇印をお願いできるかしら」
「うん。なにこれ?」
「商会設立に必要な書類よ。根回しは済んでいるから、あとは書類を事務局に提出すれば手続きが完了するわ。そろそろ人を集めなきゃいけない頃だもの」
ふむふむ、なるほど。
書類には、僕をリーダーにする組織を設立するという内容が書かれていて、組長や事務局長などの承認印は既に押されている。てっきり騙されて婚姻届でも持ってきたのかと思ったけど、今回はそういったふざけ方はしないようだった。疑ってごめんね。
親指に朱肉をつけて、書類にポン。
「はい。じゃあ、手続きよろしくね」
「えぇ、任されたわ。商会の人員には既に声をかけて、本部に集まってもらっているわ。幹部になるメンバーにも同意が取れたから、あとはクロウの口からちゃんと任命してあげて」
「ん。分かった」
いやぁ、レシーナには何から何まで世話になりっぱなしだなぁ。
商会の事務所を作る土地はレシーナが既に確保してくれていて、後ほど僕が楽しい建築作業をつもりである。とりあえず、大きな倉庫は絶対に必要だよね。各地から集まってくる産物を保管しておかなきゃいけないし。僕の亜空間に置いておいても仕事は回せないわけだから。
僕はレシーナから受け取ったいくつかの書類を持って、本部にある宴会場に向かう。するとそこには、七十名ほどの組員が片膝をついて僕の登場を待っていた。え、ずっとその体勢で待ってたの?
「筆頭、ご苦労さんです」
「「「ご苦労さんです」」」
「うん、お疲れ。全員、足を崩して楽にして」
僕がそう言うと、みんな思い思いに尻もちをつき始めた。やっぱり、ずっとその体勢はキツかったよね。
上座に腰を下ろしながらみんなの顔を眺める。
ここにいるメンバーは、ジャイロ配下で義賊団として各地の浄化結界を交換してくれた五十名。それから、レシーナ親衛隊としてその後の冬季巡業を完遂してくれた二十名である。なんか分かんないけど、声をかけたら全員商会に移籍してくれるっていう話になってね……セルゲさんもそれで良いって言うし。本当に良いのかなぁ。
「先ほどレシーナに書類を渡したから、これから正式に僕の商会が動き始めることになる……事前に話も通っていると思うけど、今日この場で、幹部の任命とみんなの職務内容の説明をしたいと思う」
そうして、僕はレシーナから受け取った書類を一枚ずつ見ながら話をしていく。
「まず、この組織の代表は僕、クロウ・ダンデル・アマリリス。副代表にレシーナ・サイネリアを置く。僕が不在の時にはレシーナの指示に従うように」
このあたりはみんな分かってるだろうけど、一応形としては宣言しておかないとね。
「そして……ジャイロ・カモミール」
「へい」
返事をしたのは、五分刈りの坊主頭で傷だらけの顔をした男。義賊団を率いていてもらっていたジャイロだ。若干十九歳ながら、
「君には舎弟
「……へい。謹んでお受けしやす」
「商会を作ると決めた時、僕が最初に思い浮かべたのは君の顔だった。君以上に信頼できる配下を、僕は知らない。苦労をかけると思うけど、これからは僕の弟分としてどうか力を貸してほしい」
「へい。拾ってもらった御恩、この命にかけてお返しいたしやす」
え、なんかすごく重い感じだけど。
大丈夫? あの、商会の幹部になってもらうってだけだからね? そんな涙を流すようなことじゃないと思うよ? ホントだよ?
「そういえば、ジャイロには恋人がいると言っていたけど、結婚とかはまだしないのかな」
「へい……筆頭の商会に入ることになって、収入が安定するもんで、一緒になろうという話はしておりやす」
「それは良いね」
結婚するんなら、勧誘もちょっとしやすいかな。
「奥さんが今の仕事にそこまで拘りがないなら、商会で働いてみないか声をかけてみてもらえるかな」
「い、いいんですかい? 学もねえ奴ですが」
「必要な知識は働きながら身につければいいけど、信頼できる人っていうのは貴重だからね……ジャイロの身内なら安心して仕事を任せられるだろう。もちろん無理にとは言わないよ、希望するならって話で」
なにせ仕事はいっぱいあるからね。各地からの物資の搬入も大仕事だけど、素材を加工して製品にする仕事もあったりするし、今はとにかく人手が欲しい状況だから。
ジャイロは泣きながらひれ伏してるけど……あの、そんな感動する話じゃないんだよ。本当にさ。
「さて、ジャイロ以下五十名には、商会の様々な業務を手分けして行ってもらう。物資の搬入搬出、事務や経理、必要な仕事は多い。まだ組織も立ち上げたばかりだから、今の役割分担は一時的なものだと考えてほしい。必要に応じて配置換えもするし、希望があればとりあえず聞くよ」
僕の言葉に、ジャイロたちは「へい」と頭を下げる。色々と大変だと思うけどよろしくね。
「次に、この場にはいないけど……ペンネローティシア・バンクシア。彼女を護衛頭に任ずる。レシーナ、ペンネと共に冬季巡業を行ってくれた二十名は、今後はペンネの下で働くこと」
「「「へい」」」
「君たちには商会関係者の護衛や、関係各所の警備をお願いすることになる。直近の仕事としては、近々再開する娼館パピリオの警備の任をお願いすることになるだろう……ペンネの指示に従うように」
ペンネちゃんの実家であるバンクシア家は、サイネリア組配下の御三家と言われる名門の一つだからね。実力的にも対外的にも、彼女の配置としては妥当なところだろう。
「医務頭にはガーネット・ガザニア。その配下としてブリッタ・コスモスを置く。ガーネットはガザニア一家のご令嬢だし、ブリッタは貴重な治癒魔法使いだ。くれぐれも彼女たちに失礼を働かないように」
「へい」
「隠密頭にはキコ・ブラックベリー。その配下として魔術師ジュードを置く。日常業務で彼女らが関わることはないと思うけど、商会を裏切るような真似をすれば首が飛ぶからね。気をつけるように」
「へい」
いや、今のはちょっとした冗談なんだけど。笑ってくれないとガチみたいじゃんね。さすがにみんなの首を刎ねたりはしないよ。
「娼婦頭としてニグリ・パピリオを置く。彼女は組長の女だから、みんな失礼のないようにね。近く再開する娼館パピリオの運営や、娼婦たちの世話をお願いすることになる」
まぁ娼館と言っても、これまでとは形の違うものになるけどね。ニグリ婆さんとは色々と相談してて、僕の腹案をベースにかなり良い感じの……いや、悪い感じの? とりあえず新しい商売を始められそうだと思っているんだよ。
「では……ジャイロ。盃の準備を」
「へい」
あらかじめ段取りを組んでいたのだろう。
ジャイロは僕の盃に酒を注ぎに来て、配下たちは周囲の者たちと酒瓶を回して互いに酒を注ぎあっている。うん、さすがに苦楽を共にしただけあって良い連携だ。
「さて、ジャイロ。これが君へ与える最初の仕事だ。乾杯の音頭を頼むよ」
「へい、兄貴。それでは……」
ジャイロは自分の盃を持って立ち上がると、みんなのことをぐるりと見渡す。
「……兄貴の、クロウ・ダンデル・アマリリスの覇道は、我らが支えるぞ。
「「「乾杯!」」」
ん? んんん?
アマリリス一家……一家? 僕の覇道? なにそれ。ちょ、レシーナ……?
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