27 馬に蹴られちゃうからね

 亜空間の中では、小人ホムンクルスのミミが一人ぽつんと、小さな鉄板で豚鬼オークソーセージを焼きながらワインを飲んでいた。優雅だね。


「あ、クロウ。ご苦労さま」

「お疲れ様。もう体は大丈夫そう?」

「うん、すっかり良くなったよ。これもクロウとガーネットちゃんのおかげだね。ソーセージがいい感じに焼けてるから、一緒に食べようよ」


 小人たちは基本的にガーネットの錬金工房にいて、少数民族の患者の看護をしてくれてるんだけどね。ミミはわりと頻繁に僕と話をしに来てくれるようになって、亜空間の中でよくスローライフみたいなことをしている。いいなぁ。


「クロウの道路敷設はそろそろ終わった?」

「うん、やっと開通したところだよ。長かった」

「大変だったね。お風呂を用意してくるから、ちょっと待っててね。あたしが特別に背中を流してあげるよ。むふふ」


 うん、ありがとね。ミミって自由奔放なようでいてけっこう気が利くから、一緒にいるとのんびりと気を緩められるんだよ。楽しい子だからね。


 生産拠点とダシルヴァ市を繋ぐ道は、作るのにけっこう苦労した。

 なにせ生産拠点は穢れの森の深部にあって、ダシルヴァ市からはかなりの距離がある。この間に、地盤改良を行った平坦なコンクリート道を作って、浄化ランタン付きの馬車で安全に往復できるようにしたんだよ。まぁ、土木工事の経験を積めたから、僕としては有意義だったけどね。


 あと、コンクリートの材料になる石灰石なんかが不足しそうだったんだけど、穢れの森の奥にあった小さな石灰鉱山を丸ごと削らせてもらえたのは良かったよ。もちろん辺境伯に採掘許可をもらったけど、これでしばらくコンクリートには困らないだろう。


 そんなこんなで、クラフトツールを駆使して道を作っていくと、色々な人が連日立ち替わり入れ替わり見物に現れて、驚いたり騒いだりと忙しそうだった。

 その中でも、領主の三男だという錬金術師の青年はすごく熱い眼差しを向けてくれて、めちゃくちゃ質問攻めにされた。いやまぁ、生産拠点の管理にもすごく前向きな姿勢を見せくれたから、それはいいんだけどね。


 いやぁ、地味に大変な作業だったなぁ。


「クロウ、お風呂沸いたよー」

「ありがとう、今行くよ」


  ◆   ◆   ◆


 数台の馬車がダシルヴァ市と生産拠点と往復し、北門の側の物資集積所に素材を積み上げていく。そこからは荷車を押す男たちが、毛皮や綿を加工場に配送していくことになる。うんうん。

 輸送の段取りひとつ取っても、たくさんの人が仕事に関わっている。トラブルもあって騒がしかったりするけど、それがまた街の活気を作っていくわけだ。


 その様子を眺めながら、僕は繁華街の方へとフラフラ向かっていく。


「筆頭! ご苦労さんです」

「今日はどの娘と遊んでいかれますか?」

「待って。誤解されるからやめて。僕は一度たりとも娼館で遊んだことはないはずだよ。レシーナの耳に入ったら君らだって恐ろしい目に遭うんだから、もう少し考えて発言した方がいいと僕は思うよ」


 道行く人とそんな話をしながら、賑やかな通りを進む。


 繁華街の入り口には「湯屋サイネリア」と看板のかかった大きな建物がある。表向きは一般客が普通に入りにくるスーパー銭湯だけど、裏口からは娼婦たちが無料でこっそり風呂に入りに来られる。各種浴場、サウナ、マッサージルーム、食事処なんかを備えた総合リラクゼーション施設だった。

 設備の維持にはそこそこの魔石が必要になるけど、穢れの森の生産拠点から余剰分をもらうことで賄っている。なので維持費はそこまで大きなものにはなっていない。まぁ、辺境ではそもそも魔石が安価に手に入るって話もあるけどね。


 ここで働く従業員は、引退して食い詰めてしまった元娼婦が多かった。人材を探していたところ、コットン一家幹部のアイシャにぜひにと頼まれたので雇い入れた形だ。


 受付の子が僕を見て頭を下げる。


「筆頭。ご苦労さんです。お風呂ですか?」

「いや、アイシャに相談があってね」

「姐さんは……ちょっと声かけてきます」


 そう言って走っていくけど、大丈夫。分かってるよ。別に恋人たちの逢瀬を邪魔しようとは思ってないから。むしろ協力する側だから。


 ずんずん進んでアイシャの執務室の扉を叩けば、ドタドタと慌ただしく何かを片付ける音がして「どうぞ」という声が聞こえる。


「こんにちは、アイシャ。それとアルジラ」


 娼婦たちの取りまとめをしている女幹部のアイシャと、陶工たちの取りまとめをしているアルジラ。実のところ二人はこっそり男女のお付き合いをしており、お互いにかなり入れ込んでいるらしかった。僕は最近まで全く気づいてなかったんだけど。


「今日は二人に話があってきたんだ」

「俺にもですかい?」

「うん。じゃあまず、アルジラの要件から」


 亜空間から一つの額縁を取り出す。

 その中には、魔銅で形作られた紋章とともに、領主の名前が記載されている。今後はこれを工房の壁にかけて、陶芸に勤しんで貰うことになるわけだ。


 僕はアルジラに額縁を手渡す。


「アルジラ。君の作った新しい骨灰磁器が、辺境伯から正式に認められた。今後はシルヴァ磁器と呼称し、このシルヴァ辺境領を代表する産物となる」

「へ……へい」

「今後のことは領主の騎士と相談してくれ。それで手始めに、皇族や上級貴族へ贈る品を作成するよう指示が来るはずだ。どんな種類の磁器をいくつ用意するのか、デザインで気をつけるべきことは何か……そういったことは領主とよく相談して生産にあたってほしいんだ」


 僕がそう伝えれば、アルジラはポカーンと口を開けて固まる。分かるよ。いきなり皇族とか言われても困るよね。でも、これが現実だからさ。


「アルジラ」

「へい」

「粘土いじりしか出来ない役立たず、なんて君を呼んでいた者たちは、これから手のひらを返すだろう。粘土いじりで身を立てた陶芸職人。シルヴァ磁器の生みの親。そんな風にね」


 不遇の時間があまりにも長かったから、ちゃんと受け入れるには時間がかかるのかもしれないけど。だけどね。


「えっと、なんだったっけ。自分なんかと夫婦になったら、アイシャの格が下がってしまう――君はそんな泣き言を、酒場で漏らしていたと聞いたよ。今でもそう思うのかな」

「……それは」

「よく考えてみるといい。さて、次にアイシャ」


 僕が声を掛けると、彼女の肩がピクンと跳ねる。


「アイシャ。君にはこれから……コットン一家の頭領になって、家族たちの面倒を見てやってほしい」

「そんな……私は娼婦上がりです。それに女の私では、皆が納得しません」

「そのみんなから、推薦状を預かってるんだよね。君の能力を買っている人は多いし、性別や経歴で文句をつけてくる奴とはよくお話してきた。なにせ次期若頭候補筆頭の後ろ盾があるからね。胸を張って立ちなよ」


 僕はそう言って、懐から推薦状の束を取り出す。


 みんなとじっくり話をしたんだけど、幹部や古参のメンバーに有能な者の情報を聞くと、だいたいアイシャの名前が出てくるのだ。男社会のヤクザ一家の中で、女の身で幹部に上り詰めた才覚は伊達ではない。

 まぁ、元娼婦って経歴で少し引っかかる人はいたみたいだけど、僕が「何か問題ある?」って魔力を漏らしたら、顔を青くして推薦状を書いてくれたからね。別に強権をふるったわけじゃないんだよ。ちょっとお話しただけで……まぁ、彼女の能力なら何も問題はないだろうし。


「私は……」

「その推薦状を、一通ずつしっかり読んでみるといい。そしてゆっくり考えてほしいんだ……もちろん、アルジラとの未来についてもね」


 二人がお互いを深く思い合っていることはレシーナの読心魔法でも確認済みだ。まぁ、たとえ魔法がなくたって、二人に近しい人たちはもどかしく思っていたらしいからね。お前ら早く結婚してしまえって。


 そんな二人をその場に残し、僕は早々に退散した。長居したら馬に蹴られちゃうからね。きっと彼らなら、前向きな結論を出してくれると思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る