26 スローライフが夢なんだけどなぁ

 領城にある執務室。

 僕の目の前では、貴族らしからぬ困り顔を浮かべた辺境伯が黙り込んでいる。どうしたんだろう。


「……スタンピードを起こすほどの膨大な瘴気を元に作られた、とてつもない量の犬鬼コボルト毛皮、綿、猫蜘蛛シルク、豚鬼オーク革。それから豚鬼ソーセージ、吸肉葡萄のワイン、ブランデー。水晶器。そして、古代の製法を取り入れた新しい器――骨灰磁器」

「うん」

「無理だ。捌ききれない」


 うーん、無理かぁ。


 穢れの森の生産拠点は今でこそ生産量が落ち着いているけど、瘴気が濃いうちはものすごい量の素材を延々と作り続けていた。騎士人形ゴーレムで手分けしてどうにか仕事を回していたけど、並列思考スキルを鍛えまくっている僕でさえ他のことが手につかなくなるほどだったからね。

 猫蜘蛛シルクだけで考えても、糸引き後の糸束だけで在庫は数万に及ぶ。もともとが希少な高級品だから、下手に一気に市場に流したら値崩れどころの騒ぎじゃないだろうし……たしかにこれは、貴族家でもどうにもならないかもしれない。


「通常であれば領内の産物には生産税がかかる。だがこれだけの量となると現実的ではないな。スタンピードを収束させた英雄を税で破産させるわけにもいかない。手を打つとすれば……」


 うーん。僕としては、生産物はまるっと買い取ってもらって、領内の産業を育てるのに使ってもらえたらと思ってたんだけど。そう簡単にはいかないか。


「よし、こうしよう。穢れの森の生産拠点の産物ついては、向こう十年は領主権限で生産税を免除する」

「それってありなんだ」

「あぁ。あの生産拠点を“新規開拓村落”として扱うのならば、十年無税にするのは法の通りだ。書面上、クロウ殿を村長として登録しておこう。生産品はクロウ殿の資産として、売るなりなんなり好きにしてくれて構わんが……すまないな。本来なら、ダンデライオン辺境伯家の方で産物を買い取って処理すべきなのだろうが。さすがに手いっぱいだ」


 まぁ、貴族は商人ではないからね。さすがにこの大量の品をすぐに売りさばくのは無理か。ちなみに僕も商人じゃないから無理なんだけど。


「そもそもの話だが。近年新たな産業として盛り上がっていた綿製品の販路について調べてみたところ、どうも神殿の息がかかっていたようでな。今回の事件を受けて、取引をやめたいと言われてしまったのだ」

「それじゃあ」

「うむ。心当たりの商会をあたっているが、全滅でな。どうやら各方面に神殿からの圧力が強くかけられているらしい。シルヴァ辺境領の産業を手助けするような商売をしていると、目をつけられてしまうという話だ……我が家は、精霊神殿から本格的に嫌われてしまったらしい」


 うん。精霊神殿ってロクなことしないよね。


「おそらくはクロウ殿も、精霊神殿から良く思われていないだろう。私が貴殿に名誉騎士勲章を与えたのは、精霊神殿の理不尽から身を守る助けとなればと思ったのが最大の理由なのだが……しかしこの調子では、どこまで効果があるか疑問だな」

「いや、それでもあるのとないのとでは全然違うと思うよ。ありがとう。それにしても厄介だね、神殿は」

「本当に、悩ましい限りだ。どうか身の回りには気をつけてほしい。奴らは平和を説きながら、平気で武力行使もおこなうからな」


 名誉騎士勲章を与えるということは、僕に危害を加えればダンデライオン家が敵に回るぞと公言することに他ならない。

 なんだけど……それがどこまで精霊神殿に通用するかは、たしかに考えものだよね。


 それに精霊神殿って、子どもたちへの読み書き計算を教えたり、季節の行事や冠婚葬祭を牛耳ってる組織だからなぁ。下手に排除もできないんだよ。

 ダシルヴァ市の神殿には、さすがに先日の事件を受けて、穏健派の神官長が派遣されてきたみたいだけど。その素性も、本当に信用できるものなんだろうか。


「クロウ殿の手元には、既存産業である犬鬼コボルト毛皮と綿だけでも既に膨大な量がある。その上で猫蜘蛛シルクや豚鬼革までは、さすがに我が領では扱いきれない……販路もなく、職人も確保できていない今、どうにもやりようがないのだ」

「あー、なるほどね」

「努力はするが……既存の産業のことを考えても、あまり多くは買い取れないだろう。穢れの森で生産された品は、その多くが素材のままの状態でクロウ殿のもとに届くことになる。手間ばかりかけて心苦しいが、そちらで加工するなり売るなりしてもらえるだろうか」


 まぁ、それは仕方ないよね。

 扱える工房も流通経路もない素材を買い取っても商売にならないだろうし。結果的に、そのまま僕のところに届くのは避けられないか。どうしようかなぁ。


「クロウ殿。産物の売買については、サイネリア組の方で帝国西部の各商会と渡りをつけるわけにはいかないのか」

「うーん……それが、本部がね」

「おや、何か問題でもあるのかな」


 問題というか、泣きつかれたというかね。


「実は別の地域で、メープルシロップとメープルシュガーの生産量を爆上げしてしまって。本部なら売り切れるかなぁって思って丸投げしたんだけど……どうやら、フルーメン市の食品関係の商会ほぼ全てに卸しても、倉庫に在庫が山積みみたいでさぁ。これ以上は捌けないって事務局から泣きが入ったんだよね」


 幸い、メープル関係の品物はそこそこ日持ちがするからいいけど……今回の豚鬼ソーセージなんかはもっと足が早い。亜空間の中の保存環境は整えているものの、いつまでも長持ちするものじゃないからね。

 新しく生産される分はともかく、今ある在庫をどう処分するかはけっこう喫緊の課題なんだよ。


「なるほどな。メープルシュガーを最近よく見かけると思っていたが、クロウ殿の仕業だったのか」

「その納得の仕方は心外だけど」

「だが……あのソーセージとワインの扱いは難しいな。あまりにも品質が良すぎる。あれを安価で大量に放出すると、既存の産業が軒並み割りを食ってしまうから……下手なやり方をすると方々から恨みを買ってしまうだろう。どのような形で流通させるのが良いかは、よく考える必要があるだろうな」


 なるほどね。とりあえず方針が決まるまでは、僕の亜空間に保管しておく感じかなぁ。早いとこ考えないと。


「とにかく状況はわかったよ。在庫は山積みで、今後も増える一方。安価に放出して人々の暮らしを壊すわけにはいかないけど、腐らせるのももったいない。今のところ買い取ってくれる人のあてもないけど……まぁ、生産設備を作ったのは僕だからね。どうにかしてみせるよ。ちなみに関税なんかは?」

「そこは安心して良い。危険な辺境領には関税の優遇措置があるからな。シルヴァ辺境領の産物を他所で売っても、関税をかかけない取り決めになっている」


 それは助かるな。とりあえず、細かいことはレシーナと相談して決めようか。


「あ、そうだ。辺境伯家の伝手で錬金術師を何人か用意できないかな。実は生産拠点で雇いたくて」

「ほう。それは設備管理のためかな?」

「うん。管理マニュアルは用意してるけど、さすがに素人だけでは何かあった時に対応できない。特に術式回路に詳しい人、装置系の錬金術師がいると嬉しいんだけど」


 そう話すと、領主は少し悩んだ後で頷く。

 どうやら領主の三男、ジュディスとは母親違いの兄にあたる人が、錬金術師をしているらしいんだよね。僕の作る魔道具に興味を持ってくれているとかで、おそらく了承してくれるだろうという話だった。なるほど、それなら設備の説明をしっかり理解してくれそうだし、領主にとっても身内になるから色々と安心だろう。


 その他にも話し合うことはたくさんあった。


 陶工たちが作ってくれた黒い骨灰磁器は「シルヴァ磁器」という名を領主直々にもらい、まずは皇族や上級貴族たちに贈って知名度を上げていくらしい。

 ただ、その販路についても神殿からの圧力がかかるだろうから、僕の方でなんとかしてもらえないかと言われている。なんとかしたいよね。


 それから、今回の生産物の一部を使って、ダンデライオン辺境伯家お抱えの工房でサイネリア組本部へのお土産を作ってもらう相談もした。

 事務局にもいろいろ無理を言っちゃってるし、組長や若頭にも手紙越しでいろいろ相談に乗ってもらってるしね。お世話になった人たちには、何かしらプレゼントを渡せたらいいかなと思って。そういうお礼とかはしっかりしておきたいところだ。


 そんな風に色々と話していると、領主がふと、何かを思いついたように手を叩く。


「いっそクロウ殿が商会を立ち上げるのはどうだ」

「商会? うーん、考えたこともなかったけど」

「クロウ殿のもとに山積みになっていく素材を、自らの手で加工して販売するのだ。毛皮、綿、シルク、革……素材の質がこれほど良ければ、製品にすれば利幅も大きくなるだろう」


 あー、なるほど。売り物は溢れてるからね。

 メイプール市周辺で生産されるメープルシュガー、メープルシロップ。ダシルヴァ市周辺で生産される毛皮製品、綿製品、シルク、革、ソーセージ、ワイン。高級なシルヴァ磁器。そういったものを一手に買い取って、必要に応じて加工して販売すると。


 販路がないなら、自分が販路になってしまえという話だろう。ほほう、これはめちゃくちゃ大変な話だぞぉ。面倒くさそう。


「僕の商会かぁ……ちょっと考えてみるよ」

「あぁ。もし商会設立に動くのであれば、ダンデライオン辺境伯家は全面的に協力すると約束しよう」


 まぁ、ダンデライオン家としては助かるだろうね。どんなに神殿に睨まれても、僕という取引先さえ確保できれば、領主としては安心して領内の産業を育てられる。もちろん僕は、神殿からの嫌がらせを自力で跳ね除け、それを売り捌かなきゃいけないわけだけど。


「クロウ殿が商会を作る際には、ぜひ浄化ランタンと保管庫の付いた馬車も取り扱ってほしいものだ。旅の途中でも魔物避けが出来、大量の物品を運べるとなれば、我が家では特に重宝する。何せこの都市は、穢れの森に囲まれてしまっているのでな」

「あぁ、それは何台か作っておくよ。それで品物をフルーメン市まで安全に届けてくれるんだよね。届く品物はとりあえず僕の亜空間にしまっておくけど、売り方は考えなきゃなぁ」


 浄化ランタンは神殿の浄化結界利権に思いっきり喧嘩を売る魔道具だから、変に目をつけられないかも心配なんだけどね。

 ようは浄化結界のパクリ商品みたいなもんだし。エネルギー源がランタンの熱と光ってだけで、機能はほぼ一緒だからさ。


「くくく……ヤクザ、名誉騎士ときて商人も兼任するするのか。クロウ殿もなかなか忙しい人間になるな」

「僕の夢はスローライフなんだけど」

「クロウ殿にとっては困難な夢かもしれぬな」


 痛いとこ突くなぁ。だけど、いつかきっと……いい感じのところでヤクザをやめて、クラフトゲームのように辺境でのびのびとスローライフを送るんだ。

 いや、シルヴァ辺境領だとちょっと名前が売れすぎちゃって、難しいかもしれないけど。帝国西部にはまだ四つほど辺境があるわけだし、どうにか頑張って実現してみせる。僕はまだまだ諦めないよ。

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