06 冷静そうに見えるけど

 フルーメン市の繁華街にある一等地。

 そこにそびえ立つ「真っ黒な箱」に、人々は恐れ慄いているようだった。しめしめ。何しろこんな巨大な建造物が一日でドドンと現れたんだから、そりゃあみんなびっくりするだろう。狙い通りだ。


 ついつい頬が緩んでしまっている僕の横では、ニグリ婆さんが少し呆れた顔をしている。


「お主、とんでもないモノを建てよったな」

「なかなか良いでしょ。これで娼館パピリオに纏わりついていた暴力事件っていう凄惨なイメージは、一気に塗り替えられると思うよ」


 黒い直方体っていうのは、やっぱりインパクトがあるしね。

 柱の部分は黒い石になっているんだけど、その表面には魔鋼で形作られた魔力防壁の術式回路が彫り込まれているから、セキュリティもバッチリだ。夜になると回路部分が紫色にボウっと光るのも、ちょっとしたオシャレなポイントなんだよね。

 そして建物の上部。屋上部分には、何やら樹木がワサワサと生えているのが見て取れる。


「運営については別の機会に相談するとして、今日は施設を案内するよ。ニグリ婆さんからは忌憚のない意見をもらいたいんだ」


 そうして、ニグリ婆さんと共に建物の中へと入っていった。


「ふむ。内装はちょいと味気ないね」

「そうだね。もともと娼館に飾られていた美術品なんかはヴェントスの風刃魔法でボロボロにされちゃってたからさぁ。どこかで代わりの品が入手できないかとは思ってるんだけど」


 そうして、玄関口を入ってすぐのフロアに立つ。


「この扉はなんだい」

昇降機エレベーターだよ」

「えべれ……?」

「今は全ての階に止まるけど、オープン時にはお客さん用のエレベーターは移動できる階を限定する予定だからね。そのあたりの詳しい運用についても、後でまた相談しよう」


 なんだか面白い顔になっているニグリ婆さんをエレベーターに押し込むと、僕は屋上へ向かうボタンを押した。ポチッとな。

 エレベーターの壁面も水晶でできているから、地上からグングン上っていくのを視覚的にも楽しめる。ニグリ婆さんはプルプル震えながら僕にしがみついていたけど……まぁ、きっとすぐに慣れるだろう。


 ピロン、と音がしてエレベーターの扉が開く。


「ここは……ビルの最上部かい」


 ニグリ婆さんが呆然と眺める先では。

 屋上の四隅に設置された樹木。その幹に刺さったパイプから水が流れ出て、中央に大きな池を作っている。そして池のほとりでは、サングラスをかけた小人ホムンクルスが四人ほど、小さなビーチチェアに背中を預けながら、フルーツジュースをストローで啜っていた。優雅だねぇ。


「どうして小人が……サングラス」

「うん。あの小人たちには樹木の設置や世話をお願いしたんだけどね。その報酬として、ここに秘密のリゾートを作らせてほしいって言われて」


 四隅に設置してある樹木は揚水樹といって、前世でのポプラに似た感じの木である。これが乾燥地帯でも地下深くまで根を伸ばし、魔力を使ってポンプのように水を吸い上げる性質を持っているんだけど。

 どうも小人たちの使う妖精魔法のテレパシーは、植物に対しても有効みたいだからね。揚水樹に『ほら、もっともっと根を伸ばして』『もっと下の方に水があるよ』『もうちょっとだ、頑張って、君ならできる』と無茶を言って、地下階に設置した水タンクまで根を伸ばしてもらっているのだ。


 屋上にはその他にも、背の低い果樹や花が雑多に並んでいて、彼らはそれらを気ままに採取してはリゾート生活をのんびり楽しんでいるらしい。いいなぁ、すごくスローライフっぽい。


「あの小人たちは結婚したらしいんだよね」

「おや。夫婦二組ってことかい?」

「いや、多夫多妻らしいよ。自由だよねぇ……あぁ、小人は基本的に錬金術で作成される生物だけど、どうやらちゃんと子孫を残すこともできるみたいなんだ。どうやって生むのか想像もつかないけど」


 知らないうちに家まで建てちゃって、ここに定住する気まんまんの小人たちを眺めながら、僕は設備の説明を続ける。


「この建物の魔力供給源は大きく三つ。黒いビルの表面で集めた陽光の熱。屋上から地下まで下りていく流水。あとは魔石だね」

「ふむ……設備の維持に必要な魔石は、ちょいとばかり高くつきそうだねぇ」

「あぁ、それはニグリ婆さんの考えてるよりかなり抑えられると思うよ。先に地下の設備を見に行ってみようか」


 そう話をしながら、ニグリ婆さんを連れて再度エレベーターに乗り、地下に降りる。


「このエレベーターってのはいいねぇ。客の中には足の悪いのもいるが……これなら移動もずいぶん楽だろう。最初は面食らうだろうが」

「やっぱり驚くかな」

「そりゃそうさ。だが、初めて来た客と会話のとっかかりを掴むのには使えそうだ。悪くないね」


 ニグリ婆さんは既に、この建物を使った娼館運営について色々と思いを馳せているらしい。頼もしいなぁ……結局のところ、僕はどこまで行っても素人だからね。具体的な運営については彼女にお任せするしかないし、それが一番だろう。


 さて。地下には色々な錬金装置が置いてあるわけだけど、最も目を引くのは中央にある水生成装置だろうか。

 巨大な水晶筒は汚水で満たされており、その中央には、まるまると肥えた宝石のようなモノが鈍く光っている。


「これは……もしかして魔宝珠かい?」

「惜しいね。これにもうひと手間かけると魔宝珠になるけど、これ自体はまだ魔石……泥沼ボグスライムの核球だよ。この汚水もスライムの体液なんだ」

「お主、まさか魔宝珠を作れると……いや、今の本題はそこじゃないね。どれ、設備の説明を聞こうか」


 やっぱり人工魔宝珠はあんまり一般的じゃないのかなぁ。


 さて、このスライムは僕の亜空間の中で爆誕した女王個体の泥沼スライムである。辺境にいた頃はスライムの女王個体なんていなかったけど、亜空間の中でついつい高濃度の瘴気をあげてしまった結果、こういうのが生まれてしまったんだよ。

 魔物というのは不思議な生態をしていて、次世代の個体を産む際には環境に合わせて子の性質を少しずつ変化させる。厳しい環境ほど戦闘能力が突出したものが生まれやすいし、瘴気が多ければ繁殖能力がとんでもないものが生まれてくる。それらが異常個体や女王個体と呼ばれるわけだね。


 スライムというのは暗く狭いところでじっとしているのが大好きらしいので、装置に組み込むのも容易である。そうして一定量の瘴気を与えると、育った核球から小さな魔石が分離して、子スライムがポロポロと生み出されるのだ。

 生まれた子は下部に斜めに張った魔鋼の網に落ちてきて、汚水と核球に分離される。汚水の方は浄化装置を通って、綺麗な水が揚水樹の根の方へ流れる。一方でスライムの核球は火に炙られながら中の魔石を取り出されると、魔石タンクに溜めこまれて設備の動力となる……という仕組みだ。


「浄化装置から出る汚泥は脱水して押し固めておいて、定期的に運び出すことになるかな。これも別の素材になるから」

「ふむ。錬金装置から排気される瘴気で水と魔石を生み出し、それを使ってまた錬金装置を動かす……これは、永久機関というものか?」

「いや、永久機関にはならないよ。瘴気から魔石を生み出して循環させても、結局は使用したエネルギーの一部しか戻ってこないしね。どうしたって目減りしていく一方だから……そこに陽光の熱と流水から取り出した魔力を足して、あとは定期的に外部からの魔石補充も必要になる。まぁでも、そこは僕の商会から安価に提供する予定だから、この娼館が魔石代で破産する心配はしなくていいはずだよ」


 ひとまず、何も工夫をしないでポンポンと魔道具を配置して魔石食い虫みたいにするよりは、だいぶ低コストで運用できるとは思う。


「この建物の基幹部分はこんな感じかな。どう?」

「ふむ。驚き過ぎて腰が抜けそうだが」

「その割に冷静そうに見えるけど」

「そりゃね。私の歳で腰を抜かしてすっ転ぶのは、生死に直結する大問題さ。これでも気を張って生きているんだが……まだ設備の案内は残っているんだろう。私は最後まで生きていられるかねぇ。ククク」


 いや、設備案内で死なれたら困っちゃうよ。そこはちょっと気をつけてもらわないとね。

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