03 元通りに治せるよ

 亜空間拠点ホームでは、片膝をついた女の子が二人、僕に向かって恭しく頭を下げていた。


 うん。なんかこう、ニンジャ感があるよね。レシーナに刃を突きつけられていた僕より、二人の方がよっぽどニンジャしてると思う。いいなぁ。

 そんなことを考えながら、僕はまず片方の女の子に声をかける。


「ジュディス、顔を上げて」

「はい」


 ジュディスの姿は、ショートボブの金髪にローブ、長い杖という魔術師スタイルだ。


「君には長らく亜空間での生活を強いてしまったけど……そろそろ外に出てもらおうと思ってね。もちろん色々と偽装工作はするつもりだから、完全に自由に振る舞えるってわけじゃないけど」


 シルヴァ辺境領ではダンデライオン辺境伯の末姫としてあまりにも有名だったから、亜空間で生活するしかなかったけどね。今はもうフルーメン市に到着したし、お嬢様口調も頑張って修正したみたいだから、そろそろ外出しても良い頃合いだと思って。


「ジュディスにはこの仮面をあげよう」

「プレゼント……求婚ですか?」

「求婚の時に仮面を贈る文化なんて聞いたことないけど。これは魔道具の仮面だよ。偽装用の」


 使い方を説明しながら、白いノッペリとした仮面をジュディスに手渡す。

 ジュディスの正体を偽装する方法はみんなで色々と話し合ったんだけど、最終的には「男の子」として生活してもらうのがいいかなぁって話になったんだよね。体型については魔術師のローブでふわっと隠せると思うから、あとは声をなんとかするだけだと思って。


「その仮面をつけて喋ると、声がちょっと男の子っぽくなるんだよ。試してみて」

「……こうですか。あ、たしかに声が低くなりましたね。これならボクの正体も隠し通せるかもしれません」


 よし。ちょっとハスキーな感じで、何も知らない人が彼女と会話をしても男の子だと認識するくらいにはなってると思う。偽装としては十分だろう。


「その仮面姿の時は、ジュードって呼ぶことにするよ。僕の配下の魔術師ってことで」

「わかりました。つまり――謎に包まれた仮面の魔術師ジュード。なんとその正体は、クロウ様の五番目の妻ジュディスだったのである。こういうことですね」

「妻がどうとかは未定だけどね」


 とりあえず、この仮面を着ければ亜空間外での活動も大丈夫だろう。たぶんね。


 さてと。僕はもう一人の女の子に目を向ける。


「キコ、顔を上げて」

「ん。クロウ、飴ちょうだい」

「はい、あーん」

「あー……ん。最高」


 キコの口に果汁飴を放り込むと、彼女は満足げにコクコクと頷いている。良かったね。


 その姿はいつもの死神スタイルだ。黒曜石のような黒髪黒目に、黒い外套で真っ黒黒。また、彼女の得物である大鎌は魔道具にしたので、戦闘面でもかなり強化されているだろう。

 十四歳としてはまだまだ小柄だけど、肉もついてきたし背も伸びてきた。ずいぶん健康的になって、僕としては嬉しい限りだよ。


「さて、二人にはとある事件の調査をお願いしたい」


 そうして、僕は説明を始める。


 セルゲさんが頭を抱えていた案件の一つ。

 フルーメン市の西にあった村落が人も建物も含め一夜にして消滅した事件。次期若頭候補の一派も全員行方不明になっている。何が起きたのか定かじゃないけど、なんかきな臭いんだよね。二人にはこれの調査をお願いしようと思って。


「今も騎士団が調べてるらしいけど、サイネリア組としても黙って見ているわけにはいかないからね。いなくなった組員たちの行方も探したい」

「ん。わかった」

「ボクに任せてください!」


 役割分担としては、表ではジュディスが聞き込みを行いつつ、影に潜んだキコが裏から情報を探る、みたいな形を想定してる。


 なんやかんや、ジュディスは人と話すのが得意みたいだからね。キコの影魔法の有用性は改めて語るまでもないし、人選としては悪くないと思う。

 まぁ、そもそもキコが「ジュディスを連れていきたい」って相談してきたんだけどね。


「僕は娼館の件の対応をしているから、また夜にでも状況を聞かせてほしい。よろしくね」


 そうして、僕はキコとジュディスを送り出した。


  ◆   ◆   ◆


 そして、やってきたのは娼館パピリオ。

 ここはフルーメン市の歓楽街にある高級娼館らしくて、サイネリア組との関係も深い。ここの店主のお婆さんは組長の情婦だって話だけど。今は暴力事件が起きて、店自体が休業中だ。


 ガーネットとブリッタは亜空間に待機してもらってるため、今は僕一人だ。店の前には強面のお兄さんがいて、人が近づかないように通行人を威圧しているけど。


「お疲れ様、サイネリア組から来た者だけど」

「ああん? ここはガキの来るところじゃ――」

「次期若頭候補筆頭、クロウ・ダンデル・アマリリスだ。この機会に顔を覚えておいてよ」


 少し魔力を滲ませるだけで強面お兄さんは顔を青くして固まるので、彼の横を堂々と通って店の中に入る。うーん、これはセキュリティとして大丈夫なんだろうか。ちょっと心配だ。

 まだ患者の姿は見てないけど……血の匂いがここまで漂ってきているから、娼婦たちは相当な大怪我をしてるんだろう。


 すると店の奥から、僕と同い年くらいの女の子がずいぶん慌てた様子で現れる。


「こんにちは。サイネリア組から来た者だけど」

「は、はい。お待ちしておりました。案内いたしますので、奥にどうぞ」


 事務局の資料によると、この店で暴れた次期若頭候補は魔法で風を操るらしい。廊下を進みながらあたりを見れば、柱も壁も調度品も、全体的に細かい傷がついていた。建物が倒壊していないのが不思議なほど全体的にボロボロだ。


 そうして部屋の奥にたどり着くと、そこはひどい有り様だった。

 冷たい床の上で小さくのは、身体中に包帯を巻いた三十人ほど。セルゲさんは「応急処置は済んだ」と言っていたけど、まだみんな辛そうにしていた。


 状況を見ている僕のもとに、険しい顔をしたお婆さんが現れる。


「娼館パピリオの店主、ニグリ・パピリオだ」

「サイネリア組のクロウ・ダンデル・アマリリスだ。本来なら長ったらしい挨拶をするところだけど、どうもそんな状況じゃないみたいだね。さっそく治療を始めるよ――ガーネット、ブリッタ」


 亜空間から二人に出てきてもらうと、僕は患者の様子を見ながら担当を割り当てていく。

 比較的浅い傷を治癒魔法で塞ぐだけの者は、ブリッタのもとへ。骨折などがあって錬金薬による治療が必要な者はガーネットのもとへ。そして一人、最も状態の悪い者が僕の担当だ。


 建物の状態や怪我人たちの様子を見るに、この惨状を生み出した風刃魔法は、モノの表面を撫でるように傷つける類の効果があるらしい。だから下手人から距離が離れていた者は、見た目は血みどろでも傷は浅く、治癒魔法や錬金薬で綺麗に治すことができるだろう。

 ただ、目の前で全身に包帯を巻かれている彼女を治療するには、もうひと手間かかりそうだ。


「君がアマネだね。僕はこれから君の治療をするクロウという者だ。よろしく」

「……ぁ」

「喋らなくていい。これから君に二つの魔道具を使用する。一つ目は睡眠の魔道具で、君を眠らせることのできるもの。二つ目は麻酔の魔道具で、君に痛みを感じなくさせるものだ。急なことで不安だろうが、どうか安心して身を任せてほしい。次に目覚めた時には、治療は終わっているだろう」


 ペンネちゃんとガーネットの魔法は、まさにこういう時にこそ役立つものだ。


 ほどなくして、眠りに落ちたアマネを治療用のベッドにそっと乗せる。そして、全身に巻かれた包帯を少しずつ剥がしていく。

 応急処置として水で薄められた錬金水薬が湿布されていて、物資が足りない中で最善を尽くしたことが伺える。ただ、本格的に彼女を治療するにはこれでは足りないだろう。


 手袋とマスクをした僕は、魔手を何本か伸ばして、睡眠と麻酔の魔道具を彼女にかけ続ける。そうしながら、亜空間から真新しい薬を取り出すと、ピンセットで湿布を剥がしながら順に治療をしていく。砕けてしまっている骨は細い魔手で一つ一つ丁寧に位置を調整して錬金薬で接合し、ズタズタだった神経も元通りに繋げていく。彼女の身体に負担をかけないためには、それらを手早く行う必要があるわけだけど……この世界には思考加速スキルなんて便利なものもあるからね。やっぱり魔力は偉大だ。


 そうしていると背後から、先程のお婆さんがヌッと近づいてきた。


「……お主、クロウといったな」

「ニグリ婆さんだっけ。どうした?」

「私の孫は……アマネは治るのか」


 なるほど。ニグリ婆さんにとって、アマネは孫になるのか。

 アマネの魔力は一般人にしてはかなり強いから……うん。もしかしなくても彼女は組長の血筋なんだろうね。レシーナの従姉、ということになるはずだ。


「安心して、絶対に治すから。もし良ければ、詳しい話を聞かせてもらえるかな。一体何があって彼女はこんなことになったの?」

「……いや。治療を最優先してくれ」

「話しながら治療するから大丈夫だよ。今回の治療行為には耳も口も関係ないんだから、普通に会話しながら手を動かせばいいだけだし」


 そうしてニグリ婆さんから話を聞き出していく。

 どうやらアマネは至近距離で風刃魔法を受け、壁に打ち付けられたらしい。あちこち骨折しているのもそのためだろう。それでも即死しなかったのは、彼女の魔力の強さ故か。


「そんな心配そうにしなくても、ちゃんと治るよ。見たところ部位欠損はしていないからね。骨も神経も筋肉も肌も、元通りに治せる」

「ふむ……ゴライオスを治したのもお主だったな」

「組長? あぁ、たしかに組長の解毒治療をしたのは僕だよ。それをきっかけにして、次期若頭候補にされちゃったんだけどね……僕は荒事よりも平穏が好きだっていうのに」


 話しながらも、もちろん治療の手は止めない。

 並列思考は僕の得意技だからね。


 包帯を剥がし、異物を除去して、骨、神経、筋繊維、血管なんかをつなぎ合わせ、傷を閉じて肌を綺麗にする。傷が浅くて良かったよ。


 少しずつ慣れてきて速度は上がったけど、それでも全身を治すにはかなり時間がかかってしまった。


 アマネを治療し終える頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。気がつけば、さっきまで怪我をして呻いていた人たちも、ガーネットとブリッタも、僕が治療をしている様子を食い入るように見ているようだけど。

 うーん。そんな見てて面白いもんでもないと思うけどなぁ。

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