28 こんな時間がほしいと思ってた

 穢れの森には、ここでしか入手できない錬金素材が数多く存在する。

 というのも、魔草、魔茸、魔樹といったものが育つには一定以上の瘴気濃度が必要になってくるからだ。きっと魔境なんかに行くと、もっと色々なものがあるんだろうけど、さすがに踏み込めるかどうかすら未知数だからなぁ。


「今日は丸一日、採取に付き合ってもらいます」

「ガーネット、なんか怒ってる?」

「怒ってません。私が仮設治療所で精神をすり減らしている間に、クロウさんがノリノリで夢の辺境スローライフを送っていたからといって……全然怒ってません。クロウさんが魔物災害を阻止したのは事実なんですから」

「めっちゃ怒ってるじゃん」


 うん、悪かったとは思うよ。でもさぁ、まさか神殿がまともな医療神官を一人も送ってこないとは思わなかったんだよ。ガーネットにとっては、先人の知恵を学ぶいい機会だと思っていたんだけど、完全に当てが外れちゃった形だ。


「怒ってません。怒ってはいませんが……」

「が?」

「もうちょっと褒めてくれてもいいとは思ってます。頑張ったんですよ、私。自己アピールをするのが得意でない私が、自分でも自分を頑張ったと褒めたくなるくらいには、頑張ったんです」


 あー、うん。そうか。

 バタバタしていて、少し会話が不足してたかもしれないなぁ。ガーネットが頑張ったのは僕も知っていたし、一応僕なりに褒めたつもりではいたんだけど……どうもそれは、彼女の求めていた水準には足りていなかったみたいだ。ごめんね。


「よく頑張ったね、ガーネット。えらい」

「頭を撫でてください」

「よしよし、えらいよ。ガーネットは慣れない場所で必死に頑張って、たくさんの怪我人を治療したんだ。すごくえらい。本当によく頑張ったね」


 背の高い彼女がかがんで頭を差し出すので、僕はゆっくりと頭を撫でる。彼女の若草色の髪は、少し前まではボサボサな印象だったんだけど、今はすごく丁寧にケアされているようだった。なんかシャンプーとかコンディショナーみたいな錬金薬も作ってたしね。

 そういえば、彼女にこうやって触れる機会はこれまで少なかった気がするな。


「私もキコみたいに背が低ければ、クロウさんからもっとたくさん撫でてもらえたのでしょうか」

「……これからはいっぱい撫でるよ」

「約束ですよ。頻繁に可愛がってください」


 うんうん。やっぱりガーネットは、この短期間ですごく押しが強くなった気がするなぁ。

 成長というか……これは成長なのかな? とりあえず、変化はしてるよね。自己主張ができるようになったのは、すごく良い変化だと思う。


 穢れの森を歩きながら、時おり現れる魔物に魔弾を放ちつつ、珍しい素材を探す。ネズミの頭に寄生している魔茸なんて、一見するとグロテスクなんだけど、なかなかいい薬の材料になったりするんだよ。


錬金水薬ポーションを大量に消費してしまいましたからね。たくさん採取しておかないと……辺境伯家からも素材の補充はしていただきましたが、量はともかく質が微妙で」

「あぁ、精霊神殿の嫌がらせだね。露骨だなぁ」


 冒険者が集めてきた素材は、基本的にどの都市にも専用の買い取り所が設けられている。これは、貴族と神殿の共同運営って形なんだけどね。


 どうやら治療薬関係の素材は、一度神殿に集められるって決まりがあるらしい。それで、近隣の神殿間で融通し合うらしいんだけど。

 つまり、瘴気の濃い辺境で良い素材がたくさん手に入ったとしても、よその神殿に流してしまえばダシルヴァ市には何も残らない。ガーネットのもとまで供給されてこなかったということは、神殿が裏で手を回したんだろう。


「うーん……そうだな。ガーネットには見せておいたほうがいいかもしれない」

「何をですか?」

「僕のパワーアップした亜空間魔法だよ」


 そう言って、僕は亜空間の入り口を開いて、ガーネットに見せる。その中には、辺境の環境をそのまま再現したような瘴気あふれる環境が広がっていた。

 亜空間庭園ガーデンと名付けたこの派生魔法は、動物園や植物園みたいな感じの亜空間である。隔離された各栽培エリアは種類ごとに瘴気濃度を変えることができて、今はこの森で採取した魔樹や魔草なんかが植えられている。騎士人形ゴーレムを操作して採取作業も安全に行えるようにしてあった。


 例えばここにある人面柿の魔樹なんかは、普通の柿よりも甘みが豊富で肉厚だから、ペンネちゃんの干し柿用に確保しておいたものである。人が近づくと断末魔のような叫び声を上げるのだけが難点だけど、加工しちゃえばなんてことないしね。


「採取してからすぐ加工が必要な素材もあるからね。亜空間の中に辺境の森に近い状態を再現して、いろんな素材を栽培してるんだよ。だから、ガーネットもほしい素材があったらいつでも言ってね」

「あの。クロウさん。この亜空間内の瘴気は……」

「あぁ。瘴気っていうのは魔法の残滓だからね。僕の亜空間魔法は特に燃費が悪いから、維持しているだけで大量の瘴気を生み出してしまうんだ」


 今まではそれを、瘴気専用エリアに溜め込んでいたんだけど……ただ、将来的に瘴気が溢れてしまわないかは、ずっと心配してたんだよ。

 でもその問題も、シルヴァ辺境領で解決の目処がついた。


 実は体内魔力量が増えた分、僕の魔法で生み出される瘴気もずっと増え続けていたからね。内心ちょっとヒヤヒヤしてたんだけどね。積年の心配事がなくなって、とてもスッキリした気持ちだ。


「クロウさん。もしかして女王――」

「さぁて、いい素材はあるかなぁ。まだ回収してないものがあったら、積極的に栽培したいんだけど」

「まったくもう……仕方ない人ですね」


 ガーネットは気が抜けたように笑うと、足元の魔草を採取する。うん、ネム草の根は良質な睡眠薬になるからね。効き目の強いものだし、他の錬金薬と組み合わせるとなかなか良いものができる。


「でも、クロウさん。そんな便利な魔法空間を作っているのなら、わざわざ私と一緒に採取に来なくても良かったのでは? 正直、この辺りのものは回収済みですよね」

「それはまた別の話だよ。僕はガーネットと色々話をしながら、こうやって森を歩きたかったんだ。他の子たちとは錬金術の細かい話はできないし。シルヴァ辺境領に来てからずっと、こんな時間がほしいと思ってたから」


 前にも夜通し語り明かしたことはあるけど、最近は忙しくてなかなかそういう時間もとれなかったからね。こうして森に誘ってもらったのは、良い機会だった。


 僕の言葉に、ガーネットは見たこともないくらい顔を真っ赤に染め上げる。ん? そんなに恥ずかしい話をしたつもりはないんだけど。どうしたどうした。


「……他の土地に行っても、また森に連れて行ってくれますか。錬金術の話をしながら」

「もちろん。でも素材があるのは森だけじゃないからね。岩場には岩場の、湖には湖の、それぞれの素材がたくさんあるから。場所が変われば生態系も変わるし、まだまだ知らないことだらけだよ……一緒に色々と見て回ろう」

「はい。また近いうちに採取デートをしましょう」


 デート? まぁデートって扱いでもいいけど、本当に採取ばっかりしてる色気のないデートになっちゃうよ。ガーネットはそれで良いのかなぁ……良いんだろうなぁ。なんかすごいご機嫌になったし。


 そんな風にして、僕らはのんびりと穢れの森を散策していった。ガーネットの表情もかなり柔らかくなったし、なかなか楽しい一日を過ごせたと思う。

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