05 元気があって大変よろしい
治療を終えたアマネがようやく目を覚ましたのは翌朝のことだった。
彼女はぼんやりと目を開けて、僕を見て、それからペタペタと自分の顔を触ったと思ったら、「鏡はありますか」と聞いてきた。
「はい、どうぞ。まだ手鏡を持てるほど握力が戻ってないだろうから、僕が持ってるよ。この角度で見えるかな」
そうして、彼女の顔を手鏡に映すと。
しばらくして。
しゃくり上げるような泣き声が、静かに聞こえてきた。
うん、よかったね。魔法がある世界とはいえ、顔がズタズタに引き裂かれるのはショックが大きかっただろう。治るかどうか、ずいぶん不安だっただろうけど。
「あとは時間をかけて回復を待つのみだよ。無理はしないように。今は痛み止めが効いてるけど、まだ全身が痛むと思うから。
そう話しながら、サイドテーブルに痛み止めの錬金水薬の小瓶を置く。彼女は組長の孫だからか魔力も強いし、完全回復までそう時間はかからないだろう。
「激痛に耐えて、よく頑張ったね。もう大丈夫だから、ゆっくり休んでて」
「あの。ありがとう、ございます。治療代は頑張って支払いますから」
「いらないよ、そんなの。別に大した治療をしたわけじゃない。それに、娼館パピリオは僕の商会の傘下になる予定だからね。つまりアマネ・パピリオは僕の大切な身内になるってことだ。君から治療費をとるつもりは一切ないよ」
僕の言葉に、アマネは目を丸くする。
「申し遅れたけど……僕はサイネリア組の次期若頭候補筆頭。クロウ・ダンデル・アマリリスだ。これからよろしくね」
「クロウ、様」
「とにかくそういうわけだから、君は何も気にせずゆっくり休んでいるといい。他のみんなも元気になって、君のことをずいぶん心配していたよ」
アマネは安静が必要だったから今は個室に移ってるけど、数日くらい様子を見たら大部屋に合流しても問題ないだろう。
「ミミ、出てきてくれるかな」
「はーい。あ、アマネちゃん目覚めたんだね」
「うん。アマネに紹介するけど、こちら
ここから先の看病はミミたち小人が全力で手伝ってくれるっていうから、美味しいものを食べながらのんびりしてくれればいい。
そんなことを考えながら、ふと振り向けば、そこにはガーネットとブリッタが片膝をついて控えていた。いつの間に君たちまでニンジャになったんだろう。流行ってんのかな。
「ガーネット。アマネの回復までのサポートや、必要な錬金薬の調合をお願いしてもいいかな」
「はい、クロウさん。お任せ下さい」
「ブリッタにも、治癒魔法を使った細かなケアをお願いしたいんだ。良いだろうか」
「筆頭……はい。私にぜひ手伝わせて下さい」
二人揃ってなんだか恭しい感じだけど。
どうしたの、何かあった?
首を傾げる僕に話しかけてきたのは、ガーネットだった。
「あの、クロウさん。後ほど……アマネさんの大手術について、あの時に一体何をどうやっていたのか、どうしてあの状態から傷跡一つなく回復させられたのか……勉強会を開いてもらうことはできますか?」
「それはいいけど、ガーネットとブリッタだけでいいのかな。他に聞きたい人がいれば一緒に話すけど」
僕がそう言うと、ベッドの方から小さな声が聞こえる。
「私も……聞いて、いいですか?」
「アマネ? あぁ、自分の体のことだもんね。分かった、じゃあ時間を作って、君がもう少し回復した頃に勉強会を開こうか……ニグリ婆さんも聞きたがりそうだなぁ。声だけはかけておこうかな」
ちなみにミミは、「あたしは難しい話は分かんないからパスで!」と宣言していた。元気があって大変よろしい。
◆ ◆ ◆
さてと、ここからは楽しい建築タイムだぞ。
娼館パピリオの建物は、いつ倒壊してもおかしくないほどボロボロにされてしまっていた。
もちろん、頑張って補修することも不可能ってわけではない。だけどニグリ婆さんと相談した結果、この機会にドドンと建て替えてしまうのが良いだろうという話になったのだ。
建物の区画を板材で囲い、目隠しをする。
「まずは解体。といっても、やることは収納だけど」
ここにいた人間は全て亜空間に滞在しているため、あとは建物を問答無用で収納していっても問題ない。最上部の屋根から床、調度品に至るまで……基本的に傷んでるから、素材としてキューブ状に変化させてしまってるけどね。ズタズタになった絵画なんかはどうしようもないから破棄だ。
解体作業をしながら思考を巡らせる。
新しい建物は、セキュリティを重視しないとね。
サイネリア組の配下には御三家と言われている古い家が存在している。セルゲさんやペンネちゃんの所属するバンクシア家。組織の中でも武闘派として知られるベラドンナ家。そして、今回問題を起こしたヴェントスの所属するクレオーメ家である。
それら三家はサイネリア本家との血縁はもちろん、多くの幹部を輩出して、組内にそれぞれ派閥を持っているらしいんだけど。
つまり、ヴェントスの生家であるクレオーメ家はかなり大きな家なんだよね。今回の件に関連して、娼館パピリオに何かしてくる可能性だってある。そういうのを踏まえても、ここはセキュリティをしっかり考えた建物にするべきだろう。
「てってれー、クラフトシャベル」
魔術で地下を探査してみたけど、ここの地盤はそれほど強固なものではなさそうだった。それなら、その改良から始めないとね。
サクサクと爽快な作業音とともに、一気に地下を掘り進めていく。ちなみに、敷地外の上水管、下水管、瘴気排気管に繋がるパイプは一度堰き止めているから、あとでつなげ直すつもりだ。
そうして掘っていったんだけど。うーん。
――この謎の地下通路は、どういう扱いをすれば良いだろう。
地下のかなり深い場所に埋設されている通路は、パピリオの敷地を素通りするように配置されている。見たところ、かなり古い年代の遺構みたいだから、文化保存的な意味合いであまり壊したくはないよね。
とりあえず、いつでも地下通路に入れるよう秘密の出入り口だけ作っておくことにしよう。探索するかどうかは後で考えるのがいいか。
「古い遺構かぁ……どこに繋がってるのか気になるけど。それより今は、建築が優先だからね」
石造りのしっかりした地下通路を避けるようにして、そこそこ硬い石の層まで掘ったら……あとは魔鋼の筒を深く突き刺して、コンクリートで固定しながら、建物の地盤を固めていく。
魔法があればクラフトゲームみたいに建築できるのがこの世界の楽しいところだよね。前の世界ならこうはいかなかっただろう。
今回は地下にも色々な設備を置く予定なので、地表よりも少し深いところまで石とコンクリートで埋めたら、クラフトハンマーでひと叩き。配置したキューブをしっかりと同化させて、地盤を固める。
「てってれー、建築キューブ」
さて、僕が建築をする時によく使用するのが、この建築キューブ――魔鋼の骨組みに石のパネルを貼り付けた、中が空洞になっている特製のキューブである。もちろん六面のパネルは木材バージョンなどにも入れ替えが可能で、建築物の壁材はけっこう融通が効くようにしてあった。
まずはこれをクラフトゲームのようにぽんぽんと配置しながら、キューブ同士の接着面のパネルを取り去っていく。それで、内部に魔鋼の筋を通してから空洞をコンクリートで満たし、魔力を流して固めるのである。シルヴァ辺境領でもこんな感じで色々な建物を作っていったんだけど、なかなか便利なんだよ。
今回の建物は黒い建物にしたかったので、黒石の建築キューブと、黒い水晶窓を多用することになるだろう。くくく、今回もなかなか楽しい建築になりそうだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます