第三部 爆誕、アマリリス商会

第一章 繁華街の女傑

01 洗脳はやめようね

 春になると、精霊神殿は「春陽の儀」という祭祀を行って一年の始まりを祝い、民の平穏を祈る。


 それだけ聞くとハッピーなイベントなんだけど、冬に行う「年輪の儀」とは違って、この春陽の儀はみんなのテンションが下がる残念なものである。というのも。


「神殿への寄付と、貴族への人頭税……家計への負担が半端ないよね。せめて徴収時期を分ければいいのに、どっちも春だもんなぁ」


 僕がボソッと呟くと、レシーナはため息交じりに答える。


「貴族が人頭税を集めるのも、神殿が寄付を集めるのも、その根拠は精霊経典の記述だもの。時期や方法が似てくるのは当然ね」

「まぁ、そうなるか」


――春陽とともに年の始まりを祝い、民衆は自らの身銭を切って支配者へ捧げよ。支配者は民衆を慈しめ。


 正直、今の時代は貴族が統治しているから、神殿に寄付をするのは税の二重取りみたいになると思うんだけどね。神殿はなんやかんやと屁理屈を捏ねて支配者面を続けてるんだよ。

 民衆は春陽の儀で「寄付」という名の下に精霊神殿に一定の金銭を徴収され、春が終わるまでに領主に人頭税を納めなきゃいけない。これがけっこうな負担なんだ。


 さて、そんな話をしている僕らはまだシルヴァ辺境領からフルーメン市に帰る途中だった。村落で行なわれた儀式に義務的に参列し、空き家を借りて腰を落ち着ける。なんだかんだバタバタしてるんだよね。


 僕がやってきたのは、亜空間庭園ガーデン

 そこにいるのは、畑を耕している小人ホムンクルスたちだった。


――あ、これスローライフだ。


 よくよく考えると、小人のみんなは僕よりちゃんとスローライフしてるんだよね。いいなぁ。

 すると、小人の取りまとめをしているミミが、満開の花のような笑みを浮かべて走ってきた。薄紫のポニーテールがぴょんぴょんと跳ねる。


「クロウ! あのね、じゃがいもがいっぱい収穫できたんだよ。大粒のやつがゴロンゴロンしてて――」


 小人は身長三十センチほどの、錬金術によってフラスコの中で生み出される生命体だ。長耳人エルフに似て耳の先が少し尖っているのが特徴で、淡い色の髪はみんな違っていてカラフルだ。


 精霊神殿の研究施設から助け出した小人二十名は、これまでガーネットの錬金工房で彼女のサポートをして過ごしていたんだけど。看病していた少数民族の六名がかなり回復してきたから、ちょっと時間を持て余してる感じだったんだよね。

 だから、僕の亜空間庭園ガーデンに彼女たちを連れてきてみた。もちろん瘴気の濃いエリアに行かせるつもりはないけどね。魔樹や魔草と違って、瘴気の薄い環境で育つ植物もあるから、そこなら過ごしやすいかなと思って。


「ミミたちが楽しそうで良かったよ。何か足りないものとか、不便なところとかはある?」

「そんなの全然ないよぉ。魔石も食べ放題で、花の蜜も吸い放題でしょ。畑まで用意してくれたし……あたし、天国に来ちゃったのかと思って」


 小人の居住区画には、ドールハウスのような小さな家が乱立している。この無秩序な感じがすごく小人らしいよね。一人一軒、自分好みの素敵なお家を作っていて……どこからどう見てもスローライフだ。いいなぁ。

 ミミたちは一時期、農業系の書籍をすごい勢いで読み漁っていて、自分たちもやってみたいと言っていた。だから専用の畑を用意してみたんだけど、それがかなりお気に召したらしいんだよ。


「あ、そうだ! あのね、クロウ。家畜を育ててみたいんだ。それでね、できたての美味しいバターで、じゃがバターを作ったら素敵だと思わない?」

「スローライフじゃん」


 スローライフじゃん。羨ましい。そうなると、牛みたいに乳を出す動物を家畜化する必要があるね。


「ミミたちが世話をするとなると、小さめのサイズの家畜かぁ。それで乳を出すやつ。今のところ心当たりはないけど……そういう生き物がいるか、とりあえず探してみるね」

「やったー! クロウ大好き!」

「ありがとう。みんなが育てる野菜は美味しいから、レシーナたちからもかなり好評なんだよね。これで家畜まで育て始めたら、食生活のレベルがとんでもないことになりそうだ」


 本来なら、小人たちは魔石だけで生きているから食事をとる必要はないんだけどね。でも嗜好品として食事を楽しむことはできる。彼女たちにはこれまで苦労した分、色んなものを食べて楽しく過ごしてほしいなと思う。


 そうして話をしていると、小人たちが背中に半透明の羽を生やして、パタパタと飛びながら蒸した芋を運んでくる。


――妖精魔法。


 人間の場合は一人ずつ違った魔法を行使するけど、彼女たち小人の魔法は全員共通のものらしい。

 背中に羽を生やしたり、テレパシーのように無言で意思を伝えたり、なんかそういうことが出来るみたいなんだけど……僕にも未だに、どういう魔法なのか全容は掴めていなかった。


「いやぁ、まさかあたしたちが魔法を使えるなんて、知らなかったよ。これもクロウのおかげ!」

「僕も知らなかったけどね。試しにやったスキル訓練がきっかけで魔法に覚醒するとは思わなかったよ。何でもやってみるもんだなぁ……テレパシーなんかは便利そうだから、僕も使ってみたいなと思うけど」

「そう? じゃあちょっと体験してみる?」


 ミミは背中に羽を生やして、パタパタと僕の左肩に飛んでくると、頭にしがみついてくる。


『ミミちゃん可愛いなぁ。結婚しちゃいたいなぁ』

「なるほど、こんな感じで声が聞こえるのか。表層思考に干渉する……機能を限定すれば魔力操作技術スキルで再現できるかもしれないね。練習してみようかな」

『ミミちゃん可愛……むーん、洗脳できない』


 洗脳はやめようね、物騒だから。


 そんな風にして、小人たちは僕の亜空間の中で幸せそうに暮らしている。めちゃくちゃ羨ましい。まぁ、いずれは僕もミミたちみたいにスローライフを送るつもりだけど。


 さて、小人たちの区画を離れてやってきたのは、ガーネットの錬金工房に併設された療養所だった。

 精霊神殿の人体実験の被害者である、三種族の男女六名。彼らはようやく意識を取り戻し、程度の差こそあれ少しずつ身体を動かせるようになってきている。とはいえ、まだ一日のほとんどを寝て過ごしているし、普通の日常に戻るには時間がかかるだろうけど。


 今、彼らを看病しているのはブリッタだった。

 長い藍色の髪を首の後ろで三つ編みにまとめた彼女は、獣尾人ファーリィの女性の足を曲げ伸ばしながら治癒魔法を行使している。


「あ、筆頭。ご苦労さまです」

「うん。僕のことは気にせず続けてね。寝たきりだと身体が凝り固まって辛いだろう……ガーネットから、そちらの女性が会話ができるまでに回復したと聞いてね。少しでも話せればと思って来たんだ」


 獣尾人の女性は六人の中で最も症状が軽く、回復も早かったのである。といっても、かなり危うい状態ではあったんだけど。


 少数民族、獣尾人。彼らの体は毛深くて、獣のような耳と尻尾がくっついている。魔法や魔術は苦手だけど、身体能力が高いことで有名な種族だ。


「……助けていただき、感謝します」

「かしこまらないで。楽にしてていいからね」

「はい……では、まずは自己紹介だけ。私の名はパモ、隣で寝ている夫はモルトといいます」


 なるほど、二人は夫婦なのか。

 研究資料によると、彼女らは十八の時に実験体として攫われて、二年間も瘴気漬けだったらしい。年齢から考えると新婚だったんだろうに。


「どんな風にして神殿に攫われたのか、分かる?」

「……はい」


 そうして、パモはゆっくり話し始める。


「私たちが暮らしていたのは、少数民族諸国連合の一つ、獣尾国。そこでは、若者たちの間で一つの噂話が囁かれていました」

「……噂話」

「はい。なんでも精霊神殿は、恋人の駆け落ちを裏で支援してくれているとかで。家の都合で引き裂かれた男女が既に何組も、精霊神殿の手引きで国を出ることに成功したと――そんな噂でした」


 パモはそう言って唇を噛む。

 そもそも精霊経典では、結婚相手は親権者が決めるべしとされている。どうも経典の書かれた時代は今よりも人類の生存が危ぶまれてたみたいだけど、正直今の時代には合ってないよね。


「私たちも、そんな噂に縋りついた一組でした。親の決めた結婚相手をどうしても受け入れられなくて、二人で手を取って神殿に逃げ込んだんです。実際に神殿に匿ってもらって、結婚式を上げて夫婦になり、隠れるように国を出るところまでは、噂通りでした」

「そして……実験台にさせられた」

「はい。お互いの身を人質に取られ、下手に身動きもできず。瘴気薬を流し込まれ……身体も精神も蝕まれていく。ずっとそんな日々が続いていました」


 それは、たしかに神殿にとっては有効な手段だったのだろう。

 噂話を流すだけで、実験に必要な男女がペアで寄ってくる。都合の良いことに、彼らは強引に連れ去らなくても、自ら率先して隠れて国境を越えてくれる。さらに、彼らの家族も「駆け落ちでいなくなった」と考えるだろうから、騒ぎにもなり辛い。なるほどな。


「ありがとう。まだ身体が辛いだろうに、色々と話してくれて助かったよ。瘴気中毒はもう大丈夫だろうから……まずはゆっくり休んで、今後のことは時間をかけて考えてほしい。地元に帰るにしろ、どこかで暮らすにしろ、できるだけ君たちの希望に沿えるよう努力するよ」


 僕がそう言うと、パモは安心したように目を閉じた。

 衝動的に魔力が荒れそうになるけど、ここは患者が療養している場所。感情的になってはいけない。そう自制しつつ僕が立ち上がると。


 そこで口を開いたのは、ブリッタだった。


「……許せません、絶対に。人の弱みにつけ込んで……そんなの」


 彼女はギュッと手を握り、何やら思い詰めたような顔をする。

 もしかするとパモの話は、ブリッタの過去に何かしら繋がるものがあったのかもしれないな……今のところ、詳しく聞く気はないけど。


「安心してよ、ブリッタ。僕も許す気はないから」

「……筆頭」

長耳人エルフ竜鱗人ドラゴニュートの二組も、たぶん似たような状況だったんだろう。まずは彼らを治療して、話を聞いてみよう。他にも被害者がいそうだから、なんとか実験施設を見つけて、助けてあげられるといいんだけど」


 僕の言葉に、ブリッタは力強く頷いた。

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