04 たぶん僕のせいだと思う
娼館パピリオの建物はいつ倒壊してもおかしくなかったので、従業員のみんなは一旦亜空間の中に避難してもらった。
最近使ってなかった亜空間牢獄の大部屋を少し改装した感じなんだけどね。牢獄って言わなければバレないだろう、大丈夫大丈夫。
大怪我をしていたアマネの治療は終わったけれど、彼女はまだ眠りこけている。今のところ問題はなさそうだけど、念のため個室に入ってもらって、ニグリ婆さんと僕が付きっきりで様子を見ることにしていた。
「どうだい。アマネは美人だろう」
ニグリ婆さんは静かにそう言った。
「そうだね。これほどの美人だと、一番人気っていうのも頷けるよ。この綺麗な赤髪は、組長の血筋を感じさせる髪色だよね……でも一体、何があったの?」
「ふん。問題はその血筋にあるのさ」
そう言って、彼女は少し疲れたように床に腰を下ろした。
「あの風刃魔法使いの男。ヴェントス・クレオーメは、サイネリア組の中でもエリートと言える血筋の者だ。クレオーメ家からは代々組長の側近が輩出されておる。その上、ヴェントスの母親は組長の長女だ。直系ではないが、奴が組長の孫であるのは間違いない」
それは事前に資料でも読んでたけど。
ヴェントスは組長の孫。レシーナやアマネから見て従兄にあたり、次期若頭候補の中でもそこそこの有力株と目されていた男だと。それがどうして、こんな事件を引き起こしたんだろう。
「原因はお主だ、クロウ」
「ん? 僕?」
「そうさ。ポッと出の庶民がレシーナの婚約者になり、次期若頭候補筆頭に指名されて幹部入りした。その影響と混乱は、お主が思っている以上に大きなものぞ」
そんなことを言われてもなぁ。
そもそも望んで得た立場じゃないし。
「ヴェントスはこう考えたのだろう。同じ組長の孫であるアマネを手に入れることが叶えば、後継者レースでお主を追い抜くことができる」
「えぇ……無理じゃない?」
「ほう。お主はそう思うか。なぜだ」
「だって後継者を指名する組長と若頭が、血筋をまったく重視していないわけだし。そもそも僕なんかを次期若頭候補筆頭に祭り上げるような人たちだよ? 血筋を強化したからって、だからどうしたとしか言われないと思うけど」
巻き返しを図りたいんなら、そもそも打ち手を間違ってると思うんだよね。
「必要なのは、血筋の強化より実績じゃないかな」
「ふむ。魔銀のインゴットを三百も上納した男に実績で勝たねばならんのか。それもまた茨の道ぞ」
「え、なんで知ってんの? それけっこうな機密情報だと思うんだけど。え、どこルートの情報?」
「ククク。私はこれでも情報屋で食ってるのさ」
浄化結界を鋳潰した魔銀インゴット三千のうち、一割である三百を上納したのはつい半日前だ。それを知ってるのは、事務局でもほんの一握りのはずなんだけどなぁ。
「まぁ、そんなわけで……ヴェントスという男は、うちの一番人気の娼婦アマネをよこせと言ってきた。たいして通い詰めたわけでもない、求愛権も買わないようなケチのくせにね」
「求愛権?」
「ふん。うちは場末の娼館とは違うからね。店でも一握りの高級娼婦は、自分で客を選ぶことができる。金持ちの客は、憧れの娼婦を口説く権利のためだけに、なけなしの金貨を一つずつ積み上げるのさ。その娘の最初の男になりたくてね……なかなか可愛いだろう?」
なるほど、なかなかワルい商売してんだなぁ。
「この子はまだ十八になったばかりだ。だからあと二年くらいは焦らしに焦らして求愛権の金額を吊り上げ、私も認めるような良い男に口説き落としてもらおうと思ってたんだが……ね」
そこにヴェントスが現れた、と。
それで見事に振られた彼は、ブチ切れて魔法をぶっ放したってことになるわけだけど。うーん……こんな大惨事を起こすほど激昂するもんかなぁ。どんな会話があったんだろう。詳しくは当人じゃないと分からないだろうけど。
「こんな事件があって、店の評判は地の底さ。アマネの高級娼婦としての将来も閉ざされた。そう思っていたが……お主は奇跡を起こしてくれた」
「奇跡だなんて大げさだよ。僕は出来ることをやっただけだし。応急処置も適切だったから、治療自体はむしろ容易な部類だったと思うよ」
「ククク。本当に……お主はゴライオスの言っていた通りの男なのだな」
ニグリ婆さんはニヤリと笑って、僕の肩を叩く。
「良いだろう。この娼館はお主の商会の傘下に置かれることになる。事務局には、経営を立て直すところまで手を尽くせと申し付けてあるからな……当然、お主はしっかりと計画を立ててあるのだろう?」
「えー、無茶言わないでよ」
計画を立てる時間なんてあるわけないじゃん。それより、怪我人の治療が先だったんだから。
「娼館の運営を立て直す腹案はあるけど、それを実現可能な計画に落とし込むのはこれからだよ。僕は現場のことを何も知らないんだから、ニグリ婆さんにはしっかり相談に乗ってもらうからね」
僕がそう言うと、ニグリ婆さんはそれはもう可笑しそうにケタケタと笑いながら、僕の背中をバシバシと叩いてきた。んー? そんな変なこと言ったつもりはないんだけどなぁ。
◆ ◆ ◆
キコとジュディスが調査任務から帰ってきたのは、その日の真夜中のことだった。僕の前に、シュタッと片膝をつく二人。おう、ニンジャだ。
「クロウ、飴ちょうだい」
「はい、あーん」
「あー……ん。最高」
「キコ姉さん。それ毎回やるんですか?」
ジュディスが仮面を外しながらそう呟くけど、キコは一切気にすることなく果汁飴を舐めてご満悦の様子である。けっこうマイペースな子だよね、キコって。
「クロウ様。キコ姉さんが飴モードのようなので、調査結果についてはボクから報告します」
「うん。よろしく」
なんかジュディスがいつもよりしっかりしてる気がする。気のせいかもしれないけど。
「まず、本格的な調査は明日以降に行おうと思っています。なにせ消えたと言われる村落までは、フルーメン市から馬車で半日はかかる距離なので。その方針で良いでしょうか」
「うん。それでいいよ」
「はい。なので今日は足を運べる範囲内で調査をしていたのですが……ボクは村の生き残りと思われる人たちに接触しました。どうも村民は村落の産物をフルーメン市に売りに来ていたところ、突然帰る村がなくなったみたいです。今は貧民街の建物の一つに身を寄せて、日雇いの仕事で食いつないでるようでした」
なるほど。全ての住民が消えたといっても、外に出ていた人たちは被害を受けなかったってことか。
「それで、村の人達に聞いてみたんです。最近なにか変わったことはなかったかと。そうしたら」
「うん」
「村の周囲で最近、急に瘴気が濃くなった……と。なので、村の若い衆が近隣の森で魔物素材をたくさん手に入れて、それをフルーメン市に売りに来ていたらしいのです」
なるほど。それは……どうにもシルヴァ辺境領の人体実験のことを思い出してしまうな。
瘴気濃度の変化は自然現象としてよく発生するものだけど、その後の村の消失事件を考えると、どうもきな臭いように感じてしまう。
そうして色々と話を聞いていると、キコがスッと手を上げた。
「一方の私は、フルーメン市の大神殿に侵入しようとして……失敗した。ダシルヴァ市の神殿とは比べ物にならないほど強固な魔力防壁で守られていて、出入り口を守る神官兵も強く警戒している様子だった。入り込める隙がまったくない。何か特別な事情があるのか、そこまでは分からないけど」
あ…………うん。
「ごめんね。それはたぶん僕のせいだと思う」
「クロウの?」
「前に大神殿の書庫に通い詰めた時期があってね。おかげであそこの書籍については全て複製できたんだけど……どうやってバレたのか分からないけど、途中からやたら警戒されるようになっちゃって。それからずっと、フルーメン市の大神殿はセキュリティを重視するようになったみたいでさ」
僕の説明に、キコはポンと手を叩いて納得し、ジュディスは言葉を失って固まっていた。うん。
フルーメン市の大神殿は、帝国西部の精霊神殿の中核を担っている。各都市の神殿の業務や、各村落の小神殿に神官を派遣する取りまとめを行ってるらしいんだけど。
この大神殿は非常に歴史ある建物で、古い書籍にも丁寧に魔術をかけて保管してくれているので……つまり、忍び込む対象としてはすごく魅力的だったんだよね。過去の僕は、多少無理をしてでも侵入していたわけだ。
「理解した。つまり私の侵入技術は、クロウにはまだ及ばないということ」
「いや、魔法の性質が違うからね。僕の亜空間魔法にしかできないこともあれば、キコの影魔法にしかできないこともあるよ」
そうして、少しだけ魔法談義を行う。
なるほど、キコの影の形状変化には限界があって、あまり細長く伸ばすことはできないのか。そこは地道に修行するしかないだろうけど……たぶん魔手を器用に操れるようになれば、影魔法の操作も上手くなると思うんだよね。練習方法はどんなのがいいかな。
「キコ姉さんばかりズルいです」
「……ジュディス?」
「キコ姉さんには飴あーんとかして、魔法談義とかするじゃないですか。ガーネット姉さんともよく錬金術談義で徹夜したり、採取デートとか行くじゃないですか。ズルいズルい、ボクもクロウ様とイチャイチャしたいです。魔術の話をしたいです。デートしたいです。あーんしてほしいです。結婚してください」
あ、うん。魔術の話をするのは僕としてもウェルカムだけど、結婚は成人するまで保留だからね。僕は誰に対しても確約なんてしてないわけだし。予定は未定だよ。
とりあえず、状況が落ち着いたらどこかに出かけようか。偽装しているとはいえ、せっかく外に出られるようになったんだしね。
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